映倫 次世代への映画推薦委員会推薦作品 —「壁の外側と内側 パレスチナ・イスラエル取材記」
壁の両側の声に等しく耳を傾け、深みに触れる
2023年10月のイスラム組織ハマスによるイスラエル奇襲と、それを受けたイスラエル軍の報復により緊張が高まった中東。その現状を、ジャーナリストの川上泰徳氏によるカメラが記録していく。
ガザは封鎖されて入れない。まず向かったのは分離壁の《外側》であるパレスチナ側。ヨルダン川西岸地区の最南端にあるマサーフェル・ヤッタでは住民が困窮していた。入植を進めるイスラエル人たちにより家や学校を壊され、飼育する羊を奪われたり、軍事演習で残された地雷により手を失った者もいる。次に足を踏み入れたのは《内側》であるイスラエル側。エルサレムでは停戦を政府に働きかけるデモが起きていた。その目的はガザにいる人質の解放であり、戦争自体に反対する声は聞こえない。イスラエル人ジャーナリストによると、メディアが報じないため多くのイスラエル人がパレスチナの惨状を知らないという。その一方で良心から反戦を訴え、徴兵を拒否して収監されていく若者もいる。
紛争の《外側》にいる世界中の人々は、空爆や負傷者たち、さらには為政者たちの映像を報道番組に追いながら、現地の概要は摑んでいる。そうした中で、この映画を観る。目に入るのは壁を貫く通路、壁が聳える街並み、軍事演習場となった砂漠地帯、そして語る人々など。ショッキングな〝記号〞ではないそうした細部、すなわち地形や声音や表情は、色や温度を伴って観る者の状況認識を深めていく。最後には両陣営の市民の小さな交流が映し出される。
川上氏は、苦しみながらも悲愴さを感じさせず逞しいパレスチナ人たちのありようを「苦難と豊かさ」と表現する。苦難/豊かさを一つに持てるなら、外側/内側もまた通じ合えるのではないか。氏の素朴な語りの中に、そんな閃きを聞き取った気がする。
文=広岡歩 制作=キネマ旬報社(『キネマ旬報』2025年11月号より転載)
「壁の外側と内側 パレスチナ・イスラエル取材記」
【あらすじ】
2023年10月7日、イスラム組織ハマスがガザ地区から分離壁を越えてイスラエルを奇襲。すぐさまイスラエル軍は報復し、5万人以上の死者(うち1万8千人以上が子ども)を出した。停戦への道筋が見えない中で2024年7月、中東ジャーナリストの川上泰徳は取材に入る。そしてパレスチナとイスラエル双方の現実を目の当たりにしていく──。
【STAFF & CAST】
監督・撮影・編集・製作:川上泰徳
配給:きろくびと
日本/2025年/104分/
全国順次公開中
©Kawakami Yasunori
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記事提供元:キネマ旬報WEB
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