ワルチング・マチルダ~メルボルン、ゴールドコースト、シドニー(1)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
イチオシスト

「日本の夏」と言えば、個人的にはやはり、東京タワーとミンミンゼミ。
大学業務のない8月。ラボの学生たちと交流する機会を作り、インプットの時間を設けることにした。そして9月下旬には、ふた月ぶりとなる海外出張でオーストラリアへ向かう。
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「夏休み」の過ごし方意外と知られていないかもしれないが、8月には大学の業務がない。
「附置研」と呼ばれる部局に所属している私には、原則として、講義などの大学教育に関する業務は課せられていない。それでも普段は、こまごまとした雑用が降ってくる。しかし、8月にはそれがないのである。そのため、8月にはちょっとした空き時間がたくさんできて、それだけで夏休みな感じが生まれる。
2024年は、3月に韓国(94話)に出張して以来7月まで、毎月海外に出かけていた私である。しかし、8月には海外出張の予定がなかった。
当初は、お盆に被せてサンフランシスコに飛ぶ予定があった。しかし、それまで続いた海外出張の疲労や、溜まっていたこまごまとした仕事を理由に、この出張はキャンセルしたのだった。
そういうわけで、お盆にもラボに顔を出した。すると不思議なもので、ラボメンバーのほとんどが普通に仕事をしていた。その大きな理由のひとつが、今や私の研究室のおよそ3分の1を占める、留学生たちの存在だろう。彼らにしてみたら、日本の暦にしかない「お盆」などまるで意味がない。
しかしそれだけではなく、事務仕事を担当する日本人のメンバーも普通に仕事をしていた。「なんで?」と訊くと、お盆とずらして休みをとる予定なのだという。なるほど。ほかの日本人ポスドクたちも同じようなことを言っていた。
「カレンダー通りに休まなくてもいい」というのは、「アカデミア(大学業界)」に身を置くメリットのひとつである。
これは、「お盆休みも働け」というブラックな意味ではない。「好きなときにいつでも『お盆休み』を取れる」という意味である。つまり、多くの人が休みになり、どこに行っても混んでいるお盆の時期ではなく、平日などの比較的空いた時間に、自由に「お盆休み」を取ることができるのである。
私の場合、お盆にかけてぽっかりと予定が空いたので、いつも通りにラボに顔を出していた学生やポスドクの研究進捗の確認に時間を割いた。この夏には、イギリスから来ていたインターンの学生や、私の地元である山形からやってきた学生などもラボに短期滞在していて、彼女たちと交流する時間を作ることもできた。
ある夕立が降った日には、誰かが買ってきたひまわりの種をツマミに、ゲリラ豪雨が止むまで、学生たちとうだうだとビールを飲み、やはりうだうだと話をしながら、新しい研究室での時間を過ごしたりもした。
思い出した読書とインプット野口英世の生涯をつまびらかに描いた『遠き落日』(渡辺淳一・著)を読むようになってから(54話、143話)、すこしずつ読書に集中することができるようになった。
この連載コラムでもどこかで書いたような気がするが、コロナ禍の中の私は、G2P-Japanの研究成果を論文にまとめることに精一杯で、小説やエッセイの類はおろか、他人が書いた英語の学術論文すらもまともに読み通すことができなかったのだった。
自分の研究に直接関わる情報は、ツイッター(現X)から入手して消化していた。気になる論文があっても、じっくり時間をかけて、深く読み込むことができなかったのである。脳みそがアウトプットに特化しすぎていて、なにかを積極的にインプットする余裕がなかったのだと思う。
この8月の時間を使って、昔よく読んでいた村上龍の「消耗品」シリーズのエッセイを久しぶりに読み返したり、沢木耕太郎や角田光代の旅エッセイをおもむろに買い漁ったりした。そして晩夏の夜の読書に耽るために、ジャパニーズウイスキー「イチローズモルト」のホワイトラベルも買い揃えた。
昼夜問わずにゲリラ豪雨が降る奇妙な天候となった8月後半の夜は、自宅のソファでくつろぎながら、老眼鏡を鼻にかけていろいろなエッセイを読み漁り、ウイスキーを飲んで過ごす時間が増えた。
オーストラリアへ2024年9月下旬、とある京都出張(146話)の3日後。およそふた月ぶりの海外出張に出かける。最初の目的地は、オーストラリアのメルボルン。とある国際学会から招待講演の依頼を受けての渡豪である。
エクアドル(58話)にアルジェリア(143話)、ベトナム(136話)にドイツ(19話)などなど、一度訪れたことがあれば、その記憶をたどって、「(この国、この街なら)こんな感じ」という漠然としたイメージを持つことができる。
しかし、オーストラリアを訪れるのはこれで4度目になるのだが、なぜかどうしても「オーストラリアはこんな国」というイメージが湧かない。ニューヨークとモンタナとカリフォルニアでは、街並みも空気感もまるで違う。しかしそれでも、「アメリカ」というひとつの国としての統一的なイメージがある。
一方で、カンガルー、コアラ、ウォンバット、エミューにオージービーフなどなど、オーストラリアにまつわるキーワードならたくさん出てくるのだが、街並みや空気感のような、「(この国、この街なら)こんな感じ」という先入観が、なぜかなかなか湧いてこないのである。
ともあれ、イギリス(145話)から帰国して以来、ふた月ぶりの国際線。羽田空港、そしてシドニーに向かう機内で、夏休みモードから出張モードに気分を切り替える。シドニーで飛行機を乗り換えてさらに2時間、羽田を発ってから16時間。メルボルン国際空港に到着する。
オーストラリアにまつわるウイルスについてのみっつのトリビア今回のコラムの最後に、ちょっとしたトリビアを。私的に、オーストラリアにまつわる「ウイルス」のトピックは3つある。
ひとつ目は、コアラの内在性レトロウイルス。内在性レトロウイルスとは言わば「ウイルスの化石」のようなもので、生き物のゲノムに組み込まれた(つまり、「内在化」された)ウイルスのことを指す。
ちなみに、ヒトのゲノムのなんと約9%が、レトロウイルス由来だと言われている。しかしこれはあくまで「化石」であるので、複製能力はなく、流行したりすることはない。そう考えられていた。
しかし2006年、コアラのあるレトロウイルスが、リアルタイムに内在化している可能性を示唆する論文が科学雑誌『ネイチャー』に報告された。つまり、このウイルスを自身のゲノムに「内在化」しているコアラと、そうでないコアラがいる、というのである。
「まさに現在進行形で、ウイルスと宿主の共進化を目の当たりにしている!」と、当時のレトロウイルス業界はにわかに沸いた。
ふたつ目は、ヘンドラウイルス。ウマとヒトに高い致死性を示す。ウマでは100例近くの感染例があり、致死率は75%ほど。ヒトでは7人の感染例が報告されていて、そのうちなんと4人が死亡している。
1994年に見つかった、オオコウモリを自然宿主とする人獣共通感染症ウイルスである。ちなみに「ヘンドラ(Hendra)」とは、このウイルス感染症が初めて確認された、オーストラリア・クイーンズランド州の州都ブリスベン郊外の小さな街の名前に由来する。
そして3つ目が、ミクソーマウイルス。数理モデルや理論研究で、「流行に伴うウイルスの弱毒化」を言及する研究はある。しかし私の理解では、この聞き慣れないウイルスこそが、現実世界で唯一の、「流行とともに弱毒化するウイルス感染症の実例」であった。
20世紀半ば、1950年代のオーストラリア。入植者が放逐したウサギがめちゃくちゃに増えてしまった。有袋類しか生息しないオーストリアには、ウサギの天敵がいなかったのだ。
困ったオーストラリア人たちが、増えすぎたウサギたちを駆除するために使ったのがこのミクソーマウイルスである。このウイルスが、ウサギに対して99%というきわめて高い致死性を示すことがわかったからだ。要は、このウイルスをオーストラリアにばらまくことで、増えすぎたウサギを一網打尽に駆除してしまおう、と考えたわけである。
なんとも大胆な、21世紀の現代にはおよそ実現不可能な作戦であるが、最初はこれが奏功し、ウサギの数を激減させることに成功した。
――しかし、である。その数年後には、このウイルスに感染しても、ウサギが死ななくなってしまったのである。
その原因について、2019年までは、文字通り「ウイルスそのものが弱毒化してしまったから」だと考えられていた。つまり、ウイルスが毒性を弱めるよう進化したために、ウサギを殺す能力を失った、という可能性である。
これが長らく定説だと考えられていたのだが、2019年に科学雑誌『サイエンス』に報告された論文によって、もうひとつの別の可能性が浮上した。それは、「このウイルスに感受性を示すウサギたちが淘汰され、このウイルスに抵抗性を持っていたウサギたちだけが選別されて生き残った」というもの。
そのため見かけ上、ウイルスが弱毒化したように見えた(ウサギが死ななくなったから)というのだ。つまり、ウイルスそのものの毒性には特に大きな変化はなかったのだが、それに感染しても死なないウサギたちだけが生き残ったため、ウイルスの高い殺傷能力がなくなったように見えてしまった、という可能性である。
この説が意味するのは、流行とともに変化したのは、ウイルスではなく、その宿主たるウサギの集団の方だということだ。つまりこの場合、「流行とともにウイルスが勝手に弱毒化した」という実例は棄却されることを意味する。
「ウイルスはそのうち自然に弱毒化する」というのは、新型コロナパンデミックの中でよく耳にしたフレーズである。しかし、このミクソーマウイルスとウサギの例は、それがいかに自然には起きえない、起きづらいイベントなのかがよく示す実例であるとも言える。
※(2)に続く
文・写真/佐藤 佳
記事提供元:週プレNEWS
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