【現地ルポ】島の1割を覆う約150万枚の太陽光パネルを設置予定! 「日本最大の発電島」長崎県・宇久島(前編)
イチオシスト

島内の林地や農家が手放した牧草地などへの設置が急ピッチで進む、京セラ製のソーラーパネル。パネルの設置面積は島の10分の1に及ぶ見込みだ
北海道・釧路湿原で大規模太陽光発電所(メガソーラー)の建設計画が中止に追い込まれたのは9月のこと。環境破壊のリスクや一部事業者による法令違反などで事業そのもののあり方に批判が集まるが、その一方で日本で最も大規模なメガソーラー計画が進んでいるのが長崎県・宇久島だ。
だが、そこには現地に在住しながら果敢に事業への反対活動を続ける4人の男たちがいた。彼らの闘いの中身とは? メガソーラー問題の本質とは? 現地で徹底取材した!
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島民にとって「最後のチャンス」?宇久平港を見下ろす高台に、日蓮宗「妙蓮寺」がある。畳張りの本堂の床に広げられたのは、1m四方はあろう、島内のある地区を拡大した地図だ。
「この水路を許可なく改造している可能性がある」
「ここは伐根して土地を改変している。明日、現地調査を」
「裁判の準備はどうか?」
声を潜めながらも熱を帯びたやりとりが続く。作戦会議さながらの光景だ。
ここに集まっているのは4人。寺の住職である佐々木浄榮(46歳)、島で唯一の診療所を守る医師・有吉 靖(68歳)、島内で郵便局長を長年務めた大岩 進(87歳)、そして40年以上にわたり島の特産品を売り続けてきた木寺 進(79歳)だ。
彼らはNPO「宇久島の生活を守る会(以下、生活を守る会)」の主要メンバーとして、日本最大級のメガソーラー事業に立ち向かっている。

舞台は長崎県・宇久島。佐世保港からフェリーで3時間半、五島列島の北端に浮かぶ小さな島だ。最盛期に1万人を超えていた人口は、現在約1600人まで激減。島民の高齢化率は61%に達する。
かつては独立した自治体「宇久町」だったこの島は、2006年に佐世保市へ編入。以来、「行政サービスが十分に行き届かなくなった」と感じる島民は多い。
3校あった小学校は1校に統合され、児童数は34人。子供の数も減り続けている。島の基幹産業は漁業と畜産。近年は船や牛を手放す島民が増え、港は寂れ、牧草地にはやぶが生い茂っている。

佐世保港からフェリー「いのり」に乗って3時間半ほどで宇久島へ。車両ごと乗船でき、メガソーラーの関連事業者の姿も目立つ
それでもなお、穏やかな入江には漁船が並び、放牧場では牛が草を食む姿が残る。過疎化が進む中でも、静かな暮らしを守り続けてきたのが宇久島の人々だった。
しかし、その静けさを一変させる計画が持ち上がったのは13年のこと。島面積の4分の1に当たる約720haの土地を発電事業者が借り受け、伐採・造成。太陽光パネル約150万枚を敷き詰める、日本最大級のメガソーラー事業計画をスタートさせた。
稼働すれば、17万3000世帯分に相当する年間51.5万MW時を発電し、その全量を海底に敷設する約64kmのケーブルで本土(佐世保市)へ送電。事業者には年間200億円を超える売電収入、佐世保市には年間20億円規模の税収が見込まれる。
現在、島内では九電工(現・クラフティア)が主体となり、林地開発やソーラーパネルの設置が急ピッチで進められている。同社は25年10月から社名を「クラフティア」に変更しているが、本稿では取材当時の呼称である「九電工」を使用する。
過疎にあえぐ離島に突如舞い込んだ巨大プロジェクトは、多くの島民にとって、待ち望んだ「最後のチャンス」と映った。仕事が生まれ、税収が増え、若者も戻り、島がかつての活気を取り戻すかもしれない――だが、先述の4人の目に映ったのはまったく逆の未来だった。
医師の有吉の頭に真っ先に浮かんだのは、「水枯れのリスク」だった。

島唯一の病院「宇久診療所」の元所長で、現在は非常勤医の有吉 靖氏。素潜り18mの記録を誇る体力を武器に、メガソーラー計画と水面下で動き出す風力発電計画に立ち向かう
「私は広島の出身ですが、医学部に入る前から離島医になると決めていた。鹿児島の甑島など九州や瀬戸内海の島々を巡り、温かい島民性と自然に恵まれた宇久島を働き場に選びました。ですが、離島の多くは河川がなく、飲み水の確保に苦しむ現状があります。
宇久島も例外ではなく、水源の99%は井戸に頼っている。その井戸の上にある林地を伐採し、斜面にパネルを敷き詰めれば、雨は地中に染み込まず、表面水として一気に流れ出すため、やがて井戸が枯れることになる。〝命の水〟を失ったら、島は立ち行きません」
続いて、木寺が語る。

小浜地区に建設された交直変換所。着工前には「生活を守る会」の木寺氏も事業者との交渉に臨み、「施設は地権者に許可なく売却できる」などの不平等条項を撤回させた
「私の住む小浜地区は約60人が暮らす、70代80代ばかりの限界集落です。5年ほど前、九電工が島で顔の利く人物を開発会社の社長に担ぎ、この地区へ土地の借り上げ交渉にやって来ました。『お隣も契約したけん、あんたも判を押さんね』『早く契約したほうが得だ』と迫られ、住民はろくに契約書も読まず印鑑を押していった。残ったのは私ひとり。
変電所の建設に関する合意書を読み込んで愕然としました。土地代を払ったら以後は何も保証しない、貸した土地に建てた施設は地権者の許可なく第三者に売却できる、契約内容は口外禁止......不平等としか思えない条項が小さな文字でビッシリと記されていたんです。これでは島が植民地にされてしまう。『守らねば』と決意しました」
佐々木もこう話す。

NPO「宇久島の生活を守る会」の代表で寺の住職でもある佐々木浄榮氏。反対活動が熱を帯びる中、檀家からは「和尚さんがそこまですることなのか」と心配する声も上がる
「計画では島外から作業員1300人が来ると聞かされていました。島にスーパーは2軒だけ、1ヵ所しかない診療所は常勤医がひとり、消防車1台、警察官も2人体制。
そんな島に1000人以上が一度に押し寄せれば、生活も治安も成り立たない。にもかかわらず、行政や事業者からの説明や対策が見られない。彼らに任せていたら、島が壊されると思いました」
そして、4人は立ち上がった。
遅れる事業計画宇久島の中心部、平地区から車で20分ほど先に、神浦地区がある。人口は100人余り。島内では多いほうだが、16年に神浦小学校が閉校して以来、子供の姿はなくなった。その跡地を九電工が数千万円で買い取り、各教室は建設業者の事務所に、校庭は作業車の駐機場になっていた。
「この地区にゃ、パネルはできんし、地権者もほとんどおらんけん、メガソーラーなんて誰も気にしとらん」
地元住民は肩をすくめる。
地区内にある神浦港からは市営交通船が1日6便出ている。片道170円、10分の航路で着く先は、宇久島の属島・寺島だ。住所上は同じ宇久町だが、人口は10人足らず。ここも九電工の手で山林の伐採が進み、島の大部分がパネルで覆われようとしていた。

作業員約200人が入居する宿舎。一部の作業員が通うスナックの店主によれば、宿舎内は「個室3畳1間で食堂・大浴場付き」。ただし、門限は22時と厳しめだ
朝8時過ぎ、寺島港へ。目の前の空き地には、九電工ののぼりがはためくプレハブの作業所、その脇に重機が並ぶ。作業員7人ほどが集まる場所へカメラを下げて近づくと、作業班を統括する九電工の社員が駆け寄ってきた。
「取材はNGです! 現場での撮影も困ります!」
だが、その場にいた作業員のひとりで、島の区長を務める老齢の男性が割って入る。
「なんの取材ね? 九電工さんは島のために、こうして草刈りの仕事ばつくってくれよったし、荒れ放題だった山を切り開いて道も造ってくれた。あの神社も、九電工さんがおらんかったら建て直せんかった。
ヨソ者が反対派のリーダー気取りで騒ぎよーけど、関係なか。佐々木さんに言っといて、『この島にゃ反対する人は誰もおらん』て」
九電工の社員が、表情を曇らせながら口を開いた。
「......事業は正直、かなり遅れています。写真を撮られてネット記事になれば、反対派を刺激します。たとえ数人でも、いろいろと動かれたら行政の対応が変わり、事業が滞ってしまうんです」

発電事業者がチャーターする専用船「たらまゆう」。1日に朝・夕の2度、宇久平港に入港し、パネルなどの資材や工事用車両を搬入する
島内に立つ林地開発の標識を見ると、工期完了欄には幾重ものテープが重ね貼りされていた。当初は「令和元年8月~令和6年3月」とあったが、期日は7年、8年、9年と、後ろへ後ろへとずれ込んでいるのが見て取れる。
九電工社員の言葉の端々から伝わってくるのは、事業の遅れに対する強い焦燥感と、反対活動を続ける「生活を守る会」へのいらだちだった。
4人それぞれの闘い最初に開発業者を悩ませたのは、大岩 進の一撃だった。
当初、九電工は1300人規模の作業員宿舎を、宇久島南部の総合公園敷地に整備する計画を進めていた。公園を管理する市も、事業者から提出された「要望書」を根拠に使用を許可していた。そこには島内26区のうち、23区の区長の署名押印が並んでいた。
だが、大岩はすぐに要望書の抜け穴を突き止める。
「文面には『事業を推進してほしい』とは書かれていましたが、『公園を提供してほしい』なんてひと言もなかった。事業者は本来の目的を隠して、区長に同意を迫っていたのです。しかも署名を取りまとめるとき、『個人の考えでいいから』と、各地区で常会(会議)も開かせずに区長個人の認印を押させていた」
その事実をつかんだ大岩は、すでに舗装工事が始まっていた公園の使用許可の取り消しを求め、市に行政不服審査を申し立てた。すると、事業者側は審査の結論を待たずに敷地を返還。市も審査を一方的に打ち切った。
「審査が続けば、業者の脱法的な手法が明るみに出るのは目に見えていた。その前に、うやむやにした格好です」
この一件で、もともと総合公園に整備する予定だった宿舎は近くのホテル跡地に移され、収容規模も縮小。当初予定の1300人には遠く及ばず、現在、宿舎に寝泊まりする作業員は200人程度となっている。

島内で伐採された木は細かく刻まれチップになり、営農用の肥料に使われるほか、地元の港湾業者によれば鳥取県境港市へ搬送され、バイオマス発電の燃料としても活用される
こうした事業者の動きに目を光らせ、開発や届け出の不備、いきすぎた手法を見つければ正す。それも「生活を守る会」の活動のひとつだ。
4人の監視の目は鋭い。
21年8月、佐々木が求人サイトで見つけたのはメガソーラー事業とおぼしき〝不審な求人広告〟だった。
【宇久島で始まる大規模工事、出稼ぎ希望者募集/日給1万2000円・寮無料・全個室3食付】
だが、応募条件に記されたある一文を佐々木は見逃さなかった。
【入墨、前科、指の欠損があっても現場は入れます!】
佐々木はこう話す。
「当時、この島で大規模工事はメガソーラーしかありません。求人企業を調べると、福岡・中洲に事務所を持つ、実態が不透明な会社でした」
佐々木がそのページのリンクをSNSに投稿し、九電工の管理体制に疑問を呈すると、数日後に九電工の社員が現れた。「この求人は弊社とはなんの関係もありません。削除してください」と告げられたという。
「要請どおり削除はしました。ただ、直接の関係がなくても、下請けや孫請けの管理が十分でない点が問題です。それに、人手不足であの手この手で作業員を集めているようにも見えました」
開発現場の見回りは、主に佐々木と大岩が担う。特に目を光らせているのは、樹木の根を抜く「伐根」だ。
長崎県の条例では、林地などの開発で、土地の形質を改変する面積が30ha以上になる場合、環境アセスメントが必須となる。
つまり、事業者自身が開発による環境影響を調査・評価し、その結果を公表した上で、地域住民や自治体の意見を踏まえて計画を立てる必要がある。事業者にとっては、手間とコストのかかる煩雑な手続きだ。
これを避けたい九電工は、宇久島での開発について、「土地を改変する面積は『26haまで』と県に届け出ている」(佐々木)という。
「しかし判例では、樹木の根を抜く『伐根』も土地の改変に含まれます。現場に行くと、抜かれた根がそこら中に散乱し、この調子で開発が進めば30haを優に超える可能性があります。
事業者側は、こうした部分を見られたくないのか、現場への道の入り口を通行止めにしたり柵を設けたりしています。しかし、情報公開請求で入手した市の公図を確認すると、その道は里道であるケースもある。
里道は公共の道ですから、無断で封鎖したり資材を置いたりすれば、違法な道路占有になります。伐根や道路占有などを確認した場合は現場で写真に収め、市の担当課に報告します」
確たる証拠があれば、行政も動かざるをえない。こうして現場は1ヵ月間止まったこともある。その際、事業者のひとりに「佐々木さんのせいです」と言われたこともあったと本人は振り返る。
こうした「生活を守る会」の動きを、事業者側も警戒している。大岩がこう明かす。
「車で現場を回っていると、九電工の車に尾行されることがあります。大学の先生や弁護士を現場に案内していたときも、後ろから事業者の車がついてきた。迂回して振り切ったと思っても、また別の車に張りつかれました」
木寺は目下、裁判準備に取りかかっているところだ。
専門家によると、木寺が暮らす小浜地区では、太陽光パネルで山肌が覆われると雨水が一気に流れ、流量は現在の3倍に増える。大雨の日には、木寺の自宅を含め、浸水被害が出る恐れのある家屋が複数あるという。
「九電工を相手に一部地区の工事差し止めを求める裁判を起こすつもりです。ほかの住民は危険を理解しつつも表には出ない。私ひとりでも、原告として闘うつもりです」
参政党の後押し「生活を守る会」の活動で工期が遅れるたび、九電工の焦りは増していく。その背景にあるのは、売電収入のタイムリミットだ。
九電工を中心とする発電事業者にとって、このプロジェクトの最大の利点は、発電した電力を1kW時当たり40円という高値で電力会社に売電できる点にある。
その前提となるのが、12年に国が始めた再生可能エネルギーの「固定価格買取(FIT)制度」。11年の原発事故を受けて、再エネ普及を最優先する形で導入されたこの制度では、国が40円/kWhという高値で買い取る仕組みを設け、「やれば誰でも儲かる」と言われた。
その後、価格は引き下げられ、現在は10円程度まで落ちている。しかし、宇久島の発電事業者は、FIT初期の13年3月に事業認可を得ており、40円の売電収入が約束されている。
ただし、その売電期間は20年間に限られる。
「宇久島メガソーラー事業は、現実にはまだ発電も売電も開始されていません。しかし、国の認可上は、売電開始は20年10月と見なす規定で、40円で売電できる期間は40年までと期限がある。そのため、工期が遅れれば遅れるほど収入は減少します。
1年延びるごとに年間200億円の収入が減るわけで、事業の採算は大きく悪化することになる。関係者から聞いた話では、九電工社内では、『宇久の案件はあと2年で仕上げろ』と上層部が強く命じているそうです」(佐々木)
この点について、クラフティア(旧・九電工)総務部広報課の担当者はこう話す。
「売電期間が短くなることによる事業性の低下は否定できません。ただし、FIT終了後については、電力需要や再エネ価値の高まりにより、企業間PPA(電力購入契約)や卸電力市場などを通じての売電が可能と見込んでいます。
FIT価格(40円/kWh)ほどではありませんが、長期的な脱炭素価値の拡大を踏まえ、一定の売電単価を確保できると考えています」
さらに担当者はこう続けた。
「本事業は、島民の約7割の方々が事業の実現や早期着手を求める嘆願書を提出されたことから始まりました。地域の強い思いに支えられたプロジェクトとして、『島の未来を守りたい』という声を真摯に受け止め、地域の皆さまと共に進めています」
売電開始は「26年度中」を目標にしているという。
一方、事業に反対する「生活を守る会」には追い風も吹き始めている。再エネによる温暖化対策に疑問を呈する参政党の後押しだ。その接点をつくったのは、佐々木である。
「22年の参院選時、神谷宗幣代表が佐世保駅前で街頭演説をすると聞き、島の現状を訴えようと駆けつけました。演説後、手を挙げて発言の機会をもらい、島の4分の1を開発するメガソーラー事業の現状と問題点を訴えました。
本人にどこまで届いたかはわかりませんが、その場にいた参政党長崎支部の党員の間では『宇久の開発にブレーキをかけなければ』と賛同が広がり、その後も勉強会を重ねた結果、昨年には会員数が一気に60人ほど増えました」

島内では2008年頃、海岸に巨大風車を並べる風力発電計画が浮上した。周辺環境への影響に関する懸念などから、大半の島民が反対し、計画はストップ
今年1月には、同党の吉川りな衆院議員も島を視察。国会で取り上げる動きもあるという。
「宇久島の開発事業の問題は、大手メディアではほとんど取り上げられず、地元の新聞でさえ、どれだけ取材に応じても『一部の反対派もいる』程度で片づけられてしまう。だからこそ声を上げ続けます」
巨大資本を前に、孤軍奮闘する4人の反対派たち。だが、その動きを島民の多くが支持しているかというと、そうとも言い切れない部分がある。そこにはメガソーラー事業にかけるしかない、島の複雑な事情があった。
(文中敬称略)
◆後編は11月4日(火)に配信します。
取材・文・撮影/興山英雄
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