“美”とは一体何なのか——。巨匠・倉本聰が現代に問いかける哲学と愛「海の沈黙」
『前略おふくろ様』『北の国から』『やすらぎの郷』などで知られる脚本家・倉本聰が長年構想し、“どうしても書いておきたかった”と語る渾身の一作を、「沈まぬ太陽」や「Fukushima 50」などを手掛けた若松節朗監督が、本木雅弘、小泉今日子、中井貴一、石坂浩二ら、豪華キャストで映画化した「海の沈黙」のBlu-ray&DVDが、10月3日(金)に発売された(レンタルDVD同時リリース)。
“美”とは一体何なのか——。巨匠・倉本聰が、およそ65年前に実際に起きた≪永仁の壺事件≫をきっかけに、ずっと格闘してきた「“美”とは一体何なのか——?」という哲学的な問いに対する一つの答えを、人を惑わす“贋作”というモチーフに、揺るぎない“至高の愛”を掛け合わせることで導き出した、≪作家としての集大成≫ともいうべき本作。撮影中、出演者それぞれが自問自答し、向き合わざるを得なかった様子が、セルBlu-rayとDVDの特典映像として収録されたメイキング映像から伝わってくる。
1枚の“贋作”があぶり出す、30数年間にも及んだ“美”を巡る“因縁”と“愛“
60年以上の長きにわたり倉本聰の心を掴んで離さなかった≪永仁の壺事件≫とは、1959年に国の重要文化財に指定された、永仁時代(鎌倉時代後期)作とされていた壺が、じつは加藤唐九郎という、現代陶芸家の作品と分かり、1961年に重要文化財指定を取り消されたことで、一気にその価値が大暴落したとされる、一連の騒動を指す。
その顛末を知った倉本は、永仁時代のものでないと分かった途端、それまで確かにあったはずの価値がなくなってしまったことに納得がいかず、「その壺に高い価値を付与した鑑定家や研究者は、そのことをどう思うのか」、「作家である加藤氏はそれをどう受け止められたのか」と延々思いを巡らし、「権威というものの疑わしさや、そういったものに翻弄される世間への皮肉を書いてみたい」と、その小さな萌芽を60年もの間、枯らすことなく育ててきた。それが見事に結実したものが、「海の沈黙」なのである。
世界的な画家の展覧会で大事件が起きた。展示作品のひとつが、会期初日に作家本人である田村修三(石坂浩二)の指摘により贋作だとわかったのだ。連日、贋作を巡る報道が加熱する中、北海道で全身に刺青の入った女(清水美砂)の死体が発見される。このふたつの事件の間に浮かび上がった男。それは、かつて新進気鋭の天才画家と呼ばれるも、ある事件を境に突然人々の前から姿を消した津山竜次(本木雅弘)だった。
竜次の元恋人で、現在は田村の妻である安奈(小泉今日子)は、津山が居るとされる北海道へと一人で向かい、津山のマネージャーを名乗る謎の男・スイケンこと碓井健司(中井貴一)と連絡を取り、小樽の埠頭で数十年ぶりに津山と再会を果たすが、思いもよらない事実を打ち明けられる。いったい津山はこれまで、どこで、誰と、何をやって、生きてきたのか。そこには、30数年前の因縁が複雑に絡み合っていた——。
脚本に込められた倉本聰の思いを心で読み解き、体現する俳優陣のすごさ
撮影前、津山役の本木をはじめ、津山のマネージャーであるスイケン役の中井や田村役の石坂、安奈役の小泉ら主要キャストには、それぞれの役柄の生い立ちから現在に至るまでの経歴が事細かに記された、人物年表が渡された。学歴や職歴といった履歴書に書ける要素はもちろんのこと、その後の人格形成に影響を及ぼしたであろう、幼少期のトラウマや、赤裸々すぎる恋愛遍歴など、「実在するモデルがいるのではないか?」と思うほど、克明だ。もちろんその人物背景を書いたのも、この物語を生み出した倉本自身に他ならない。
そこから立ち上ってくる人物像を、日本映画界を牽引するベテラン俳優たちが、重厚な演出と繊細な人間ドラマで高い評価を集める若松節朗監督の下、これまでの役者人生で培ってきた“目”と“心”で読み解き、自らの肉体を使って体現する。それによってもたらされる多彩な登場人物のキャラクターの厚みが、「至高の美」や「至高の愛」といった、深遠なテーマを掘り下げるこの物語を、さらに芳醇なものにしているのだ。
なかでも、倉本自身が抱き続けてきた問いを代弁しているとも言えるのが、萩原聖人が演じる、貝沢市立美術館館長の村岡だ。彼は、のちに贋作と判明する作品「落日」に惚れ込み、田舎町の市議会で散々もめた挙句、3億円もの莫大な予算を漸く取り付け購入。贋作と分かるや、その失態を市当局から激しく糾弾され、自らその責任を取り、湖で自死してしまう。だが、彼が遺した遺書には、こんな言葉が綴られていた。
「それが贋作であろうとなかろうと、あの“落日”の圧倒的な美に、今も私は惚れこんでおります。それは、間違いなく私にとって、3億以上の価値のあるものでありました。どなたか、私に教えていただきたい。作者が違うと判明した途端、その絵の評価が変わるというのなら、“美”とは、一体何なのでしょうか。それは、あの絵と、それを描いた作者への重大な冒涜なのではないでしょうか——」と。
電話で遺書を代読している男(中井)の声が、いつしか村岡(萩原)の声に変わる。その演出も相まって、壮絶なシークエンスに込められた“思い”が、胸に迫りくる。
セルBlu-rayとDVDには、撮影現場で実施されたキャストインタビューや記者会見の模様を収めたメイキングが収録されるほか、12ページの解説書&ポストカードも封入。記者会見の壇上で主演の本木雅弘が語りかける「倉本さんにしか作れない、ある種何かこう“大きな杭”がぐっと刺さっているような作品」という言葉や、小泉今日子の「成熟した物語。いま私たちが受け止めるべきメッセージがある」という言葉こそ、「海の沈黙」の真髄と言えるだろう。
文=渡邊玲子 制作=キネマ旬報社

「海の沈黙」
●10月3日(金)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)
Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●Blu-ray 価格:6,930円(税込)
【ディスク】
★特典映像★
・メイキング
・予告編2種(本予告、ショート予告)
★封入特典★
・解説書(12P)
・ポストカード(3種)
●DVD 価格:5,830円(税込)
【ディスク】
★特典映像★
・メイキング
・予告編2種(本予告、ショート予告)
★封入特典★
・解説書(12P)
・ポストカード(3種)
●2024年/日本/本編112分+特典映像14分
●原作・脚本:倉本聰
●監督:若松節朗
●音楽:住友紀人
●出演:本木雅弘
小泉今日子 清水美砂 仲村トオル 菅野恵/石坂浩二
萩原聖人 村田雄浩 佐野史郎 田中健 三船美佳 津嘉山正種/中井貴一
●発売・販売元:マクザム
© 2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
記事提供元:キネマ旬報WEB
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