竹の塚は「中高年のオアシス」 【水谷竹秀✕リアルワールド】
イチオシスト
そこは日本社会の縮図のような場所だった。東京都足立区竹の塚に立ち並ぶフィリピンパブのことである。界隈(かいわい)には数十軒あるが、特に「カリン」と呼ばれていたそのパブは、中高年の日本人男性にとって憩いの場だった。アニーという“名物ママ”がいるからで、彼女の店は今から10年前、NHKの人気番組「ドキュメント72時間」に取り上げられてからというもの、一躍有名になった。
そのアニーと久しぶりに連絡を取ろうと先日、LINE(ライン)のメッセージを送ったのだが、一向に既読にならない。店の電話も繋(つな)がらない。心配していたところ、店を訪れた知人からこう伝えられた。
「アニーさんは1年ほど前に体調を壊してフィリピンに帰ったみたいです。向こうで静養して、元気になったら帰ってくるかもしれないとのことでした」
マニラで生まれ育ったアニーは18歳の頃、知人の紹介で知り合った日本人男性との結婚を機に1990年に来日し、スーパーやクラブなどで働いてきた。その後、カリンのオーナーになった。彼女は「夫に厳しく仕込まれた」というだけあって、私が出会った在日フィリピン人たちの中では日本語能力はずば抜けて高い。
そんなアニーの店は、午前5時から営業する異色の存在だった。
「お客さんにタクシー運転手が多かったんです。彼らは朝仕事が終わるので、その時間に合わせて開くことにしました」
しかも朝食付きだ。テーブル席9席、カウンター席4席というこぢんまりしたスナックのような店だが、ここには夜明け前から常連の中高年男性たちが集まってくると、アニーは流暢(りゅうちょう)な日本語で語る。
「お客さんは一人もんが中心ですね。みんなストレス解消っていうか、寂しくなったらここに来る。そういう人たちって、だいたいみんな同じこと考えている。心の中は本当は寂しいんだけど、どこか威張っているんです。やっぱりプライドがあるから認めたくない。だから彼らにとってここはオアシスのような場所だと思うよ」
客の中には孤独死してしまった人も数人いた。店にしばらく顔を見せないため、来店時に話していた勤め先などの情報を基に他の客に探してもらったところ、アパートでひっそり亡くなっていたというのだ。アニーは店のホステスたちを連れ、客の遺骨が納められた息子の家に行って線香をあげた。
別の客が孤独死した際は、葬儀にも参列したという。
「だってお世話になっているんだよ。お客さんとして来てくれて、わいわい騒いだ間柄なんだから行くのは当たり前よ」
アニーの故郷、フィリピンは家族を大切にする文化が根強い。ゆえに孤独死が相次ぐ日本の現状について、こう考えていた。
「日本は近所付き合いがなさすぎるから孤独死するのかと。一人でいなくなるなんて私には考えられない。自分は嫌だな。やっぱり寂しいよ。フィリピンでは孤独死めったにない。だって何日かいないだけで隣人が探してくれるから」
もちろんフィリピンにも政治家の汚職や貧困など社会問題は山積みだから、フィリピンが「善」で日本が「悪」という単純な二項対立では分けられないだろう。
故郷へ戻ったアニーは今頃、親族や隣人に囲まれて久しぶりの南国生活を満喫しているだろうか。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.2からの転載】

水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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