「九月と七月の姉妹」は、たった10カ月の年の差から生まれるホラーとサスペンスだ【キネマ旬報9月号】
『キネマ旬報』9月号(8月20日発売)では「哀れなるものたち」のヴェネチア国際映画祭の最高賞受賞などで知られるヨルゴス・ランティモスの公私にわたるパートナー、アリアン・ラベドの長篇監督デビュー作「九月と七月の姉妹」を特集する。
本特集は「私は見慣れたものを違う視点で見たときに生じる緊張感を探ろうとしてきた」というラベド監督へのインタビュー、詩人の管啓次郎によるレビュー、そしてアリアン・ラベドとヨルゴス・ランティモスの映画を巡る批評家・佐々木敦のコラムで構成されている。
ここでは監督のインタビューからの抜粋・引用を掲載。あらたに寄せてきた”ギリシャの奇妙な波“と言えるのかもしれないラベド監督のことばを紹介する。
オックスフォードの高校に通う15歳のジュライ(七月)は、インド系の褐色の肌が目立つ少女。どこか挙動不審でもある彼女は‟怪物(フリーク)“と罵られ、激しいイジメに合っている。「おバカなジュライ」と呼びかけながらも、10カ月年上の姉セプテンバー(九月)は、妹を危険から守っている(姉の肌は妹よりずっと白い)。たとえば水泳の授業で、「不潔な人間と一緒に泳ぎたくない」と嫌がらせのことばを浴びせられた妹はプールサイドから突き落とされ、鉄柵で頭部を強打、大流血する。すると姉は一直線に犯人に駆け寄り、拳で殴りかかるのだ。
「そんな危険な目にあったとき、ジュライが助けを求めることができるのは姉のセプテンバーしかいない。そこに姉妹の共依存関係の核心があるのだと考えました。ジュライの世界はわずか10カ月年上のセプテンバーに支配されているのです。どうしてジュライはいつも、どこか不安定に見えるのか? なぜセプテンバーは時折サディスティックなまでに妹を支配しようとするのか?」そうラベド監督は語る。
そんな姉妹の関係は、物語の舞台がオックスフォードの高校、街、家からアイルランドのノース・ヨーク・ムーアズの海辺近くへと移ることで変わっていく。セプテンバーが何をしでかすか分からない存在であることが明らかになり、姉妹の間で緊張感が強まっていくのだ。
「新しい生活のなかで、セプテンバーとの関係が不可解なかたちで変化していることに、ジュライは気づきはじめる。ただの戯れだったはずの命令ゲームは緊張を増していき、外界と隔絶された家の中には不穏な気配が満ちていくのです」
アリアン・ラベドの作風は、ランティモスが代表する”ギリシャの奇妙な波“に連なっていると、ひとまずはいえるだろう。不条理とユーモアが、私たちと地続きにあるように見える生活を揺るがす。見慣れた風景が奇妙に変容していく、そんな世界。
しかし──いつも怯えているように見えるジュライにも、実は憧れの男子がいる。そのことを知ったクラスメイトが示し合わせた悪戯で、彼女は公然と物笑いの種にされる。「そんなしあわせが自分の身に訪れるなんて、分不相応な期待を持っていたのか!」と言わんばかりに。その場面を見たとき、プロムクイーンに選ばれた瞬間、天井からの贓物を全身に浴びた少女、思考が完全に停止してしまったキャリー・ホワイトの姿が思い出されないだろうか。77年の「キャリー」でシシー・スペイセクが演じた超能力者の怒りは、街を焼き尽くした。そう連想すると、それは妹を徹底的に侮辱された姉セプテンバーが解放してしまった怒りと、同じものに見える……。
アリアン・ラベドはあまりにブライアン・デ・パルマ的な、不朽のカルト映画作家となる可能性を秘めているかもしれない。
撮影:ヨルゴス・ランティモス
アリアン・ラベド(Ariane Labed)監督プロフィール
1984年生まれ。フランス人の両親のもとに生まれ、幼少期をギリシャのアテネで過ごす。ドイツを経て、12歳でフランスに移住。2010年、ヨルゴス・ランティモス監督が製作・出演した「アッテンバーグ」(アティナ・ラヒル・ツァンガリ監督)で映画デビュー。ヴェネチア映画祭とアンジェ・プルミエ・プラン映画祭の最優秀女優賞を受賞。本作でヨルゴス・ランティモスと出会い、13年に結婚。11年から21年までロンドンに在住し、現在はアテネを拠点にしている。14年、「欲望の航路」でロカルノ映画祭最優秀女優賞を受賞、15年にはセザール賞新人女優賞にもノミネートされた。初監督短篇「Olla」(19)はカンヌ監督週間、ロンドン映画祭、テルライド、サンダンスなど、世界中の映画祭で上映され、クレルモン=フェランでは最優秀作品賞を受賞している
「九月と七月の姉妹」
監督・脚本:アリアン・ラベド
原作:デイジー・ジョンソン
撮影:バルタザール・ラブ
編集:ベッティナ・ボーラー
音楽:ジョニー・バーン
出演:ミア・サリア、パスカル・カン、ラキー・タクラー
原題:September Says /2024・アイルランド=イギリス=ドイツ/1時間40分
配給:SUNDAE
© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
■物語
生まれたのはわずか10カ月違い、いつも一心同体のセプテンバー(パスカル・カン)とジュライ(ミア・サリア)。我の強い姉は妹を支配し、内気な妹はそれを受け入れ、互いのほかに誰も必要としないほど強い絆で結ばれている。しかし、二人が通うオックスフォードの学校でのいじめをきっかけに、シングルマザーのシーラ(ラキー・タクラー)と共にアイルランドのノース・ヨーク・ムーアズの海辺近くにある長年放置された一族の家<セトルハウス>へと引っ越すことになる。
◎ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国にて
記事提供元:キネマ旬報WEB
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