「クジラも身を守るために墨を吐く!」 墨の正体は暗赤褐色の糞便だった?

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マッコウクジラの防御法 海の中でも大きな体を持つクジラ。彼らには天敵がいないようにも感じますが実はそうでもありません。シャチや大型のサメなどの天敵に襲われることもあるのです。 こうした外敵が迫った時の …
 イチオシスト
            イチオシスト
        タコが煙幕で身を守るのは有名ですが、実は一部のクジラも似た行動をとります。マッコウクジラ上科のクジラは脅威を感じると暗赤褐色の糞を放出し、体を隠すのです。この行動は日本の花火「綱火」にちなみ「綱火」と呼ばれます。北海道大学の研究チームは、この糞の色や性質の謎を解くため、クジラの腸内微生物を解析しました。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)


マッコウクジラの防御法
海の中でも大きな体を持つクジラ。彼らには天敵がいないようにも感じますが実はそうでもありません。シャチや大型のサメなどの天敵に襲われることもあるのです。
こうした外敵が迫った時の対処法は生物により様々ですが、一部のクラジでは独特の防御行動をとることが知られています。
それがマッコウクジラやコマッコウなどマッコウクジラ上科に属するクジラたちです。
 マッコウクジラ(提供:PhotoAC)
マッコウクジラ(提供:PhotoAC)
暗赤褐色の糞で隠れる綱火
驚くべきことに、彼らは脅威を感じると暗赤褐色の糞便を一気に放出することで、水中で濃い雲を作り自らの姿を覆い隠すのです。
この独特な行動は「綱火(つなび)」と呼ばれています。放出された便が水中で帯状に広がる様が、日本の伝統花火である綱火を連想させることに因んでいるようです。
 タコ(提供:PhotoAC)
タコ(提供:PhotoAC)
綱火はタコが墨を吐いて逃げる戦術と類似していますが、クジラなど脊椎動物でこのような行動をとることは非常に珍しく、世界的に見てもほとんど例がないとか。
この行動は野生下のみならず、水族館の飼育下でも確認されており、綱火反応が自然環境と人工環境の両方で発現することを示しています。
しかし、綱火を引き起こす暗赤褐色の便がなぜこのような色・性質を持つのか、これまで明らかにされていません。
綱火と腸内環境の関係
こうした中、北海道大学大学院環境科学院の竹内 颯氏らから成る研究グループは、マッコウクジラ上科の腸内環境に着目しました。
マッコウクジラ上科ではタコやイカのよう墨袋を持たないものの、「巨大結腸」と呼ばれる、糞便を長期間溜め込む特殊な構造を持ちます。
研究グループは、この構造の中で腸内細菌が腸内物質を変化させる過程で綱火色素を生成しているのではないかと仮説を立てたのです。
こうした背景から綱火と腸内環境の関係性を解明すべく研究が進められました。この研究成果は『Ecology and Evolution』に掲載されています(論文タイトル:Metagenomic Insights Into the Role of Gut Microbes in the Defensive Ink “Tsunabi” of Physeteroid Whales)。
腸内微生物を網羅的に調査
クジラを含む動物の腸内には無数の微生物が暮らしており、これらを腸内微生物群集と呼びます。
この腸内微生物群集は分解や栄養吸収など重要な役割を担っているほか、近年の研究では腸内細菌が様々な化合物を生成することも知られています。そのため、腸内細菌の活動が宿主の健康や行動に影響を与える可能性が指摘されているのです。
今回の研究では、暗赤褐色の糞に腸内細菌の代謝活動が関わっている可能性に着目。この仮説を検証するため、研究グループにより腸内細菌の種類や遺伝子、機能を網羅的に調べられています。
この際、用いられた手法は「ショットガンメタゲノム解析」と呼ばれるもので、腸内に存在するすべてのDNAを抽出し一斉に配列を決定。得られた配列データをコンピューターで解析することにより、DNAがどの微生物に由来しているのか、どのような遺伝子、代謝経路を持つのかなどを高い解像度で明らかにすることができるようです。
8種のクジラの腸管を分析
研究では、2021年から2023年にかけて北海道沿岸に漂着したマッコウクジラやコマッコウを含む8種のクラジ類から、様々な部位の腸管内容物が得られています。
この試料からDNAを抽出しショットガン解析をした結果では、クジラの腸内には多様な微生物群が存在することが判明しました。
特にマッコウクジラやコマッコウの巨大結腸からは、鉄・銅・カドミウムなどといった重金属への耐性に関わっているとされる、共通した細菌分類群の遺伝子が多く検出。これらの遺伝子が重金属を細胞外へ排出するポンプタンパク質、金属と結合することで、無毒化反応を触媒する酵素タンパク質をコードしている可能性が指摘されています。
綱火は耐重金属の副作用?
マッコウクジラ上科では、巨大結腸内で糞便が長期間滞留することで重金属が蓄積。この腸内環境は微生物によって、強い金属ストレスがかかると考えられています。
しかし、重金属は生物に深刻な影響を与えるため、微生物たちは進化の過程で影響を緩和させる術を獲得。特にメラニンなど芳香族アミノ酸(トリプトファンなど)由来の色素は、重金属と結合し毒性を低減させるほか、顕著な色を生じることが知られているといいます。
今回の研究でも、マッコウクジラ上科の巨大結腸から色素合成に関わっていると考えられる豊富なトリプトファン代謝遺伝子が検出されています。
これらの結果は、綱火の色・性質が巨大結腸で暮らす腸内細菌たちが重金属への耐性の一環で色素が生成される副産物である可能性を示唆しています。
<綱火>の謎はまだ残る
今回の研究により、マッコウクジラ上科における腸内細菌が綱火に寄与している可能性がしめされてました。一方、まだ多くの謎が残っているとされ、さらなる研究が望まれています。
また今後、綱火の仕組みをより詳しく解明することにより、マッコウクジラ類の進化や生態への理解が深まることが期待されています。
<サカナト編集部>
記事提供元:TSURINEWS
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