これまで無意識に広告から受け取っていた「男らしさ」とは一体何なのか?
イチオシスト

「広告で表現される『デキる男』から現実には存在しない理想像を受け取り、そのギャップに苦しんでいる人も多いのではないでしょうか」と語る小林美香氏
都市を移動すればたくさんの広告を目にする。スマホに視線を向けても同じだ。脱毛にエステ、筋トレに英会話......自分をターゲットとした広告が嫌というほど流れてくる。
こうした広告が持つメッセージをジェンダーの観点から読み解いたのが『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』だ。著者で東京造形大学、九州大学非常勤講師の小林美香さんに話を聞いた。
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――なぜ広告に着目したのでしょうか?
小林 目についた広告を記録しておかないと、と思って写真を撮り始めたのが最初です。広告って、すぐに別のものに変わってしまうので。
もともと美術館やギャラリーで美術家や写真家の作品を取り扱う仕事をしていました。美術作品って、基本的にお金を払ってじっくり見ますよね。
一方で、広告は作者が意図を持って作った作品で、無料で見られますし、普通は存在を意識しません。そんな広告を意識的な状態で眺めると見えてくるものがあるんです。
――なぜ、広告の中でも「男らしさ」に着目したのですか?
小林 初めは男らしさより、女性が広告でどう描かれているかに注目していました。実は、今回の本は2023年に出版した前著『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館)の後に書いたので、問題意識が連続しているんです。
そもそも広告を集め始めたのは、東京五輪に向けて広告が増えていった時期。あるとき、地下鉄の車内で女性向けの脱毛広告に目が惹かれたので、図像として広告のメッセージを読み解いてみました。
以降、広告に気がつくたびに記録を取っています。そしてさまざまな事例が蓄積されてくると、女性の扱い方のパターンが見えてきたんです。
――へぇ、面白いですね。
小林 決定的だったのはコロナ禍です。ステイホームが呼びかけられている中、自販機に張られた缶コーヒーの広告を見つけたんです。スーツ姿の山田孝之さんが高層ビルを背景に缶コーヒーを飲む。コロナ禍の現実ではそういう光景はほとんど見られないのに、です。
高層ビルのある都市に出てきて、オフィスでホワイトカラーワークをすることが「まっとう」であると描かれていたわけです。この「まっとうさ」の中にある「男らしさ」について考え始めました。
――コーヒーの広告をジェンダーの視点で見たわけですね。
小林 そうですね。例えば何かの広告を見たときに、ジェンダーを変えるとどうなるか考えてみてください。なんらかのパターンが見えてこないでしょうか。
例えば、男性がモデルの広告では、よく〝コピー&ペースト〟が使われます。同じモデルをたくさん並べて、遠近感を出したり、幅を出したりする。一方、女性モデルのコピペはあまり見たことがありません。
ほかには、男性モデルはグラフなど視覚化された抽象的な概念を手のひらに載せていることも多い。これも、あまり女性モデルではないことです。そうすると、広告がジェンダーをどう扱っているかが見えてきます。
――本当だ! では、広告は消費者に消費だけでなく、ジェンダー観や規範意識の強化も促しているということでしょうか?
小林 まず、消費を促していることは間違いないと思います。ただそのときに、「これを身に着けていれば、あなたの価値も上がる」というメッセージも含めています。
例えば、下着の広告だと筋骨たくましいモデルを出す。モデルは、その下着を着けるにふさわしい男のイメージなんです。下着は消耗品。それなのに1万円を超える下着が売れるのは「デキる男」、つまりその下着を着る価値がある男だと感じられるからです。
――なるほど。その「デキる男」のイメージは時代とともに変化しているのでしょうか?
小林 男性の場合はあまり変化していません。例えば、下着の広告について、1980年代と今年を比較してみても、ほとんど変わっていない。常にギリシャ彫刻のような肉体美を持つ白人男性モデルが白い下着をはいています。
2010年代には多様性の尊重でモデルの人種や体形は多少多様化しましたが、やはりマイノリティはおまけ的なものでした。一方、女性モデルを見てみると、メイクやヘアスタイル、ファッションで明確に時代をつかむことができます。
――では、時代を超えて変わらない「デキる男」のイメージは、僕たちにどのような影響を与えているでしょうか?
小林 ひとつは苦しみだと思います。消費者は存在しない理想を広告から受け取っていて、その理想を実現できないギャップに苦しんでいるのではないでしょうか。
存在しない理想を描いたのは表現の力です。幻想は幻想のままであれば大した影響は与えられませんが、表現として形にした途端、現実を支配してしまう。だからこそ、作り手も受け手も表現を舐めないでほしい。
なのでこの本では、皆さんが広告の持つ力に振り回されないようにその仕組みを伝えたかったんです。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」のたとえのように、幻想のメカニズムを知り、それが枯れ尾花に過ぎないと気がつけるように書いたつもりです。
――そう考えると、幻想にとらわれた男性は女性嫌悪(ミソジニー)になったり、攻撃的になったりするように思います。
小林 そうですね。われわれは情報のインフレの中で生きています。ターゲティングされた広告の中にミソジニー的なメッセージが含まれていることもある。
そうすると、フェミニズムがなんなのか知る前にそれを揶揄(やゆ)する態度を学んでしまう。攻撃対象についてよく知らずに態度だけ身につけるわけですね。そうなってしまう背景には「剥奪感(はくだつかん)」があると思います。
例えば、栄養ドリンクの広告では「スーツを着て革靴で走る男性」が、ビールの広告では「仕事終わりに祝杯を挙げる男性」が提示されている。ですが、雇用が流動化した現在では、正規雇用に就けず、そのメッセージが示す理想像の役割を多くの人がさせてもらえません。
そして、この剥奪感を癒やすように、攻撃的な男性性をむき出しにするような態度の政治家が台頭してきました。剥奪された男性性を肯定してくれるというわけです。このような時代には、広告を出す側も受け取る側も広告の持つ力に向き合う責任があるのではないでしょうか。
●小林美香(こばやし・みか)
東京造形大学、九州大学非常勤講師。国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画するほか、執筆や翻訳を行なう。2007年から08年にアジアン・カルチュラル・カウンシルの招聘およびパターソン財団フェローとしてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)、サンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会や研究活動に従事。著書に『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館)など
■『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』
朝日新書 990円(税込)
美術業界出身の筆者がジェンダーの視点で広告を分析した一冊。街中にあふれる広告を詳細に分析していくことで、「男らしさ」を巡る隠されたメッセージを明らかにする。さまざまな広告に登場する"あるある"なモチーフがどのようなイメージを「男らしさ」として消費者に刷り込んでいくのか、徹底的に検討。後半には「男らしさ」に対峙する処方箋も提案している。広告を知ることで、通勤や街歩きの景色が一変するはずだ
取材・文/室越龍之介 撮影/矢部真太
記事提供元:週プレNEWS
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