カンヌ国際映画祭で新作『国宝』が称賛された“名匠”李相日監督のキャリアに迫る

李相日監督
吉沢亮の主演映画『国宝』が6月6日に公開された。同作は、吉田修一氏の同名小説を李相日監督が映像化したもので、李監督×吉田氏のタッグは今回が3度目となる。その前2作『悪人』(2010年)、『怒り』(2016年)が6月からLeminoで配信開始に。そこで、李監督のキャリアをあらためて振り返っていく。(以下、作品のネタバレを含みます)
第22回PFFアワードでグランプリ…『フラガール』で脚光
李監督は1974年生まれで、大学卒業後に進学した日本映画学校(現・日本映画大学)での卒業制作として監督した『青~chong~』(1999年)が、2000年の第22回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワードでグランプリなど、4部門を受賞。映画人としてのキャリアをスタートさせた。
2002年には実際に起きた事件をモチーフに、親と子のシリアスな関係をロードムービーにした『BORDER LINE』を、PFFによる長編映画製作援助システム“PFFスカラシップ”の第12回作品として発表。
そして、2006年に映画『フラガール』でその名前が広く認知されることに。『フラガール』の舞台は1965年、炭鉱の規模縮小で危機的状況に追い込まれた福島・いわき市。地元の女性たちが、街の復興計画として誕生するレジャー施設・常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)でフラダンスショーをするダンサーとして奮闘する。同作は「第30回日本アカデミー賞」で最優秀作品賞などを受賞し、李監督は最優秀監督賞にも選出された。

李相日監督
『悪人』で初めて吉田修一氏とタッグ
4年後の2010年には、『悪人』が公開。出会い系サイトで知り合った女性を殺害した容疑者になってしまった土木作業員の青年・祐一(妻夫木聡)と、同じようにサイトで知り合った別の女性・光代(深津絵里)の逃避行を描いた作品で、李監督は原作者の吉田氏と共同で脚本を作り上げた。
原作の流れと比較すると、事件の経緯以上に祐一と光代の逃避行の部分に重きを置いており、殺害された女性の父親・石橋佳男(柄本明)や、祐一の祖母・房枝(樹木希林)の存在も際立たせ、「人間の善悪とは?」というところを印象付けている。
2016年には、『怒り』で李監督と吉田氏の2度目のタッグが実現。物語は千葉、東京、沖縄の3カ所で繰り広げられ、それをつなぐのは、東京・八王子で若い夫婦を殺害し、顔を整形して逃走中の犯人。
千葉の漁師・洋平(渡辺謙)の娘・愛子(宮崎あおい)と恋仲になる田代(松山ケンイチ)、東京で働く同性愛者の優馬(妻夫木聡)が好きになる直人(綾野剛)、そして沖縄に引っ越してきた泉(広瀬すず)が知り合うバックパッカーの田中(森山未來)。“何か”を抱えているような3人の男性が、八王子での事件の犯人かもしれないとミステリー色を強める。
その中で、彼らと交流する人々との人間ドラマを丹念に描写。それによって、犯人が分かったときの恐怖と“怒り”、犯人でなかったときのやるせなさ、慟哭、信じ切れなかった登場人物だけでなく、見る者の中にもふつふつと沸き上がるであろう“怒り”にも心が震える。

映画『怒り』キービジュアル
俳優たちの新たな一面を引き出す手腕
李監督は、犯罪が物語のベースとなる『悪人』『怒り』はもちろん、群像劇で青春ストーリーでもある『フラガール』などでも、人の内面に踏み込んでおり、それが見る者の心を揺さぶることに。自分だったら、隣にいる家族、友人、恋人だったらといった感情に入り込む。
また、文字で完全な世界を作り上げている小説の映像化において、必要となる構成力と表現力。監督自身が持つ構成力に加えて、俳優陣にも見る者を揺さぶる表現を託している。過去のインタビューで、李監督は「映画は俳優のもの」という考えを話したこともある。
そんな李監督には、演技指導に厳しいといううわさも。「映画は俳優のもの」である一方で、大切な作品を仕上げるために監督として俳優陣としっかりと役について話し合い、その役の演技を引き出していく。
『悪人』に出演した妻夫木、深津、柄本、樹木は、第34回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞、最優秀助演男優賞、最優秀助演女優賞をそれぞれ受賞。受賞コメントで柄本は「非常にしつこい監督でございました。以前、他の作品でご一緒したときも『この人は未来の巨匠になる』と思ったんですが、それ以上のスピードで本当にしつこくなりました(笑)」と語っており、ユーモアたっぷりな語り口ながらも、李監督の妥協しない姿勢と、名優が認める実力が分かる。

李相日監督
また、同じ受賞時に「全身全霊を尽くした作品」と話した妻夫木は、同役を熱望していたそうで、これまでのイメージを良い意味で裏切るように、ほの暗さのある孤独な青年を熱演した。
役者の「こういう顔も、表情もあったのか」という部分を引き出していく李監督。俳優だから役によって変わるのは当然かもしれないが、そう思ってしまう何かを引き出しており、そのキャラクターの心の奥を見たようなゾクッとする瞬間が訪れることが多い。
柄本が話していた「しつこい」という部分だが、李監督はそのしつこさでフッと現れた俳優の表現を的確にとらえ、世界を作り上げていく。『怒り』に体重増加で挑んだという宮崎や、ラストシーンの叫びの表現がすごかった広瀬など、物語の中に生きる人物の温度が感じられた。

映画『悪人』キービジュアル
「カンヌ国際映画祭」では6分間のスタンディングオベーション
李監督の次の長編作となる『流浪の月』(2022年)に出演した横浜流星にも「あぁ…こんな表現をするのか」と驚かされた。李監督と吉田氏の3度目のタッグとなった最新作『国宝』にも出演している横浜は、吉沢亮演じる歌舞伎に人生を捧げた主人公のライバルで、歌舞伎の名門の御曹司を演じている。
『国宝』の製作・配給会社である東宝のYouTubeチャンネルで李監督と対談を行い、監督に「恩を感じている」と明かした横浜。その理由は『流浪の月』での出会いにあり、「本物になりたくて、もがいている中、監督と出会えたんですよ。監督が本当に、自分は暗闇の中にいたけど、光を照らしてくださって、一つ上の景色を見せてくださったんです。だから『流浪の月』以降、少しだけ自分に自信を持てたんですよね」と明かしている。
俳優にそう言わしめる力がある李監督。『国宝』は「第78回カンヌ国際映画祭」の監督週間に選出され、公式上映後には6分間にわたるスタンディングオベーションで称賛された。3度目となる李監督と吉田氏によるタッグ作品ということで、今回もファンの期待に応えてくれるだろう。
【制作・編集:WEBザテレビジョン編集部】
※宮崎あおいの「崎」はタツサキが正式表記

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記事提供元:Lemino ニュース
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