犠牲になるのは若者たち 絶望と悲哀が交錯するタイ製ゾンビ映画 『哭戦 オペレーション・アンデッド』
飯塚克味のホラー道 第119回『哭戦 オペレーション・アンデッド』

日常的にホラー映画を見まくっていると、たまに本当に驚かされることがある。本作は正にそんな一本だった。第二次大戦中、タイの海辺の村に攻め込んだ日本軍が秘密兵器として用意していたのは、銃弾を受けても死なないゾンビ兵だったのだ。とあらすじを聞く分には、何ともありふれた設定で、新味に乏しい印象しか受けない。だが、丁寧な脚本と、人物描写、加えて力量ある俳優が揃った時、映画に奇跡が起きることをこの作品は証明してくれる。
物語をもう少し詳しく説明しよう。1941年の大戦中、中立国のタイは海岸に少年兵を待機させていたが、売春婦との女遊びをしていたり、彼らに危機感はない。上官とも海辺でボール遊びをしたり、このまま日本軍が来なければと願うばかりだった。伍長のメークは恋人から妊娠を告げられ、メークの弟モークは戦争を嫌い、逃亡するつもりでいた。そんなある日、ついに日本軍はやって来る。彼らの最大の武器は、禁断の実験によって生み出されたゾンビ兵だった。銃に撃たれても、身体の一部が無くなっても、目の前の敵を殺すまであきらめない恐るべき存在だった。彼らの襲撃を受け、メークとモークの兄弟、そして彼らの大切な仲間たちはどうなってしまうのか?
本作の特筆すべき点は、まず脚本だ。青春映画を思わせるような冒頭の人物紹介のシークエンスは、かつての香港映画のような明るい雰囲気を漂わせ、海辺の美しい風景と合わせ、まるでパラダイスにいるかのような錯覚を覚える。そして日本軍の襲撃になるのだが、何とタイの上層部と密約が交わされるのだ。すぐ降伏してしまってはタイ軍としては、国民に示しがつかない。一応戦ったことにして、降伏すれば、軍として体裁を保つことができるという訳だ。悲惨なのが、戦わされる前線の兵士たちだ。完全な捨て駒として利用される若者たちの悲劇がここから始まってしまう。

次に優れているのが演出だ。監督のコンキーット・コムシリは、『最強のムエタイ・ファイター』(2007)や『裁断分裂キラー スライス』(2009)などで高い評価を受けてきた知る人ぞ知る隠れた名匠。Netflixの『バンコク・ブレイキング:ヘブン・アンド・ヘル』もスケールの大きなアクション映画だった。本作ではいくつかとても印象的なシーンがある。その内のひとつ、ゾンビ兵の日本人が、祖国に残してきたであろう妻か恋人の幻を川で見かけ、その姿に心を取り戻したのか、灰のように消えてしまうシーンはとても美しかった。CGの技術としては『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)と同タイプのものだが、とても場面にマッチしたいい表現だった。台湾映画『哭悲/THE SADNESS』(2021)では、意志に反して涙を流しながら襲うという描写が新鮮だったが、こちらも胸を締め付ける、ゾンビ映画とは思えない名シーンになっていた。
俳優陣の演技は、どれも見事。主演のメーク役は『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017)に出ていたノンクン。責任感ある長男という役どころを丁寧に演じ、映画全体をリードしてくれる。次男坊モークを演じたのはアワット・ラタナピンター。こちらは戦場に背を向けるべきか、苦悩し、いかにもな現代的な思考の青年になっている。彼らがどのような運命に直面するか、誰もが気になってしまうはずだ。また本作で悪役となる中村大尉を演じた大関正義(オオゼキ・セイギ)の憎々しいキャラ作りも一度見たら忘れられない。タイを中心に活躍しているそうだが、今後、様々な国の作品で見かけることになるだろう。
映画を観れば分かるが、非道な行いをしているのは日本軍やタイ軍の上層部であり、戦わされる兵士たちは国の隔てなく犠牲者なのだという視点が本当に素晴らしい。作り手たちはジョージ・A・ロメロの一連のゾンビ映画など、相当研究したはずだ。こうした質の高いホラー映画を目指す人たちがいることは、ホラー映画の将来にとっても明るいものになるであろう。今でもアジアのホラー映画をワンランク下に見る人がいるが、本作を観て、そうした差別的感情を捨て去って楽しんでもらいたい。
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飯塚克味(いいづかかつみ)
番組ディレクター・映画&DVDライター
1985年、大学1年生の時に出会った東京国際ファンタスティック映画祭に感化され、2回目からは記録ビデオスタッフとして映画祭に参加。その後、ドキュメンタリー制作会社勤務などを経て、WOWOWの『最新映画情報 週刊Hollywood Express』の演出を担当した。またホームシアター愛好家でもあり、映画ソフトの紹介記事も多数執筆。『週刊SPA!』ではDVDの特典紹介を担当していた。現在は『DVD&動画配信でーた』に毎月執筆中。TBSラジオの『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演し、お勧めの映像ソフトの紹介をしている。
【作品情報】
『哭戦 オペレーション・アンデッド』
2025年4月18日(金)より、全国ロードショー
配給:アルバトロス・フィルム
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記事提供元:映画スクエア
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