高知の山あいに伝わる「いざなぎ流」静かに注目 伝統文化の継承に保存会が活動、宿泊施設も
高知県といえば誰しも「カツオ」「よさこい祭り」「坂本龍馬」などが思い浮かぶのではないだろうか。観光スポットとしては高知城や龍馬像が建つ桂浜、近年では「仁淀ブルー」で知られる仁淀川や北川村の「モネの庭 マルモッタン」が人気だ。
高知県で今、ひそかに注目されている町がある。県東部の香美市物部町(旧物部村)だ。物部川上流の徳島県に近い山あいの地域に伝わる民間信仰「いざなぎ流(りゅう)」が、全国でもここだけに残っている貴重な伝統文化だとして関係者が熱い視線を送っているのだ。
▽「光る君へ」でも注目
「いざなぎ流」は、巫女(みこ)信仰、神道、陰陽道(おんみょうどう)、修験道、密教などが混在する民間信仰。起源は定かではないが、平安時代ごろにさかのぼるとされている。2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の呪いの場面で、いざなぎ流の呪文を参考にしたのではと話題になった。
「いざなぎ」とは、いざなぎ流の起源を物語る「祭文(さいもん)」に登場する神「いざなぎ様(大神)」に由来する。いざなぎ流には「祭文」のほか、神々の精霊が宿る和紙でつくった「御幣(ごへい)」や祭文を唱えて舞う「舞神楽」、仮面といった要素があり、このうち病人祈祷(きとう)や雨乞い、狩猟といった舞を伴う「いざなぎ流御祈祷」が1980年に国の重要無形民俗文化財に指定された。
▽「太夫」が消滅危機
いざなぎ流を研究している高知県立歴史民俗資料館の学芸員・梅野光興さんは「日本各地に民間信仰が残っているが、特定の神社仏閣のようなものはなく、民家の信仰として伝わってきたので伝わり方も多様で、全国でも珍しいのではないか」と話す。
いざなぎ流の伝承に重要な役割をするのが「太夫(たゆう)」と呼ばれる宗教者だ。いざなぎ流には集落の地区ごとに太夫がいて、口伝を中心に伝えてきたという。決められた祭祀(さいし)はなく、各家庭で祈祷などが行われてきたため、集落ごとに伝わり方が違い、伝承者が次第にいなくなり文化消滅の危機にひんしていた。太夫も世襲ではないため、現在は物部町にほとんどいなくなったという。
▽保存会を立ち上げ
全国的にも希少な民間信仰を後世に伝承しようと、重要無形民俗文化財に指定されたことをきっかけに地元で保存会が結成された。「いざなぎ流御祈祷保存会」だ。保存会は中学生や高校、大学生を含む12人が週に一度集まり、舞神楽の練習をしているという。
会長の佐竹美保さんは、地元出身ながら「30代になるまで、いざなぎ流を知らなかった」という。友人の家に太夫の知り合いがいたことから、舞を見る機会があり、熱心に通ううちに太夫から「弟子になれ」と言われ本格的に学ぶようになった。
佐竹さんに会長を引き継いだ半田敏張さんは、親類に太夫がいたことから太鼓をやらないかと誘われたという。「別府(べふ)」といわれる地区のいざなぎ流「別府伝」を受け継いで伝えている。
▽宿で体験
いざなぎ流は決まった祭祀などがないため、披露する機会が限られている。物部町にある築80年の一棟貸し宿泊施設「まきの宿」は、「いざなぎ流のこころを伝える宿」をコンセプトにする。2024年1月にオープンした「まきの宿」では、これまでも畳の座敷で保存会の人たちによる舞を披露していたが、25年から本格的に「いざなぎ流」を知ってもらう催しを開催する。披露する日程を決め、宿泊者に限らず舞神楽や御幣づくりを体験できる。
保存会では地元の小中学校の特別授業でいざなぎ流について解説し、舞を披露する。保存会発足時からのメンバー半田琴美さんは「子どもたちは『いざなぎって何?』『何で舞いをするの?』など関心を持ってくれる。他の地域の人たちにも知ってもらいたい」と話す。
高知県は、定番の観光地だけでない県の魅力を伝えようと「どっぷり高知旅」キャンペーンを展開しており、県内各地への旅を推奨している。資料館学芸員の梅野さんも「いざなぎ流は、昔のまま伝えることは難しくなっているが、現代や未来のために伝統文化に接することは重要」と指摘した上で「今はビデオやインターネットで触れることもできるが、現地を訪ね風景を見たり空気を感じたりすることが大事だ」と強調している。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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