『ニューヨーク・タイムズ』の「2025年に行くべき52ヵ所」に選出で市民もビックリ! 北陸は金沢だけじゃない! 富山の逆襲が始まった!!
市内から望む立山連峰は絶景。中心部は路面電車の市電が走る。富山城や「世界一美しいスタバ」と称される環水公園のスターバックスなども有名な観光地だ
喜ばしいニュースだけど、世界中の選ばれし52ヵ所に富山市が選ばれたのはなぜ......? 実は、一番驚いているのは現地の人だった。喜びや戸惑いの声を集めてみました!
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先月7日、アメリカの大手新聞『ニューヨーク・タイムズ』が「2025年に行くべき52ヵ所」を発表。日本からは富山市と大阪市がランクインした。万博も開催される大阪はなんとなくわかるが、なぜ富山?
さらに、紹介された飲食店については富山市民ですらあまり知らない店ばかりだという。この謎を解くため、そして現地の人がこのランクインをどう感じているのかを聞くため、富山に足を運んでみた!
■なぜ、知る人ぞ知る飲食店が選ばれた!?まずは『ニューヨーク・タイムズ』内で実際に紹介された飲食店の声から。
「珈琲駅ブルートレイン」はご夫婦で営まれ45年続く老舗喫茶店。店内には鉄道模型が並ぶ
「珈琲駅ブルートレイン」は店内を精巧な鉄道模型が疾走する鉄道ファンにはたまらない喫茶店。開業は1980年で中村正陽さんと晴子さんのご高齢夫婦が切り盛りする。
晴子さんに今回の掲載について尋ねた。
「テレビ局やら新聞社から取材申し込みの連絡が入ってきて、もうてんやわんやでした。お客さんも2週間ほどたって、ようやく落ち着いてきたところです。
ウチの店のコンセプトは『旅を夢見て、コーヒーを楽しみましょう』。できたら楽しい旅の話ができる静かな店でありたいと思っていますから、あんまりたくさんのお客さんが押しかけてこられるのはちょっと......って感じなんですよ」
ご夫婦にとっては、まだ現実に追いつけない様子だった。
オーナーオススメのナチュラルワインやそれに合うチーズなどを提供するワインバー「アルプ」
次はワインバー「アルプ」。記事中の日本語訳では「アルプではフレンチビストロを提供しています」と紹介されているが、実際はナチュラルワインの魅力に取りつかれたオーナーの池崎茂樹さんがオススメのナチュラルワインを提供するワインバー。
食事はワインのおつまみになるチーズなどを提供するだけだといい、基本はワインとおしゃべりを楽しむ店だ。池崎さんがこう振り返る。
「私はネット記事で英語の原文を確認したんです。確かに『Alpes』と書いてあるんですが、富山に北陸サウナの聖地『スパ・アルプス』という店があるので、サウナと間違えているんじゃないのかと思ったぐらい自分には身に覚えがないことでした」
と、こちらもなぜ選ばれたのか困惑している様子だった。
居酒屋「飛弾」のこだわりはおでん。練り物はすべて手作りの自家製。ナチュラルワインや熱燗と合わせる
続いて伺ったのは、おでんなどを提供する居酒屋「飛弾」。店主の飛弾翔二さんになぜ選ばれたと思うかを聞いてみた。
「............(しばらく考えて)。おそらくですが、まったく一般の観光客向けではない店だからかなと思っています。ただ、富山の食材を使ったオリジナルのおでんには自信があります。車麩と糸こんにゃく以外はすべてイチから手作り。豆腐や練り物も自家製です。
あとは......アルプさんとかで扱っているナチュラルワインをウチもけっこうお客さんにオススメしてますね」
さらにこんな情報も。
「ニューヨーク・タイムズから取材なんか受けてないのに、誰が推薦したんだろうと思い返していたところ、ひとつ心当たりがありました。
クレイグ・モドさんというアメリカ出身の方で、昨年9月と10月に2度来られたと思います。ニューヨーク・タイムズなど一切言わず、カメラマンみたいなことを言ってたように記憶しています」
行列の絶えないキーマカレー店「スズキーマ」の店主・鈴木崇之さん。メニューはキーマカレー一択とこだわりが感じられる
同じく、連日大行列ができる(記者も40分並んだ)キーマカレー専門店「スズキーマ」店主の鈴木崇之さんからもこんな話が。
「クレイグさんですね。知ってますよ。ある日突然ウチの店のインスタをフォローされたんです。フォロワーが2万人以上いる方で、自分が行ってみたいと思っている(岩手・)一関のジャズバーの写真が載っていて、なんかすごい人にフォローされたなと思っていたんです。
その方から『明日お店やってますか?』という連絡が来て、食事していただいた後、名刺もいただきました。名刺は個人のものでニューヨーク・タイムズとかは書いてなかったです」
どうやら、地元でも知る人ぞ知るシブい店のチョイスは、記者が自分の足で覆面調査をした結果らしいということがわかった。
ジャズバー「ハナミズキノヘヤ」の店主・水原憲人さん。お店を父から受け継ぎ2代目を務める
続いて伺ったジャズバー「ハナミズキノヘヤ」の店主・水原憲人さんには、クレイグさん自身がニューヨーク・タイムズの「行くべき」の推薦人であることを明かしていた。
「昨年9月に2日続けて来られて、その後10月だったかにフラッと来られて、計3回ですね。クレイグさんがライター活動をする中で、ニューヨーク・タイムズの盛岡(2023年の『行くべき』にランクインした)も自分が推薦したと言ってました。
それを聞いて『次は富山も推薦してくださいよ』って冗談で言ったのを覚えています。クレイグさんはただ、アハハと笑っていただけだと思いますが、まさか本当に掲載になるとは......ビックリです」
どんな基準でお店選びをしていると思うかも聞いてみた。
「すごくジャズが好きな方で、自分も楽器を演奏していたと言われてました。ニューヨークでもジャズの店はあるんですが、みんな生演奏を聞かせる店。日本は演奏でなくレコードを聞かせるところが不思議で面白いと言われてましたね。
あと、なぜか家族経営であることに興味を持たれていました。このバーはもともと父親がやっていて、息子の私が引き継いだんです。そして時々、姉も手伝ってくれている。そこがクレイグさんの何かに引っかかったのかもしれません(笑)」
どうやらニューヨーク・タイムズの推薦人の店のセレクトポイントは「ワイン」「ジャズ(音楽)」そして「家族経営」といったところか? あなたの街のこうした店にもフラッと現れることがあるかも!?
■田舎の観光地からは戸惑いの声続いては、記事で紹介された観光地の話を聞いてみた。
「富山市ガラス美術館」は国立競技場を設計した有名建築家・隈 研吾氏が手がけた設計。記事内では〝木と光の大聖堂〟と称されている。北村仁美副館長はこう語る。
「この美術館は市のコンパクトシティ政策、つまり街の中心に人を集めて街中ににぎわいをつくり出そうという政策の一環として、市の中心部に造られた施設です。隈 研吾氏が手がけた設計で非常にアピール力がありますし、またガラスから伝わる富山のさまざまな伝統や文化の継続性が評価されたんだと思います」
さらに、記事内ではコンパクトな街の中心だけでなく、郊外のこんな行事も紹介されている。
富山駅からJRの普通電車で30分ほどの所にある富山市八尾地区。ここで毎年9月1日から3日までの3日間開催されている「おわら風の盆」だ。住民らが3日3晩踊る江戸時代からの伝統行事で、コロナ禍前の最盛期には3日間で36万人の観光客が押し寄せた。八尾地区の人口が1700人というから、人口の200倍近い観光客が集まる大規模イベントだ。
八尾地区で毎年9月1日から3日までの3日間開催されている「おわら風の盆」。男踊りや女踊りがあるという
しかし、伝統を守り続けることを第一に考えている「おわら風の盆行事運営委員会」の担当者は戸惑い気味にこう語る。
「ニューヨーク・タイムズに掲載されたからといって何か特別な対応はいたしません。従来どおり行事を行なうだけです。海外からの観光客が増えすぎて行事に支障が出ないか、正直そこを危惧しています」
同地区にある「八尾おわら資料館」の職員もこう語る。
「衝撃以外なかったですね。富山の真ん中だけにしてくれよと。なんでこんな山の中の行事まで出すんやと。八尾地区は観光地としての整備が十分にされてないんです。観光客の受け入れ態勢もできていない。
資料館はあるものの、そこで外国人観光客向けに外国語で説明ができるスタッフも、よく美術館であるようなイヤホンとプレイヤーで説明する設備もないんです。この状態で外国人観光客が資料館に押し寄せたとしたら、もうお手上げです」
このように不安の声が多かったが、なんとかこの人気の伝統行事をうまく守り続けていってほしいと願うばかりだ。
■応援したくなるぞ富山!最後に、観光地としての富山の今後の展望について、シンクタンク「北陸経済研究所」で昨年まで調査研究部長を務め、現在は富山県立大学の講師を務める藤沢和弘氏にまとめてもらった。
「北陸新幹線が金沢まで延伸した2015年こそ富山の観光客は増えたんですが、あとはじりじりと数を減らしていて、金沢に観光客が流れるという『金沢ひとり勝ち』の傾向は変わっていません。こうしたことも含めて、富山の人には根強い金沢コンプレックスがありました。
ただ、今回の件で金沢ではなく富山が選ばれましたので、金沢コンプレックスが解消されるいいきっかけになるのではと思います。それに、今は能登での震災が起こり、富山、石川(金沢)、福井の北陸3県が『チーム北陸』として団結するとき。みんなで助け合いながら、富山の魅力を知ってもらえるいい機会だと思います」
前出のスズキーマ店主の鈴木さんも続ける。
「富山をぜひ北陸観光のハブ的な役割で使ってほしいですね。立山連峰からも富山湾からも黒部・宇奈月温泉からも近くてちょうど真ん中にあります。そして金沢にも新幹線で20分で行けてしまう。富山を拠点にすると、山も海も温泉も金沢という古都も日帰りで行けるんです」
さらに、藤沢氏が思わず応援したくなる富山の県民性について教えてくれた。
「富山はとにかくアピールすることが苦手。北陸新幹線延伸以降のこの10年間、富山が観光客誘致に対して必死で頑張ったとか、何か目新しいことを始めたということがありません(笑)。
ただ、富山県民は真面目で粘り強い頑張り屋なのでコツコツと頑張ってきたのも事実。こうした部分にスポットライトを当てて、どのガイドにも載っていないような、隠れた良さを発掘しようと頑張ってくださったニューヨーク・タイムズ記者の記者魂には感服します」
確かに選ばれた側も謙虚だ。前出のジャズバー、ハナミズキノヘヤの水原さんはこう語る。
「富山には今回紹介された店以外にもいい店がいっぱいあります。観光客の方はまず記事に掲載された店に来ると思うんです。そのとき僕らはほかにもいい店が富山にはありますよと紹介する責任があると思います。
ウチに来たお客さんには、ウチ以外の富山のいい店やいいところを紹介していく。そういうことをやっていけたらと思っています」
皆さんも今年は富山に行くべき!かも。
取材・撮影/ボールルーム
記事提供元:週プレNEWS
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