【モーリーの警鐘】カニエ・ウェストの『ハイル・ヒトラー』はただの「炎上商法」ではない
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、SNS発のギターヒーローをめぐる騒動から、現代社会に蔓延する「病」の正体を考察する。
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アメリカの超有名ミュージシャンであり、"お騒がせセレブ"としてもおなじみのカニエ・ウェストの新曲が物議を醸しています。タイトルはなんと『ハイル・ヒトラー』(ヒトラー万歳)。
イスラエル系メディアやユダヤ人コミュニティのメディアを中心に、その危険性に警鐘が鳴らされています。ナチズムの危険をろくに知らないティーンエージャーたちによって、ナチス賛美が含まれた楽曲がTikTokなどで拡散され、無邪気に口ずさまれている。そこに悪意はないが、そのことこそが厄介な問題である――と。
この"悪意なき拡散"には、現代アメリカの構造的な問題が凝縮されています。表現の自由の名の下に、差別や歴史修正が娯楽コンテンツとして消費される土壌。拡大解釈された「自己責任」を肯定する社会心理。
それらが結びつき、加害性の所在はあいまいになり、さらに倫理よりも話題性や再生数が優先される情報環境が状況を悪化させています。
もっとも、炎上商法的なアプローチ自体は目新しいものではありません。パンクロックは言うに及ばず、カルト指導者チャールズ・マンソンをモチーフにしたアート作品群、死んだ動物のホルマリン漬けなど「おぞましさ」を美学として前面に打ち出す表現で注目を集めたダミアン・ハースト......。
しかし、それらはあくまでアンダーグラウンドやカウンターカルチャーを自認した人物による「辺境表現」であり、メインストリームとは一線を画していました。そして、どれほど反倫理的であっても"アイロニー"や"フィクション"という逃げ道が表現の内側に残されていました。
一方、カニエが今やっていることは根本的に異なります。彼はナチス的な美学や象徴性をポップに再構成し、それを音楽とファッション、マーケティングに大胆に落とし込んでいます。ナチスがシンボルに使用したスワスチカを模したジュエリー、ナチスのプロパガンダを思わせるアートワーク......。
そして一部のプラットフォームから締め出されても、別のプラットフォームで楽曲は拡散され続ける。かつての"炎上芸術"とは違い、社会の中心で堂々と展開され、売れているのです。
20世紀最悪の虐殺を巻き起こしたナチズムさえも、極めて明確に「売れる要素」と認識して制作された表現やマーケティングが、市場原理の勝者になった――これは倫理的な面から言えば、差別やヘイトを許さないという"制御"が失われつつあることを意味します。
異端の手法であり、あくまで周縁の戦略だったはずの「炎上」が、今や巨大なビジネスモデルとして成立してしまった。では、この仕組みを支えているのは誰でしょうか。
怒りさえも商品に変える時代を生きるわれわれは、本当に「外側」に立てているのか。日々気軽に接しているコンテンツや言葉、あるいは何の気なしに押す「いいね」や「再生」のひとつひとつが、知らず知らずのうちにその仕組みを支えてはいないか。極端な表現を糾弾する一方で、実はその根っこを支えてしまっているのではないか。
そんな視点を持つことはとても大切だと思います。そうしたことに見向きもせず、ただ"快楽"にどっぷり漬かるままの人々によって構成された社会なら、ヘイトを商売にするアーティストはますます増長していくでしょう。
記事提供元:週プレNEWS
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