「号泣した」ドライバーイップスに苦しみ『+28』を叩いた田中秀道に、倉本昌弘がかけた言葉
<スターツシニア 最終日◇15日◇スターツ笠間ゴルフ倶楽部(茨城県)◇7038ヤード・パー72>
強い田中秀道が戻ってくるかもしれない。前週の「スターツシニア」では、初日に6アンダーで単独トップに立ち、会場にいる先輩プロたちも「ヒデ、生まれ変わったのか?」と驚いた。
それもそのはず。米ツアーに参戦していた2006年にドライバーイップスを発症。翌年、日本ツアーに復帰しても、良くなるどころかさらに悪化の一途をたどる。田中の代名詞でもある右に打ち出して戻ってくる切れ味鋭いドローボールが、右に出たまま返ってこない。「切り返しでアッとクラブが消える感じです。ドライバーはシャンクみたいな球でスライスして隣の隣のホールまで行っちゃう」と症状はかなり深刻で、それはアイアンやウェッジにも拡がっていった。
「日本オープン」を含むレギュラーツアー通算10勝を挙げている男が、予選通過もままならない状況が続いた。一日いいスコアが出ても、次の日にはオーバーパーを打ってしまう。選手としてプレーする機会は減っていき、レギュラーツアーやシニアツアーのコースセッティングアドバイザーや、トーナメント中継で解説する仕事が増えていった。
それでも試行錯誤はやめなかった。すると昨年4月、ついに復調の糸口をつかむ。力のない女性が使うようなシャフトが軟らかい「グニャグニャのクラブ」で打ってみると、ボールがつかまってフックボールが返ってくることに気付いた。「シャフトをしならせれば何とかなる」。その11月には「コスモヘルスカップ シニアトーナメント」に出場してトータル5アンダー・9位タイ。2009年以来、実に15年ぶりにトップ10フィニッシュを果たした。
ドライバーイップス発症からおよそ20年。ツアーで戦えるショットを取り戻しつつある。単独首位で迎えたスターツシニア2日目は、「ブランクもあるわけだから、そんなに甘くない」と、2バーディ・3ボギーの「73」で1つ落とし、トータル5アンダー・19位タイに後退。すると、最終日は永久シードのレジェンド、倉本昌弘と同組となった。
倉本もまたパーシモンからメタルへの移行がうまくいかず、ドライバーから始まったショットイップスに苦しんだ経験を持つ。ALBA TVのインタビューで倉本は「ドライバーイップスは打てないわけじゃない。構えてバックスイングを上げたら、頭の中が真っ白で何も見えない。ただ振るしかないから、どこに行くか分からない」と、症状を語っている。
だからこそ、「一番悪いときに声をかけてくれた」と同じ症状に苦しむ田中のことを気にかけていた。ときに、レギュラーツアーの練習場で指導を受けたり、「ちょっと来なさい」とプライベートでコースに呼ばれて教わったこともある。「基本的なゴルフは壊れてなくて、ちょっとしたタイミングがズレているだけだから、あまり気にするな」と田中を元気づけていた。
そんな倉本とのやりとりのなかで、田中が深く印象に残っているのが、14年の「日本プロゴルフ選手権」。会場となった兵庫県のゴールデンバレーゴルフ倶楽部は田中の所属先だったため、推薦で出場していた。結果は初日「88」、2日目「84」のトータル28オーバーで予選落ち。「ヒデ、どうだった?」。うなだれて帰ろうとする駐車場には、日本プロゴルフ協会の会長として足を運んでいた倉本の姿があった。
「お前の今の状態だと、みんなゴルフをやめていく。それでもお前は現場に立つんだろ? それは苦しいに決まっている。お前は頑張った。きょうはうまくいかなかった。もう帰ればいい。次、頑張ればいいんだ」。倉本の暖かい言葉に田中はその場で「号泣した」という。
そんな2人がスターツシニアの最終日にゴルフで語り合っていた。「パー3で僕が昔っぽい右からのフックを打ったら、『あれが出るようになったら、本当にいいな』と確認してくれた。そんな話はしてないですけど、『ここまで戻ってきました』って会話はできたのかな」。倉本と回った最終日は3バーディ・ボギーなしの「69」。トータル8アンダーに伸ばし、14位タイでフィニッシュした。
「初日は最後まで気持ち良く振れて数字的にも良かった。2日目はうまくいかないなかでよく『73』で止めたなという感じ。きょう(最終日)は取れそうで取れない3アンダーみたいな。試合で何が起こるかという意味で、3日間いろんなパターンができたので、次のステップに進めるいい大会になったかなと思います」
あのドローボールが試合で打てている。20年の時を経て、ずっと気にかけてくれた人にもゴルフを通して戦えることを伝えられた。まだすべてが戻ったわけではない。だが、確実に“自信”のメーターは高まり、強い田中秀道に近づいている。
<ゴルフ情報ALBA Net>
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