クマ出没で住民同士がまさかの対立...。東北「恐怖のアーバンベア」狂騒曲
イチオシスト

市街地での出没が相次ぐツキノワグマ
東北地方を中心に深刻化するクマ被害。中でも、人々が恐れているのが市街地やその周辺に出没するクマ「アーバンベア」だ。その影に住民たちが特に不安を募らせているエリアを取材した。
とりわけ宮城県仙台市の中心部からかなり近い"ゴリゴリの市街地"である青葉区に注目。そこに住む人たちのリアルな声をお届けしたい。
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【突然出没したクマは銀行から大学へ】10月29日朝、記者は東京駅から東北新幹線に乗り、岩手県盛岡市へ向かった。到着は午前11時頃。そこから車で10分、向かった先は岩手大学だ。

10月28日正午頃、クマが出没した岩手大学。翌朝まで構内に居座っていたとみられる
その前日、盛岡市中心部で2頭のツキノワグマ(以下、クマ)が出没した。
「クマが侵入した!」
28日午前6時45分頃、岩手銀行本店から盛岡東署に緊急通報が入った。場所は行政庁舎や金融機関のビルが立ち並ぶオフィス街のど真ん中。まだ通勤客の姿もまばらな早朝、1頭のクマが銀行本店の地下駐車場に迷い込んでいた。
銀行は即座にシャッターを閉めて駐車場を封鎖。警察官が周囲を警戒する中、通勤客が足早に行き交う歩道のすぐそばで、「クマが駐車場内をグルグルと歩き回っていた」と警備員は振り返る。
午前10時過ぎ、市の要請で出動していた獣医師が吹き矢を放った。麻酔弾が命中すると、黒い巨体はコンクリートの床に横たえた。捕獲は成功――だが、安堵(あんど)はつかの間、現場にはもう1頭いたのだ。
「北の方角へ逃げた」
そんな通報が相次ぐ。そして約1時間後の午前11時50分。岩手銀行から北へ徒歩20分ほどの所にある岩手大学構内で、そのもう1頭が再び姿を現した。周辺は住宅や商業施設が並ぶ、人の往来が絶えない地域である。
各教室では2時限目の授業の終了直前だった。警察の指示を受け、大学の総務広報課が構内放送を流す。
「建物内で待機してください」
午後からは全学休講となり、警察の警戒の下、学生は続々と帰宅を始めた。幸い、けが人はいなかったが、校内にはまだクマが潜んでいる可能性が残されたままだった。
翌日、記者が大学を訪れた時点でも、クマは捕獲されていなかった。正門で、自転車にまたがった農学部2年の学生に声をかけた。休講を知らずに来てしまったらしい。
「農学部の入り口が『立ち入り禁止』になってて変だなと思ったんですけど。昨日は2限の授業がなくて、普通にキャンパスを歩いてましたよ! まさか、すぐそばにクマがいたなんて......」
大学からは学内システムを通じて全学生に注意喚起と休講の措置を発信していたが、スマホ通知を見落とすと、こうした"うっかり登校"も起きる。別の学生はこう語った。
「昨日、昼過ぎまで学食に待機して、帰宅指示が出てから帰りました。自宅アパートまで500mほどですけど、もし途中でクマに出くわしたら命に関わる。あんな恐怖を感じながら帰ったのは初めてです」

岩手大学構内に侵入した体長約1mのクマ。留学生寮の前で学生が撮影した一枚。目撃した学生は「最初はイノシシかと思った」と語る
目撃が相次いだのは、構内西端にある国際交流会館前。外国人留学生が暮らす宿舎の脇にある草地で、体長1mほどのクマがうろついていたという。
インドネシア出身の留学生が、当時の状況をこう語る。
「そのクマが出た場所は、私の寮の部屋からすぐ近くなんです。同じ寮の友人からLINEでそのクマの写真が送られてきて、『絶対に外に出るな!』と。画像を開いた瞬間、ゾッとしました」
岩手大学によれば、「構内でクマが出没したのは記録上初めて」(総務広報課)とのこと。目撃は29日午前9時まで続いたが、その後は途絶えた。
それでも「大学内にいないという確証が得られない」(同課)として、授業再開には踏み切れないという(10月29日17時時点。30日から再開)。
盛岡市の環境企画課は、警察署・猟友会と連携し、大学内の監視を続けた。
「28日昼前から29日朝9時まで構内にいたことは確実。つまりひと晩、大学にいたことになります」(同課職員)
だが、夜間監視をどうするかを巡っては意見が割れた。
「学内にはクマの生態に詳しい先生もいて、大学側から『人が監視で周囲を巡回するとクマが警戒して動かなくなる』という意見が出たんです。
協議の結果、夜間はあえて、監視網を解くことにしました。その代わり、広報車で市民に不要不急の外出を控えるように呼びかけました」
その後、クマは大学近くを流れる雫石(しずくいし)川沿いへと移動したとみられるが、同一個体かどうかは不明だ。
地震や台風のように「終わり」が見えるものではないから、「危機が去ったという確証が持てず、いつまた現れるかわからない」(近隣住民)という見えない恐怖がつきまとう。それが、街に出没するアーバンベアの厄介なところだ。
【クマ鈴や柿の木を巡り住民同士が対立】盛岡市から車で約2時間半の距離にある宮城県仙台市青葉区国見。
仙台駅からわずか4㎞ほどの住宅街で、近くには東北福祉大学や国見小学校、国見台病院が並ぶ。約600人の児童が通う国見小の周囲には一戸建て住宅がびっしりと立ち並ぶ、典型的なベッドタウンだ。
10月25日午前0時過ぎ。この地域の一角にある民家の庭に、突然クマが現れた。
高校生の長女が「バキッ、ボキッ」と枝が折れる音に気づき、2階の窓から裏庭をのぞく。わずか2~3m先にある柿の木。その枝に黒い影がよじ登り、熟した柿をむさぼっていた。
「この家を建てて50年になります。ハクビシンは何度も見たが、クマは初めて。恐怖で足がすくみました」
そう振り返るのは家主の50代の父親だ。あまりのことに、地域安全対策委員を務める町内の男性へ連絡。車で2~3分の場所に住むその男性はすぐに現場へ向かったが、道中で「2頭のクマとすれ違った」という。
民家に着くと、裏庭の柿の木にはまだ1頭がいた。そのクマはむしり取った柿の実をボトボトと庭の外の草地に落としていたという。崖下の草地には、別のクマがいた痕跡も残されていた。
つまり、この民家から半径わずか100mの範囲に、少なくとも3、4頭のクマがいたことになる。
同日午前2時55分頃、この民家から車で5分ほど離れた市道で、今度は走行中のタクシーとクマが衝突する事故が発生した。現場は国見小の目と鼻の先。児童が多く通うスイミングスクールの目の前だ。

仙台市青葉区でクマとタクシーが衝突した現場近くに張られた注意喚起のお知らせ。現場の市道は小学生や東北福祉大生の通学路で、10月25日以降も出没が相次ぐ
タクシー運転手は乗務を終え、営業所に戻る途中だった。時速30キロ程度で走行していたところ突然、「ドン!」という激しい衝撃。人身事故の可能性もあると考えた運転手は、すぐに車を止めて外へ出た。
暗闇の中、やぶのほうでガサガサと音を立て、黒い影が動くのが見えたという。助手席側のフロントフェンダーは、幅1mほどにわたり大きくへこんでいた。
帰社後にドライブレコーダーを確認すると、左前方の竹やぶから飛び出す体長1m弱のクマの姿が、ヘッドライトに照らされていた。
当時の状況を聞こうとタクシー会社を訪れたが、運転手は「精神的にショックが大きく、この件は話したくない」(平和交通・営業次長)という状態だった。

タクシーとクマの衝突現場横の竹林に大小のフンが複数残されていた。親子グマがいた痕跡か
衝突事故の約3時間前にクマが出没した民家のある住宅街と事故現場の間には、小さな山が横たわり、麓を細い川が流れている。「その川沿いが、クマの獣道になっているんじゃないか」と地元住民は不安そうに語る。
その山は、国見地区の中心部に位置し、JR仙山線沿いから事故現場の市道まで南北に広がる。面積はおよそ東京ドーム3個分。複数の地主が共同所有する土地で、「クマ出没の前兆はあった」と地主のひとりは語る。
「夏はクワガタ捕り、春や秋は山菜採りと、林地にはよく出入りしています。もともとカモシカの生息地でしたが、近年はイノシシも増え出していました。
ところが今年に入ってから、カモシカの姿が消え、イノシシも箱わなにまったくかからなくなった。その代わり、見たことのない山盛りのフンを頻繁に目にするようになったんです。
この異変は近隣の山でも同じで、夏以降は周辺の畑や庭でブドウが食い荒らされていたり、夜中に飼い犬がほえ続けたりといったことが続いていました」
別の住民も、不安げにこう証言する。
「去年までは庭の芋を掘り返されるイノシシ被害ばかりでした。今年はそれがパッタリとなくなり、代わりにクマが出た。
ここ国見4丁目では初めてです。これまでは山続きの隣町でたまに目撃される程度だったのに......。いよいよ街のほうまで下りてきたんだと思うと、本当に怖いです」
クマ出没以降、この町では小さな異変が続いている。
「多数のカラスが集まり、ガーガーと騒ぐようになった」
と話すのは、衝突事故現場近くのマンション管理人だ。そのマンションには至る所に注意喚起のお知らせが張られ、正面玄関の扉には《クマ侵入の恐れあり ドアは確実に閉めてください!》とある。
国見小学校ではクマ出没後から集団下校の措置が取られた。下校時刻になると2、3人の教諭が引率し、子供たちはさまざまな鈴音を鳴らしながら事故現場近くを下校していた。
「うちは家族全員にクマ鈴を持たせています。鈴の音が人の存在を知らせ、クマを遠ざけてくれると聞きました」

クマ出没後、集団下校が続く仙台市の小学校。街に響くクマ鈴の音が「クマを呼ぶ」との指摘も。保護者の間では持たせる派と持たせない派に分かれている
そう話す保護者がいる一方で、別の母親は首を振る。
「ネットで調べると、『鈴の音は逆にクマを呼び寄せる』って記事がたくさん出てきます。うちは持たせていません」
だが、わが子と一緒に登校する友達が鳴らしていたら意味がない。あるとき、子供の母親同士でこんな会話が繰り広げられていたという。
「鈴は危ないから、〇〇ちゃんに持たせないでほしい」
「何を言っているの? 学校も持たせろって言ってるじゃない!」
クマ鈴が、住民同士の対立を生む火種になっていた。
さらに、地域ではこんな声も漏れる。
「あそこのお宅、庭に柿がたくさんなったまま。この状況でほったらかしなんて、無神経すぎない?」

柿はアーバンベアの誘引物。実を放置した家には近隣から撤去を望む無言の圧がかかる
庭に立派な柿の木を持つ住人は、申し訳なさそうにこう話す。
「『柿はクマのエサになるから切って!』っていう無言の圧力を感じますし、冷たい視線を向けられているのもわかっています。でも、うちのシンボルツリーで、子供の誕生木でもあるんです。そう簡単に切れるものじゃありません」
【強烈なスプレーはどこも品薄に】クマ出没が相次ぐ昨今、住民が求めているのは、鈴よりももっと強力なものだ。
「街中でもいつ、どこでクマと出くわすかわからない。問題は"どう寄せつけないか"ではなく、いざというときに"どう撃退するか"という段階に来ています」(地元住民)
その具体策として、今最もニーズが高まっているのが「ベアスプレー」だ。現在、国内に流通するのはグリズリー用に開発された米国製の数アイテムで、強力なトウガラシ成分を含み、噴射距離は10m前後。噴射すればクマの視力を奪い、攻撃を回避できる可能性が格段に高まる。価格は1本1万~2万円と高価だが、護身用としての需要が急増している。
しかし、仙台市内で同商品を取り扱うアウトドアグッズのショップでは、いずれも品薄の状態が続いているようだ。
「現在は品切れで、次の入荷時期は未定です。入荷しても即日完売しますね」(市内の登山用品店)
「他地域の在庫を融通してもらっていますが、入荷しても予約分で即完売、レンタルも在庫ゼロです。残念ながら年内の入荷の見込みはありません」(市内のアウトドア用品店)
小学生の下校を見守る地域ボランティアはこう嘆く。
「ベアスプレーは子供には持たせられないですが、私たち交通指導隊員には必須。でも今はどこに行っても手に入らず、停止棒しかない丸腰の状態です。もし下校中にクマが現れたらと思うと、背筋が凍ります」
仙台市や地元猟友会は、クマの捕獲や駆除を含む対応策の検討に追われている。
だが、街中で猟銃は使えない。頼みの綱となるのは箱わなだ。監視カメラでクマの動きを追い、その通り道に設置して捕獲を図る。
仙台市内で活動する猟友会の関係者によれば、「市内では10月中の1週間で10頭ほどが箱わなにかかった」という。

仙台市青葉区国見地区では出没が増え始めた8月から、JR仙山線沿いの草やぶなどクマ多発地点に監視カメラを設置。次の一手として箱わなの設置も検討中だ
国見地区でも猟友会に箱わなの設置を要請したが、「クマ用は残り1基しかない」との回答だった。仙台市内では国見地区がある青葉区に限らず、泉区や太白区などでも出没が相次ぐ今、わずかな箱わなをどこに回すか――その判断が地域の重い課題になっている。
その決断もまた、簡単ではないという。
「箱わなを設置すれば、多くの場合、夜中にクマがかかります。中で暴れ回るクマが金属おりに巨体を打ちつける衝撃音が、静まり返った住宅街に響き渡る。同時に、耳をつんざくようなうなり声が200~300m先まで響き、強烈な獣臭が周辺一帯に漂う。
これが、猟友会が駆けつける朝まで断続的に続く。箱わなの設置には、それを覚悟した上で捕獲に踏み切るかという、周辺住民や町内会の決断が求められます。ですが、そうした経験がない市街地では、その判断が大きな壁になります」(前出・猟友会関係者)
仙台駅から約1.6㎞の橋から撮影した広瀬川。10月、この付近で2日続けてクマが出没。専門家によれば、川沿いは山と町を結ぶ「高速道路」でやぶが多いほどクマの通り道に
国もアーバンベアへの対応を強化している。
今年9月、改正鳥獣保護管理法が施行され、市街地に出没したクマに対し、市町村の判断で猟銃を使用できる「緊急銃猟」が認められた。
しかし、盛岡市環境企画課の担当者は、その運用の難しさについてこう語る。
「緊急銃猟は、安全が確保された現場でなければ実施できません。
しかし今回、複数のクマが出没した銀行周辺や大学構内といった市街地は、コンクリートの建物に囲まれ、路面も舗装されています。発砲すれば跳弾による人的被害や器物損壊の恐れがあり、実施は困難です。
河川敷や公園でも、地面に小石があれば同様に危険。事実上、市街地での緊急銃猟は不可能に近いというのが実情です」
こうした制度上の限界もあり、各地で手の打ちようがないまま出没だけが増え続けている。今年4~9月までのクマによる死者はすでに10人を超え、過去最多を更新中だ。

仙台市青葉区にある東北大学構内でもクマが出没。写真は10月20日夜、クマが目撃された駐車場。奥山に近いためか、市街地より大型の個体が出る傾向があるという
アーバンベアの急増について、クマの生態に詳しい森林総合研究所東北支所の大西尚樹・動物生態遺伝担当チーム長はこう指摘する。
「今年は、ブナやコナラなどクマのエサとなる木の実が凶作だったことが、出没増の直接的な要因です。ただ根本的には、クマが繁殖するスピードに対して、駆除の圧力が追いついていない。その結果、個体数が増え、奥山から人里、そして市街地へとあふれ出すように、クマの分布域が広がっています。
いったん人里に出てきたクマは、その周辺にとどまり、やがて繁殖もする。つまり、一度町側へ下りた分布域の最前線が後退することはありません。こうして人慣れしたアーバンベアが増え、その一部が人に危害を加えるという構図です。
今年のような大量出没は、木の実の豊凶によって収まる年もあるでしょう。しかし、根本的な要因が解決されない限り、出没の連鎖は続きます」

東北大の青葉山キャンパスには電気柵が設置されているが、クマは隙間をすり抜けたり土を掘って侵入する
では、どうすればいいのか。
「現状では、人身被害や農作物被害が出てから対応する"受け身"の駆除が中心です。これを、個体数そのものを減らす"攻め"の駆除へと転換する。
例えば、冬眠中のクマを狙う『穴狩り』や、冬眠明けを仕留める『春グマ駆除』は動物保護の観点から規制されていますが、その緩和や解禁も含め、検討すべき時期に来ていると考えます」
アーバンベアの進撃を食い止めることはできるのか。
取材・文・撮影/興山英雄
記事提供元:週プレNEWS
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