アプローチの名手・丸山茂樹の助言で始めた“下手投げ” チーム辻村が目指す、ゆっくり振って止める「生きた死に球」
昨年でツアーから撤退した上田桃子やルーキー・六車日那乃などを輩出する「チーム辻村」。早朝のアプローチ練習はカップに向かって下手でボールを投げることから始まる。そのヒントとなったのはアプローチの名手・丸山茂樹からの助言だったという。プロコーチの辻村明志に不思議な練習の意図を聞く。
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チーム辻村は精神論に偏った、時代遅れの指導をする……どこからか、そんな声も聞こえてきます。氣や臍下丹田、重みは下……そうした用語をこの連載でも使うことが多く、そんな風に感じる人がいても不思議ではありません。
ただ、ボクは最新鋭の科学技術を否定するものではありません。実際、定期的にボクたちが通っているのが、東京・新橋にあるAIGIA(エイジア)スタジオです。ここは日大ゴルフ部の先輩である丸山茂樹プロ、米倉和良プロが開発を手がけたAIアプリを駆使し、スイング中の関節の動きを数値化し、科学的に分析するものです。これにより目に見えない体の動きやズレを可視化できます。そしてここでひとつ付け加えれば、師匠である荒川博先生や“兄弟子”である王貞治さんの教え、理論が正しいことを、科学的に証明している例も少なくありません。
何人かの選手を連れてスタジオを訪れたときのこと。そこで丸山プロから、こんな言葉をいただきました。「ツジのところの選手はみんなきれいなスイングをしているな」。憧れの大先輩からの言葉に舞い上がるボク。しかし、続く言葉に、思わず背筋が伸びたものです。「ただ、自分を救ってくれるのはアプローチだぞ。アプローチの練習はもっとさせておけよ」。 以来、ボクのチームでは、プロを目指す研修生だけでなく試合のないプロも朝6時には鎌ヶ谷カントリークラブに集合。そこから約3時間はアプローチとパターの練習が日課となりました。
その練習はグリーンの外から、野球の内野手が近くの野手にトスするように下手でボールを投げるもの。カップに向かって投げてコロがし寄せることから始まります。プロには似つかわしくない、子どもの遊びのような風景です。PGAツアーで3勝を挙げ、アメリカでもアプローチの名手として知られた丸山先輩ですが、そのアプローチの極意は「ゆっくり振って止める技術」。ボクはこれを“生きた死に球”と呼ぶのですが、これを身に付けるのに最適なのがこの練習なのです。
1ミリもスエーせず体幹で打つ究極の技術。丸山先輩はこの技術の重要性を、フィル・ミケルソンのゴルフから気付いたそうです。2人は同年代で、学生時代から世界アマなどで競い合う仲。そのミケルソンのゆっくり振って、手のようにフェースを操ってボールを拾い、柔らかいボールで狙ったところに止める……世界で戦うにはこの技術が必須であり、この有無が日本と世界との差と感じたそうです。
もっと言えば日本の選手はボールを“突っつく”タイプが多く、それが寄らない原因であり、土壇場で自分を救ってくれるどころかピンチを招く原因にもなっています。これはボクのチームの選手にも言えることで、コーチであるボクにも耳の痛い話でした。
ゆっくり振るのは簡単なように見えて、実はとても難しくキツい動きです。かつて宮里藍プロが現役時代、1スイングを30秒かけてやる練習を見た人もいるでしょう。やってみれば分かりますが、わずか30秒のスイングで体の芯が熱くなり、二度三度繰り返せば額から汗がにじみ出ます。これが体幹で振るということであり、まったくムダのない動きです。逆にいえば速い動きとは、小手先を使ったごまかしであり、ムダな動きということができるでしょう。土壇場で自分を救ってくれない突っつくアプローチは、まさにそうした打ち方なのです。
見方を変えればアプローチとは、出球が振ったヘッドとほぼ同じスピードで飛び出す打ち方です。多くのアマチュアの皆さんは、距離や方向は意識しますが、この出球のスピードを意識する人はほとんどいません。アプローチが苦手という人であればなおさらです。そのためインパクトの瞬間にヘッドが急加速したり、急減速したりして、それがあらゆるミスを引き起こします。
下手投げでボールをコロがすのは出球のスピードがイメージしやすくなる練習です。思ったところにボールを止める練習は、腕を急加速や急減速させる動きや、体のムダな動きも防げるでしょう。ボールを打つのは、この出球のスピードがイメージできるようになってからです。次に片手でシャフト部分を持ち、グリップエンドを胸に当て、その状態でゆっくりスイングをしてみましょう。クラブが勝手に動くはずです。これがいわゆる手打ちではない、体幹だけで振るクラブスピード、つまり出球のスピードです。これを理解した上で球を打ち始めます。
スエーは体のムダな動きの代表格ですが、「アプローチでは1ミリたりともスエーするな」は、ボクが選手たちに繰り返す持論。そして下手投げから始まる毎日の練習で、アプローチが飛躍的に上達した選手たち。その動きを丸山先輩の開発したAIアプリで解析すると、すっかりムダな動きが軽減されていることも付け加えておきましょう。
■辻村明志
つじむら・はるゆき/1975年生まれ、福岡県出身。上田桃子、六車日那乃らのコーチを務め、プロを目指すアマチュアも教えている。読売ジャイアンツの打撃コーチとして王貞治に「一本足打法」を指導した荒川博氏に師事し、その練習法や考え方をゴルフの指導に取り入れている。元(はじめ)ビルコート所属。
※『アルバトロス・ビュー』845号より抜粋し、加筆・修正しています
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