「大人の悩みを子供に相談すると、ハッとするような答えが得られることがある!」
「『深い答えですね』と言ったら、『なに? もっとこどもみたいにいうと思った?』と返されました。その言葉は衝撃的でした」と語る小林エリカさん
小説、漫画、アート――さまざまなジャンルを横断する作品を発表してきた小林エリカさん。
放射能の歴史をテーマにした漫画『光の子ども』や、小説『マダム・キュリーと朝食を』など多彩な作品を発表。戦争や歴史の中で、ともすれば忘れられそうな小さな声に耳を傾けてきた。
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――原子力や戦争といった重厚なテーマに取り組んできた小林さんですが、『おこさま人生相談室』の主役は2歳から12歳の子供たちです。「死」や「依存症」「お金の心配」など、大人から寄せられた76のガチな悩みに、102人の「おこさまたち」が真正面から答えてくれるのに驚きました。
小林エリカ(以下、小林) 個人的な話から始まるのですが、2016年に子供が産まれました。当時、体調が良くなかったこともあって、子育てが始まったものの私自身が悩みのど真ん中にいたんですね。
子供の頃は「大人になったら、賢くて人を導く存在になれるのだろう」と思っていたのですが、現実にはまったくそうではなかった。
ちょうどその頃、『MilK MAGAZINE japon』(ミルクマガジンジャポン)の編集者がいらして「何か企画を一緒にやりませんか」と声をかけてくれたんです。そのときに自分が仕事も人生もすごく悩んでいるので「どうしたらよいか、おこさまに教えていただきたい」と伝えて、そこから連載が始まりました。
――まずは小林さん自身のお悩みがきっかけだったんですね。
小林 自分自身の子供時代を振り返ると、子供扱いされたり、大人がなんでも知っているように振る舞うのが不服でした。子供時代の自分は、もっと考えていることをわかってほしかった。自分が親という立場になってみて、そうした気持ちを思い出したんですね。
「子供がどういうふうに世界を見ているのかを知りたい」と思いました。
――最初のお悩み「お別れの日が来るのが怖くて犬を飼うかどうか迷っている」(トトロさん・31歳)に答える、7歳のRicoさんが、いきなりすごかったです。
〈「飼ったほうがいいでしょ」「いつか死んじゃうっていっても、いつかだから。死ぬまで飼えばいい」〉
子供たちの言葉は無駄がなく、本質的な強さを感じました。
小林 本当に企画ができるのか不安な中で最初にお会いしたのがRicoさんでした。そこで目を見開かされたんです。
私が「深い答えですね」と言ったら、「なに? もっとこどもみたいにいうと思った?」と返されました。その言葉は衝撃的でした。
大人が「子供らしい面白さ」を求めると、子供自身もそれに応えようとしてしまいます。そうした姿勢についてRicoさんが言ってくださったのは重要で、本全体を貫く大事なものになりました。
――Ricoさんとの出会いが、連載をスタートさせ、本につながったんですね。
小林 毎回、発見しかない人生相談でした。大人もお悩みをたくさんの方が寄せてくださって、読んでいると自分の悩みに重なるものも多かったですし、出会ったおこさまに答えてもらった言葉は自分にとってもかけがえのないものになっています。
その言葉とおこさまが描いた絵のおかげで、今の私が生き延びられていると言っても過言ではない。それくらいすべてが大切な存在です。
――登場する子供たちは2歳だったり、性格もいろいろで、すぐに言葉になるわけではない。そんなときに小林さんが時間をかけて待ったり、話しかけたり、問い直す言葉が絶妙でした。
小林 今はみんなが忙しいから、大人だとなおさら「早く答えが欲しい」と思ってしまいますよね。でも、時には時間をかけないと見えないものもある。今回の連載は沈黙も大切にできるのがありがたかったです。
自分自身、人見知りでしゃべるのが苦手な子供だったんです。思うことはいっぱいあるのにうまく言葉にできなかったことを考えると、黙ってしまうおこさまの沈黙も尊いし切実なものだと感じました。
流暢に話す方もいて、お会いした後に絵本にして送ってくれた方もいて。可能ならばお会いしたおこさまひとりひとりが、10年後、20年後にこの本で振り返って考えることも含めて、大切にできたらと思いました。
――本には登場した子供たちを小林さんが描いた絵、子供自身が描いた絵、その子供が生まれた場所や好きなものなどのメモ、そして身近な大人たちからのメッセージが載っています。子供たちが企画の回答者として消費されるのではなく、生きた存在として伝わってきました。
小林 メッセージは親に限らず、おこさまの指名で、保育園時代の友人や養護施設の職員さんなど、子供からも大人からももらいました。皆さん、とてもよく、おこさまのことを見ている。
もちろん親にとって子供は尊い存在ですが、血縁がなくても大事に思う大人がたくさんいて、そうしたほかの人から大切に思われて、おこさまは世界に存在している。その蓄積に胸が熱くなります。
この本は悩み相談であると同時に「登場したおこさまひとりひとりの人生の一瞬をまとめた本」でもあるんです。
――子供をテーマにした企画は、ともすると消費的になってしまう。『おこさま人生相談室』にはそうした雰囲気がない理由がわかりました。
小林 子供がひとくくりにされて、消費されてしまうのは悲しいです。当たり前に個性があるし、大人の真摯な悩みについて、みんな一生懸命、答えてくださった。7年間の連載で、毎月、いろいろな悩みをひとつずつクリアできました。
私、心配性が止まらないので、「そうだ、深呼吸をすればいいというお答えがあった」とか思い出して、今でも日々、助かっています。
社会的に小さな声と言われているものにきちんと耳を傾けたら、社会は相当、変わると思うんですよ。
私自身、大人になったけれど、無力感を抱くことも多いし、自分ひとりでは世界は変えられないと思ってしまうこともあるけど、そうじゃない。少なくとも本に登場するおこさまたちは私の人生を変えてくれました。
おこさまもひとりひとりが無力じゃないし、大きな力を持っていることを、本を通じて確認してもらえたらうれしいです。
■小林エリカ
1978年生まれ。作家、アーティスト。小説『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋)で毎日出版文化賞受賞。著書はほかに『最後の挨拶 His Last Bow』(講談社)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』(筑摩書房)など、訳書にサンギータ・ヨギ『わたしは なれる』(green seed books)がある。現在、『MilK MAGAZINE japon』で「おこさま人生相談室」第2弾を連載中
■『おこさま人生相談室 おとなのお悩み、おこさまたちに聞いてみました』柏書房 2200円(税込)
世に「人生相談本」は数あれど、大人の本気の悩みに総勢102人のおこさまたちが本気で向き合い、回答した斬新な一冊。「タバコがやめられない」「年を取ってから子供ができた。教育資金や老後のお金が心配」「恋愛感情がなくても結婚していい?」といった大人でも答えるのに窮する質問におこさまたちはどう答えるのか? 著者によるおこさまたちの似顔絵や、おこさまによる回答イラストも掲載。心温まること間違いなし
『おこさま人生相談室 おとなのお悩み、おこさまたちに聞いてみました』柏書房 2200円(税込)
取材・文/矢内裕子
記事提供元:週プレNEWS
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