年間約1000件も発生! 知られざる「バードストライク対策」の最前線
イチオシスト

昨年12月29日、タイ・バンコク発のチェジュ航空2216便は韓国・ムアン国際空港への着陸時にフェンス外壁に衝突、爆発炎上し、乗務員6人を含む181人のうち179人が犠牲となった。その原因にバードストライクが挙げられている
鳥が人工建造物や航空機に衝突する「バードストライク」。航空機の場合は人命に関わる事故につながるケースもあり、世界的な問題となっている。
まだ記憶に新しい韓国・チェジュ航空の悲劇も、主な原因はトモエガモの群れによるバードストライクといわれている。事故の最新対策を取材し、鳥との共生の道を探った!
* * *
【音のバリアで航空機を守る最新対策】重大な航空機事故を引き起こす可能性があるバードストライク。空砲を撃って鳥を驚かせたり、鷹匠(たかじょう)がタカを使って追い払ったりするなど、各地の空港ではさまざまな対策が取られている。
中でも注目されている最新の対策が、高周波音による鳥獣害防止装置、「バードソニック」である。開発に協力している岡山理科大学研究・社会連携機構の辻維周(つじ・まさちか)特担教授に話を聞いた。
――バードソニックはどのような装置ですか?
「鳥が嫌う高周波の音を出し、鳥が近づかないようにする装置です。いわば滑走路に音のバリアを張って、航空機を鳥から守るんです。人には聞こえない周波数の音なので人体に影響はありません。
もともとは、道路で野生動物に車両が近づいていることを高周波音で知らせて事故を防ぐ『鹿ソニック』という装置から、バードストライク対策に転用しました。山梨県のTMワークスというメーカーと2019年から産学連携し、私は主に実証や改良の提案を行なっています」

バードソニックを今年7月4日、鳥取空港に設置した際の写真。航空機が飛ばない時間帯に作業をするため、時には徹夜作業になることもあるそう(辻維周氏提供)
――鳥が嫌う周波数はどうやって割り出すのですか?
「まず空港からどんな種類の鳥がどこで飛行機と衝突するかのデータを入手します。それを参考に、ターゲットとなる鳥が嫌うであろう周波数の音を出し、鳥が近づかなくなるまで何度も試します。設置すると鳥がパッとすぐいなくなるのではなく、数日から数週間かけて徐々に減っていきます。
また、同じ種類でも生息地が違うと嫌いな周波数が違う場合もあるので、設置する際には必ず現地に赴き、その効果を確認しています」
――これまで各空港で行なわれてきた空砲やタカを使うなどの方法との効果の違いは?
「従来の対策の効果は一時的なものに過ぎません。ですが、バードソニックは鳥たちが嫌う音を出すことで、空港を鳥にとって苦手な場所にして生息地をずらすこともできるんです。
ただ、空港周辺に湿地の自然を守るためのラムサール条約に指定されている場所があると、生態系を変えてしまうため設置は難しいです。
また、鳥の数を100%減らすのは難しく、できても7~8割減程度ですので、ほかの方法とも組み合わせて実施するよう空港側に伝えています」
――特に効果のあった事例を教えてもらえますか?
「カラスの飛来が多かった萩・石見(いわみ)空港では、設置3日目から飛来数が徐々に減り、数日後にはほとんどゼロになりました。事前の空港の調査で飛ぶ時間帯や方向などがわかっていたことも大きいです」
――今後の目標は?
「国内の空港で設置を広めること。特に設置を進めたいのは、海鳥が多く事故が起こりやすい環境にある離島の空港です」
――空港以外での導入事例はありますか?
「畑や住宅地など、鳥による被害のある場所に設置しました。鳥害被害に悩まされていた長野県のシャインマスカット畑や、兵庫県加古川市のムクドリが大量発生する場所でも、効果を発揮しました。
ペットへの影響を心配する声も出ますが、人間と暮らす動物には害がないので安心してください」
【人間と野鳥の共生に必要なこと】昨年12月29日に韓国で起きたチェジュ航空の航空機事故(179人死亡)はバードストライクが主な原因とされているが、その際エンジンに衝突したトモエガモは日本で急増しており、事故の増加が懸念されている。
日本野鳥の会・自然保護室室長の田尻浩伸(たじり・ひろのぶ)氏に鳥の生態や事故の対策について取材した。
――日本でトモエガモが増えているのはなぜでしょうか?
「カモ類に属する彼らは北極圏で繁殖し、越冬のため日本や韓国に渡ってきます。しかし、韓国でエサ場となる田んぼの環境が変わったり面積が減ったりしたことから、日本へ飛来する個体が増えたといわれています。
また、繁殖地である北極圏が温暖化により繁殖しやすくなったことも、要因として考えられます。
日本では絶滅危惧Ⅱ類に指定されている鳥類なので数が増えるのは望ましいことですが、1種だけの激増や温暖化の影響による増加だとすると、その一方でほかの生物が影響を受けている可能性もあるので、手放しでは喜べません」

アジアで最も美しいカモともいわれるトモエガモ。日本では日本海側に多いが、千葉県の印旛沼にも多く飛来する
――トモエガモの特徴を教えてください。
「非常に臆病なことです。日中は安全な湖の上で休んでいて、暗くなったらエサを探しに出かけていく。田んぼに行って落ち穂を拾ったり、広葉樹林でドングリを拾って食べたりしていますが、何かに驚くと右往左往して飛び回ります。
また、群れを成すことも知られており、これはバードストライク時の影響を大きくする可能性があります。
400gほどの小さな個体なので1羽が衝突する場合、航空機への影響はないかもしれませんが、群れで衝突するとダメージは大きいでしょう。非常に密集した群れなので、一見すると鳥の群れとして認識しづらいこともリスクのひとつです」
――バードストライクから飛行機を守るには?
「何より相手を理解することです。鳥はなんとなく飛んでいるわけではなく、目的を持って飛んでいます。いつ、どこへ向かって飛んでいるのか、鳥の生活・行動パターンを理解することで、人間側で鳥たちの飛行ルートを航空機が通らないようにするのが効率的。
韓国の事故についても、いつもは飛ばない日中にトモエガモが飛んでいたので、何かに驚かされたからだとも考えられます」
――バードストライク対策について、日本野鳥の会から空港に働きかけることはありますか?
「空港などを開港する前段階であれば、野鳥の群れの生息地に建設するのは避けるよう伝えたことはあります」
――鳥が航空機に衝突する件数が秋に増えることについてはどう考えますか?
「春・秋は渡り鳥が移動する時期。特に秋はその年に生まれた若い鳥が多いので、どんな場所が危ないのか鳥側がわかっていない可能性もあって注意が必要。実際、窓ガラスに激突する鳥は若い個体が多いです」
鳥の生態を理解しつつさまざまな対策を重ねることが求められる。
取材・文/編集プロダクション雨輝(岡田さやか) 写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
