世界の真ん中で咲き誇る!? 「サナエ・ディフェンス」の野望
イチオシスト

米軍のトマホーク巡航ミサイルの射程は1600㎞で、日本が配備すれば中国の主要都市がほぼ射程圏内に。高市首相の言う「精密誘導ミサイル」の有力候補
防衛費倍増、ミサイルの配備、そして核議論まで。日本の安全保障政策は戦後最大の転換点に来ている。高市早苗首相は「自ら守る国」へとかじを切り、日米協力をベースに強靱な抑止力の構築に動き出した。
だが、まだ見えないサナエ・ディフェンスの核心。巨額の予算をどこに投じ、どんな戦力を整えるのか。アジアの緊張が高まる中で、日本はどう立ち回る?
【日本の防衛費増はもう止められない!】「我が国として主体的に防衛力の抜本的強化を進めることが必要です。このため、国家安全保障戦略に定める『対GDP比2%水準』について、補正予算と合わせて、今年度中に前倒して措置を講じます」
10月24日、高市早苗首相は所信表明演説でこう言い切った。これに呼応するように、10月28日に行なわれた日米首脳会談の冒頭で、トランプ米大統領は「日本は軍事能力を大幅に増強している。米国は日本から大量の新たな軍備品の注文を受けている」と発言。
高市氏の防衛力強化への思いは今に始まった話ではない。自民党政務調査会長だった2021年の講演でも同趣旨を語っている。
「GDP2%、これはNATO並みの数字ということになるんですけれども、日本の防衛費は少なすぎるというのが明確な私の考え方です」
長年、防衛費の拡充を訴えてきた高市氏が実際に政権を担った今、日本の国防はどのように変わるのか?
まず、「対GDP比2%」について、多摩大学大学院客員教授で地政学者・戦略学者の奥山真司氏はこう語る。
「高市政権は、防衛費増額に慎重な立場だった公明党との連立を解消して発足したことで、高市氏の念願だった国防政策を進めやすい状態にあります。
高市氏は日米協力の下、日本が自立して国を守れるように防衛力をしっかりと充実させていく姿勢を示しています。実はアメリカ側としても、対中国戦略を考えれば、日本にはもう少し自立してもらいたいというのが本音なのです」
実際、現トランプ政権で国防次官(政策担当)を務めるエルブリッジ・コルビー氏が、自著でそう語っているという。
「私はコルビー氏に直接取材したことも、著書を翻訳したこともあるのですが、彼は『拒否戦略』という安全保障戦略を提唱しています。
簡単に言えば、中国が〝夢〟を見るのは構わない。ただし台湾は取らせないし、西太平洋に出させない、という明確な線引きです。ここで言う〝夢〟とは、習近平国家主席が掲げる『中国の夢』、すなわち『中華民族の偉大なる復興』と『軍事力の米軍との対等化』、さらに『一帯一路構想』による勢力圏拡大を含む国家目標のこと。
アメリカはこれを西太平洋における米国覇権への挑戦と見なしており、コルビー氏の戦略は『海へ出てくるなら阻止する』『台湾という出口は渡さない』という極めて現実的な封じ込め政策なのです。地政学的に言えば、大陸国家である中国の陸の勢力を海に出させないということです」

米国防次官のエルブリッジ・コルビー氏。中国を最大の脅威とし、封じ込めのため同盟国に防衛費増と自立を求める戦略は、高市政権の方針と一致する
その拒否戦略からすれば、GDP比2%という数字は通過点に過ぎないという。
「コルビー氏が掲げるのは、2%で終わらずに3%、4%、場合によっては5%を視野に入れるというような目標です。高市政権が掲げる国防力の抜本的強化は、コルビー氏が期待する〝令和の大軍拡〟と完全に重なるのです」
日米会談でかなり意気投合したように見えた高市首相とトランプ大統領。サナエ・ディフェンスのベースとなる防衛費の倍増が行なわれるのはまず間違いなさそうだ。
【アメリカは何を売る? 日本は何に使う?】高市政権が防衛費を急増させる方向なのは確かだが、問題はその中身だ。増えた予算が米側の要求に押されて、不必要な高額兵器の購入に回るだけでは意味がない。フォトジャーナリストの柿谷哲也氏は警鐘を鳴らす。
「防衛費が増えれば、アメリカは米ボーイング社の第6世代戦闘機と随伴無人機(ロイヤルウイングマン)をセット売りしてくるでしょう。これは英伊と進めている第6世代戦闘機の共同開発の協力関係に亀裂を生じさせる可能性もあります。
さらに、トマホーク巡航ミサイルや米レイセオン社製の多機能レーダー・SPY-6など、すでに政府が導入を検討している高額装備の積み増しや、F-35戦闘機の追加購入も想定されます」
一方で、日本は中国の太平洋進出を阻止する重要な存在だけに、米側も見栄えだけの買い物でなく、実戦に有用な分野で日本が戦力を整えることを求めるはずだ。
「その観点で言えば、日本の海上自衛隊を増強する可能性があります。
海自が現在使用している『おおすみ』型輸送艦は就役から約30年がたち、後継艦の計画が進んでいます。その案のひとつが、『多目的輸送艦』と呼ばれる、航空機運用能力が高い全通甲板型の大型艦です。
アメリカ海兵隊のように、甲板にヘリや航空機だけでなく、長射程ミサイルを搭載した車両も配置することで、海上のミサイル発射拠点にするかもしれません。
その上で、アメリカ海軍が試験中の長距離無人水上艇(LRUSV)もしくはその日本版を導入する可能性もあります。自律航行と遠隔操作の両方が可能で、長時間の哨戒や危険海域への進入を無人で実施できる。
主な任務は監視や偵察などの情報収集ですが、電子戦や対艦攻撃などの役割も期待されているので、母艦の随伴艦として運用すれば、敵艦隊への先制攻撃やおとり任務、分散型の海上戦闘に対応することが可能です」
現代戦の主軸がドローンへと置き換わる中で、海洋国家の日本にとっては合理的な投資に思える。
実際、22年に高市氏が討論番組に出演した際に、「無人機も必要だ。特に偵察などに必要な無人機の導入」と、その必要性を強調していた。番組ではさらに「宇宙、サイバー分野で相当な研究開発を行なわなければならない。この部分が絶対的に足りない」とも語っている。
では、宇宙やサイバー分野への研究開発にも防衛予算は回るのか。米国防シンクタンクの海軍戦略アドバイザー、北村淳氏はこの点について懐疑的だ。
「日本がサイバーで後れを取っているのは何も軍事分野だけではありません。銀行などの民間分野でもIT後進国であることは誰もが実感しているはずです。当然、軍事分野のサイバー能力も雲泥の差があります。
航空自衛隊は20年、米宇宙軍を参考に宇宙作戦隊を創設し、22年には宇宙作戦群へと再編しました。しかし、専門的な人材の厚みでは米宇宙軍に遠く及ばず、いまだ専門性は十分とは言えないのが現状です。
その意味では、高市首相が語るとおり、サイバーと宇宙に多大な投資が必要なのは当然なのですが、彼女の発言は〝やっている感〟を演出するための用語の羅列に近く、実質的な中身はほとんど示されていません」
【ミサイルに核――。高市防衛計画の核心】同じ番組内で高市氏は「精密誘導ミサイルの配備」も強く訴えた。
「やられてもやり返さないということは、どうしようもないことだから、精密誘導ミサイルの配備は絶対だ。敵基地無力化をいかに早くするか」
「今、米国で長距離ミサイルも開発中で、それがあれば、中国ほぼ全土の航空基地をカバーできるので、これも含めて考えていく必要がある。国産化できれば最も良い」
こうした高市氏のミサイル配備案に対して、北村氏は賛同する。
「高市氏の言うとおり、中国に対抗するには中国全土を射程に収める弾道ミサイル、極超音速兵器、超音速長距離巡航ミサイルが必要です。その上で、日本は核武装ができないため、非核弾頭で命中精度を最高水準にすることが不可欠です」
とはいえ、軍事費がアメリカに次ぐ世界2位の中国を相手にできるのか、という現実的な疑問はある。
「実際に日本が本気で中国に対する反撃能力を手にしようとすれば、必要なミサイルは数千に上るでしょう」
北村氏は具体的に試算する。
「中国沿岸域や中国全土を射程に収める各種弾道ミサイルを合わせて500発以上、超音速と亜音速の長距離巡航ミサイルを合わせて2000発以上、さらに理想を言えば極超音速兵器500発以上。合計約3000発を非核戦略兵器として整備しなければ、十分な反撃能力とは言えません」
だが現状の陸自は対艦・防空ミサイル部隊を保有しているにとどまり、専門要員は数千人規模だ。3000発規模の運用は現実的ではない。
そこで北村氏は陸自の構造転換案を示す。現在の大陸戦型の陸自兵力15万人のうち、7万人をミサイル部隊と特殊部隊中心の「防衛戦型」へ転換する案だ。北村氏は断言する。
「このような抜本的大軍拡を実施する覚悟がなくては、中国と軍事的に対峙するのは夢物語です」
では、そんな改革が陸自に可能なのか。陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長を務めた二見龍氏(元陸将補)はこう語る。
「1年での転換は不可能ですが、3~5年かければ可能かもしれません。高市氏の願望を実現する案としては魅力的だと思います。
ただし、中国や北朝鮮のような全体主義国家は、トップが倒れれば体制が揺らぐ面がある。そのため、開戦となれば、日本の戦力をそぐべく、真っ先に弾道ミサイル部隊を狙ってくるはずです。そうした状況を踏まえれば、対空防衛力のさらなる強化は不可欠です。
具体的には、もう1万人を対空部隊として増強し、計8万人規模の体制で運用することが現実的なプランとなるかもしれません」
サナエ・ディフェンスを本気で実現するのであれば、そうした再編と増員をしながら、陸自による防衛の重心をミサイルと特殊作戦に移すことになる。
さらに、高市首相は過去に「核」にも言及している。自著で、米国の拡大抑止に依存する以上、非核三原則のうち「持ち込ませず」は現実的ではなく、拡大抑止と非核三原則は「矛盾する」と明言している。
これは、アメリカの核兵器を同盟国内に配備し、有事には共同運用するNATO方式の〝核共有〟を想起させる発言だ。核は米国が保有したまま、必要時には同盟国の戦闘機が運用する仕組みであり、言い換えれば非核三原則の「持ち込ませず」を例外扱いする構想に近い。
「日本が核共有の枠組みに入るには、まず空自が持つF-35Aを核搭載対応に改修してもらう必要があります。技術的にはアップロード可能ですが、そのプログラムを管理しているのは米国防総省の計画局です。他国同様に認可されるかは不透明です」(前出・柿谷氏)

NATO方式の"核共有"を視野に入れれば、空自のF-35Aを核搭載対応に改修する必要がある。高市政権の「抑止力強化」が現実味を持つ一方、国内議論は避けられない
高市氏は、この核共有の道を視野に入れているのかもしれない。
そうした高市氏の構想を実現するためか、高市政権は過去に例のない人事にも踏み出している。国家安全保障と核軍縮・不拡散問題を担当する首相補佐官に、尾上定正(おうえ・さだまさ)・元空将を起用したのだ。自衛官出身で、しかも議員ではない人物が首相補佐官に就くのは史上初となる。
尾上氏の人物像について、元空自関係者はこう証言する。
「現役の頃から頭脳明晰で、学者肌の方です。米ハーバード大学への留学経験もあり、防衛大学校26期ではトップクラス。航空自衛隊の302飛行隊では整備幹部、千歳基地司令、北部航空方面隊司令官を歴任し、最後の補職は補給本部長でした」

元空将の尾上定正首相補佐官。自衛官OBとして初めて首相補佐官に起用され、安全保障政策を支える中枢人物。ハーバード大学への留学経験もある(写真/首相官邸ホームページ)
また、元陸自の二見氏も今回の起用を歓迎する。
「新たな扉が開いたと感じています。南西諸島の防衛を考えると、自衛隊のOBが民間防衛、住民避難、地下避難所の整備、自衛隊との調整、戦闘地域の指定といった具体的な面で各省庁を補佐できるようになります。
日陰者扱いされがちな自衛官が、国に対して正々堂々と寄与できる形が整いつつあるのは非常に良いことだと思います」
高市氏の過去の発言や政権の人事からその野望を探ったが、前出の奥山氏は「最終的に問われるのは軍備そのものではない」と語る。
「防衛費のパーセンテージやミサイルの本数は数字に過ぎません。重要なのは『日本を攻撃すれば損をする』というメッセージを習近平氏に正確に届けられるか。日本の国防で肝心なのは戦う前に戦いを終わらせる抑止力です」
構想が壮大なサナエ・ディフェンスは、見方によっては正解なのかもしれない。
取材・構成/小峯隆生 写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
