ひろゆきが睡眠学者・柳沢正史に聞く、眠りについての本当の話⑬「不眠だと思っていたら実は眠れている? 睡眠は自分の感覚が当てにならない!」【この件について】
柳沢先生が代表を務めるSʼUIMINの計測デバイス
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての13回目です。「全然寝つけないで寝不足だ」とか、「自分は十分に寝ている」とか思うことがあるでしょう。でも、その自覚している睡眠時間や質は、科学的に測定すると違っていることがあるみたいです。
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柳沢正史(以下、柳沢) ひろゆきさん、実は多くの人が自覚している睡眠時間や睡眠の質は、当てにならないことが多いんですよ。
ひろゆき(以下、ひろ) どういうことですか?
柳沢 私たちが開発したウエアラブル型のデバイス(インソムノグラフ)ではノンレム睡眠とレム睡眠がわかる脳波データ、そして血中酸素濃度が測れます。そして、この測定を421人に行ない被験者に自分の睡眠についてどう感じているかを答えてもらったところ、非常に興味深い結果になりました。
ひろ どうだったんですか?
柳沢 まず、睡眠時間に関してですが、自分では「十分に眠れている」と答えた人のうち、45%がデータでは「睡眠不足」という評価でした。つまり、自分で思っているよりも、実際には睡眠が足りていなかったのです。
ひろ 無自覚な睡眠不足の人がたくさんいるということですね。
柳沢 そして、もうひとつ。「不眠」の問題です。
ひろ すみません。そもそも「睡眠不足」と「不眠」は、どう違うんですか?
柳沢 これは似ているようですが、まったく違います。睡眠不足とは、その人にとって「十分な睡眠を取らない生活習慣を続けている状態」を指します。一方で不眠というのは「眠りたいのに思うように眠れない状態」のことです。
ひろ つまり、眠らないのが睡眠不足、眠れないのが不眠ですね。
柳沢 はい。不眠の具体的な症状は「寝つきが悪い(入眠障害)」や「途中で目が覚めてしまい、その後なかなか眠れない(睡眠維持障害)」などが挙げられます。私たちの研究で明らかになったのは、不眠の訴えがあった人の66%が客観的には健やかに眠れているということでした。
ひろ えっ、本人は「眠れない」と訴えているのに、実際には眠れているってどういうことですか?
柳沢 例えば、40代の女性の例ですが、彼女は不眠に悩んでいて、測定した日も「午前4時までずっと眠れなかった。2時、3時、4時に時計を見たから間違いない」と訴えていました。確かに脳波を見ると午前2時、3時、4時に目覚めてはいるんです。しかし、その間の大部分の時間は非常に健やかに眠れていることがデータでは示されていました。
しかも、その人の総睡眠時間は7時間半近くで、年齢を考えるとむしろ理想的な睡眠です。にもかかわらず、本人は「全然眠れなかった」と感じていた。これが典型的な「睡眠誤認」と呼ばれる現象で、自覚と客観的な睡眠状態が完全に乖離しているパターンです。このように睡眠誤認をしている人が大多数であるというのが、この研究の結論でした。これには私も驚きました。
ひろ 空腹とか疲れと違って、睡眠は自分の感覚が当てにならないんですね。「おなかがすいた」とか「疲れている」といった状態は自覚とあまりずれないのに、睡眠はずれているというのは、生き物としておかしくないですか?
柳沢 鋭い指摘ですが、睡眠中は意識がないため、自分の睡眠を客観的に把握することができないんですよ。
ひろ 例えば、おなかがすいている場合は血糖値が下がることで科学的にわかりますよね。睡眠不足の場合は、意識があるときにそういった変化はないんですか?
柳沢 それがないんですよ。例えば採血などで「あなたは睡眠不足です。もっと寝てください」とわかるような指標があればいいのですが、現在のところそのような信頼性の高いバイオマーカーは見つかっていません。
ひろ なるほど。あと、資料によると、自分では不眠だと思っているけれど、実はよく眠れている人が66%いる一方で、残りの3割の人は客観的にも本当に眠れていないんですね。
柳沢 ええ。そして、現在の睡眠医療では「眠れていないと感じている人」と「本当に眠れていない人」を区別できていません。
ひろ なんでですか?
柳沢 睡眠誤認という現象自体は昔から知られていたのですが、手軽に使える正確な睡眠測定方法がこれまでなかったからです。医療レベルで睡眠測定をしようとすると「終夜睡眠ポリグラフ検査」という大がかりなものになります。
ひろ あれですね。体中が電極やセンサーだらけになるやつ。
柳沢 はい。頭の先から足の先まで電線だらけになるような状態です。しかも、入院検査という特殊な環境なので、普段のように眠れない人も多いんです。
ひろ 最近はアップルウオッチみたいなウエアラブルデバイスがはやっているじゃないですか。あれでも睡眠の質は測れますよね。
柳沢 ただ、精度の個人差が非常に大きいんですよ。装着の仕方によってはデータにノイズ(誤情報)が入ってしまう可能性もあります。しかも、動かずにじっとしていると、しばしば「眠っている」と判定されたりする。
ひろ 逆に寝返りが多いと、「起きている」と誤判定されるとか?
柳沢 そのとおりです。そうした誤判定が起こるので、例えば睡眠誤認の検証には使えません。その点、私たちの開発したデバイスは、睡眠を妨げず、かつ脳波を正確に測れるのが大きな強みです。これによって、ようやく信頼性のある調査が可能になったんです。
ひろ それって一般の人も使えるんですか?
柳沢 はい。実は「S'UIMIN(スイミン)」という名前の会社を筑波大学発のベンチャーとして立ち上げていて、この睡眠脳波計測サービスを行なっています。
ひろ ネットとかで買えますか?
柳沢 このデバイスは市販していません。基本的には医療機関経由で利用するサービスになっています。ご自宅にデバイスが届いて、測定後に返送すると詳しいリポートがわかる仕組みです。
ひろ ちゃんとした医療サービスなんですね。
柳沢 詳しくは【https://www.suimin.co.jp】で(笑)。私が一番申し上げたいのは「とにかく一度はご自身の睡眠を〝見える化〟してみてください」ということです。もしかしたら、眠れなくて困っていると思っている人も客観的には健やかに眠れているかもしれません。
ひろ 先ほどの女性のように?
柳沢 ええ。ちなみに先ほどの眠れないと訴えていた女性ですが、彼女に脳波データを見せて、「あなたは客観的にはかなりぐっすり眠れていますよ」と説明したところ、それを信じて、ご自身の睡眠に対する不安が取り除かれたんです。そして、睡眠薬など必要なく本当に治ってしまったんです。実はこういう人に睡眠薬を飲ませても睡眠状態そのものは改善しません。だって、すでに健やかに眠れているのですから。
ひろ 睡眠を見える化することで、不眠症の治療につながるというのはおもしろいですね。
柳沢 見える化という意味では、自分ではしっかり寝ているつもりが、実は「睡眠時無呼吸症候群」だったという人も非常に多いです。で、そういう人は文字どおり〝命がけ〟で寝ているんです。
ひろ それは気になりますね。次回、詳しく聞かせてください!
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA)
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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