【坂口孝則が解説】正社員のズル休みが横行? テスラの「従業員宅ピンポン事件」に思うこと
ドイツの最先端EV工場で起きた、会社vs従業員のあまりにもアナログな騒動(写真はドイツ・ブランデンブルク州グリューンハイデのテスラ工場内の様子)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「従業員宅ピンポン事件」について。
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人類を火星に連れて行こうとしている男が、ベルリンの郊外で従業員の家のピンポンを押すことになろうとは。
非常に考えさせられる事態がいま、ドイツのテスラ工場で起きている。2022年に稼働開始した電気自動車の工場だ。
テスラCEOのイーロン・マスク氏といえば、米DOGE(政府効率化省)からの離脱、不買運動の広がりによる年間販売台数の大幅減少......などが話題だが、より頭の痛い問題が噴出している。
というのも、このドイツ工場で昨年の夏頃、労働者の15%が同時に病欠した。特定の病気が流行? その可能性は否定できないが、会社側はズル休みを疑っている。
もともとドイツでは労働者が手厚く守られている。病欠は有給の消化にはカウントされず、また医者の診断書があれば最長6週間は賃金の100%を受け取る権利がある。
権利は権利でもちろん良いのだが、たとえば事前にある日の休暇を申請して上司が却下したとする。ところがその日、なぜか病欠していることがある。また大型連休の前後に、予定したかのように病欠になるケースもあったという。
会社側は、派遣社員の病欠率2%と比較した結果、従業員のズル休みの可能性ありと判断。そこでとくに疑わしい従業員をリストアップ。ついに工場の責任者らが、自宅をアポ無しで突撃訪問する運びとなった。
ズル休みだった場合、株主から見れば賃金支払いは不当な利益供与となる。会社は従業員に支払い済み給与の返還、または退職を勧めた。
当然、労働組合側は抗議。ドイツの労働文化を破壊するものだとした。派遣社員は休まないったって、そりゃ生活のために無理に働いているだけだ。さらに従業員は重労働で病欠になりがちだ、と。もちろん従業員は雇用者のために自宅のドアを開ける必要も義務もない。なにより信頼をベースに労使関係があるのだ、と。
このテの話題はポジショントークから逃れられない。その前提で申せば、私はさすがに連休前後に病欠が固まるとか、同時病欠が15%という数字はおかしいんじゃないの、と思う。
そしてまた同情するのは、ズル休みをしていない大半の従業員たちだ。偶然、連休前に体調が悪くなっても「上司にズル休みと疑われるかも」と不安になるだろう。もっと体調が悪くなりそう。
もちろん安心して休めない会社というのもどうかとは思うが、最先端の工場で起きた、自宅訪問というアナログな事件には考えさせられる。
ここから私見。
従業員が病欠時にXでサッカー観戦の投稿でもしていたらGrokあたりが発見してくれるだろうが、タイミングや特定日に病欠が集中する事実だけをもってズル休みと断定するのは危険だ。現従業員雇用の維持や求人時の訴求性という意味でも、会社側が損をする。
むしろ社員の働きを定量的な指標で計測して、成果に応じて給与・賞与を変化させるほうがいい。
そして組合のいうとおり、ズル休みの社員がほとんどいないのであれば、積極的な内部通報制度をつくればいい。会社の資産を奪う行為は誰も賛成しないはずだ。病欠申請時にメディカルチェックするシステムがあってもいい。まさにアウフヘーベン!
ところで疑問だが、火星で労働組合はできるんだろうか。
写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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