れいわ新選組政策委員・伊勢﨑賢治が語る、トランプ時代を生き抜く日本に求められる覚悟と"安全保障の再定義"
強引な関税政策や朝令暮改の外交姿勢で世界を混乱させているトランプ。そんな不安定な相手に依存している日本はどう向き合えばいいのか? 東京外国語大学名誉教授の伊勢﨑賢治氏にそのヒントを聞いたところ、「トランプ政権の誕生は、日米の不均衡な関係性を再考するチャンス。トランプは変わらないが、われわれは変われる」と。その真意とは?
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■不均衡な日米安保を交渉のテーブルにトランプ政権が突きつけた一方的な相互関税に揺れる世界経済。
日本の石破茂政権も「米国に対して関税の見直しを求める」と日米二国間交渉に臨んでいるが、依然として両者の隔たりは大きく、協議の難航が伝えられている。
そうした中、「トランプ政権の誕生は、日米の不均衡な関係性、つまり日本の安全保障のあり方を根本から考え直す貴重なチャンスだ」と訴えるのが、れいわ新選組の政策委員(外交・安全保障担当)を務める東京外国語大学名誉教授の伊勢﨑賢治氏だ。
斬新な提案か? それとも非現実的な空論か? 伊勢﨑氏を直撃した。
――第2次トランプ政権が発足してから100日余りが過ぎました。今のトランプ政権をどう見ていますか?
伊勢﨑 基本的に第1次政権のときとほとんど変わらないと思います。トランプは1月の就任以来、すでに100を超える大統領令を出していますが、これは第1次政権の首席戦略官だったスティーブン・バノンが編み出した「情報洪水戦略」と呼ばれる手法で、議会の承認が不要な大統領命令を連日大量に打ち出すことで"情報の洪水"を引き起こし、野党やメディアの反対を圧倒するのが目的です。
また、今回の相互関税でも、株価が下落した途端に「90日間の発動延期」を発表したように、「朝令暮改で政策に一貫性がない」という点でもトランプ政権は一貫しています(苦笑)。
第1次政権の首席戦略官スティーブン・バノンは、大量の大統領令で情報の洪水を引き起こし、野党やメディアの批判をのみ込む戦術を編み出した
――その相互関税に関する日米二国間交渉に日本はどう臨むべきでしょう?
伊勢﨑 政策に公正さも一貫性もないトランプ政権が相手の交渉では、短期的な目先の利益を追求しても、約束が守られる保証はありません。
ならば、この機会に、より長期的なビジョンで"日本の耐久性"をいかに再構築するかを考え、90日間の猶予を有効に使う必要がある。
ここで非常に重要になるのが、保守派の人たちの大好きな言葉でもある「日本の安全保障」です。
――日米の関税交渉にあえて「安全保障問題」を絡めるべきだと?
伊勢﨑 はい。ただし、僕が言う「安全保障」は、日米安保のような"軍事面の安全保障"だけでなく、もっと幅広く"長期的な経済安全保障や食料安全保障も含む安全保障"のことです。
4年後にどうなるかわからない、それどころか明日また気が変わるかもしれないトランプ政権に振り回されるのではなく、今回の関税交渉を日米関係や日本の安全保障を見直す好機ととらえ、毅然(きぜん)とした態度で臨むべきだというのが僕の主張です。
――しかし、日米安保に守られている日本がその問題を持ち出すと、かえって交渉が不利になるのでは?
伊勢﨑 むしろ、こちらからあえて日米安保の問題を俎上(そじょう)に載せることが、今回の交渉を優位に進める鍵になると考えています。
その理由は、他国とアメリカの同盟関係と比べても、日米地位協定が異常なほどアメリカ寄りに傾いているからです。
例えば、日本の航空管制権の一部を米軍が握っている「横田空域」の存在や、在日米軍が日本の法律に縛られず自由に行動できる実態。
そして、在日米軍関係経費として日本側の国費負担が2024年度で約8601億円に上る点など、どれを取ってもこれほどアメリカに有利なものはありません。
トランプ政権が関税を一方的に押しつけてくるのなら、こちらも日米安保と地位協定の異常さを指摘し、見直しを堂々と要求すべきです。
東京西部から山梨・長野・静岡など1都9県に及ぶ「横田空域」は、米軍横田基地(写真)が航空管制を担う。日本の航空機でも米軍の許可が必要な現実は日米の不均衡な関係を象徴している(写真:在日米空軍横田基地公式X)
――しかし、トランプは逆に「アメリカが一方的に日本の防衛義務を負う日米安保の"片務性"のほうが不公平だ」「日本はもっと在日米軍に金を払うべきだし、自国の軍事費も増やし、米国製の兵器を買え」「同盟国なら国外でもアメリカと一緒に戦え」などと言ってきそうです。
伊勢﨑 日米安保の片務性と日米地位協定の異常さは別の話として切り離すべきです。この点でも、政治家を含む多くの日本人が国際的な常識からかけ離れた思い込みに毒されています。
例えば、イラクや以前のアフガニスタンにアメリカ軍が駐留した際も、これらの国々とアメリカが結んだ地位協定では各国の主権が尊重され、日米地位協定のように駐留米軍の行動に完全な自由を許してなどいません。
そして、イラクやアフガニスタンが「アメリカと相互に防衛の義務を負う対等な同盟関係」にあったかといえば、当然そんなことはありえない。
そもそも、イギリスだろうとフランスやドイツだろうと、世界最大の軍事力を有するアメリカと戦力的に対等な同盟関係なんて結べるはずがありません。
それでも駐留する国の主権は尊重するというのが地位協定に関する国際的な常識で、今の日米地位協定は、その常識からかけ離れています。
こうした日米地位協定の異常さを日米関税交渉の場でも正面から指摘し、アメリカに対して毅然とした態度で交渉に臨むことは、日本が有利な立場で交渉を進めることにつながると思います。

■トランプの発言はアメリカの本音
――とはいえ、そもそも国際的な常識を尊重する気がないように見えるトランプ政権に、こうした主張は通用するのでしょうか? しかも、日本人の多くは日米安保があるからこそ平和だと考えています。トランプに「イヤなら安保を破棄して在日米軍を撤退させる!」と言われたら何も言えないのでは?
伊勢﨑 そこで「出ていきたければ、どうぞご自由に」と言えるぐらいの覚悟がこちら側になければ、日本は永遠に交渉で不利な立場に立たされ続けますし、今回の関税交渉でも一方的な譲歩を迫られることになる。
僕がこう言うと、多くの人が「では、日本の安全保障をどうするんだ」と批判するでしょう。
でも、僕は逆に「あなた方はなぜトランプ政権のアメリカを見ながら、日本の安全保障に不安を抱かないのか?」と尋ねたいぐらいです。
何事もアメリカファーストなトランプですよ。日米安保があるからといって、有事の際に日本を守ってくれるという保証はありません。それどころか、米中の緊張が高まっている中で、台湾を巡って米中の軍事的な衝突が起きた場合、そこに日本が巻き込まれる可能性も高まっている。
実際にアメリカのヘグセス国防長官は「台湾海峡を含む西太平洋で有事があれば、日本は最前線に立つ」と明言しています。
そもそも、日米地位協定で日本の主権すら尊重しないアメリカに、自国の安全保障を委ねていること自体が問題なんです。それなのに戦後80年間、この問題が放置されてきたわけです。
日本ではあまり報じられませんでしたが、第1次トランプ政権時代、沖縄の普天間基地返還に関して問われたトランプは「日本が『アメリカの土地を奪う』ならそれなりの金を払え」と発言しました。
普天間基地(写真)の返還交渉で、トランプは「日本がアメリカの土地を奪うなら、それなりの金を払え」と発言。日本の基地をアメリカの領土と見なす姿勢も日米地位協定のいびつさを物語る
――つまり、アメリカは米軍基地のある日本の土地を日本のモノではなく、自分たちのモノだと思っている?
伊勢﨑 そう。しかもこれはトランプだけに限った話ではない。実はそれがアメリカの本音であって、多くの人たちがトランプに比べれば、はるかに"まともでいい人"だと思っているオバマもバイデンも同様です。アメリカは戦後一貫して日本の主権を侵害し、極めて一方的で異常な日米地位協定を放置し続けてきた。
ただし、トランプのように本音をあけすけに語る大統領はいなかった。だからこそ、日本人がそんなアメリカの本性に気づく貴重なチャンスでもある。
この機会に「どんな扱いを受けても、日本はアメリカなしに生きられない」という深刻な自己暗示から抜け出さない限り、この先もトランプ流のディールに巻き込まれて、その結果、日本という国の耐久性が着実に弱まってゆく。
そして、僕はそれこそが日本にとって深刻な安全保障上の脅威だと言いたいのです。
■トランプのアメリカに依存することこそが安全保障上のリスク――しかし、現実の日米交渉では石破政権が「自動車産業の保護」などを優先し、米国産農産物の輸入拡大などで妥協を強いられる可能性が高いのでは?
伊勢﨑 ここでも強調したいのは、目先の利益ではなく、より長期的な視点で考える日本の国益です。
例えば、日本の食料自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースでも61%と極めて低い(23年度の統計)。こんな現状は、食料安全保障の面から見て極めて脆弱(ぜいじゃく)です。
――確かに、今や主食のコメですら、自国の生産だけでは十分に賄えないという状況です。
伊勢﨑 国民の胃袋を自国で賄えない食料自給率の低さは、日米交渉における日本の大きな弱みのひとつ。逆に食料自給率の高いインドは対米交渉でも比較的、強気の態度で臨んでいて、日本とは実に対照的です。
1960年の安保条約調印が現在の不均衡な日米関係の出発点とされる。調印に際して行なわれた会談の写真。右から2人目は岸信介首相、3人目はアイゼンハワー米大統領(共に当時)
――とはいえ、自動車関連産業は日本の対米輸出の約4分の1を占めています。部品メーカーも含めると産業全体の裾野が広い。トランプの矛先が自動車関連産業に向けば、景気や雇用への広い影響も無視できません。
伊勢﨑 確かに、自動車産業の規模は大きく、短期的な影響も深刻でしょう。
しかし、それを守るために農業を犠牲にすれば、結果的に日本人の胃袋が外国に握られることになる。
ロシア・ウクライナ戦争の影響で、食料輸入に依存する国々が深刻な状況に陥った例を見ても、食料自給率の高さは国家安全保障にとって極めて重要です。
しかも、犠牲にした農業や水産業の立て直しには数年から数十年単位の時間が必要になります。
そもそも、ほかならぬトランプが「安全保障上の理由」を口実にさまざまな自国産業の保護を打ち出しているのですから、日本も自動車産業の利益を守る見返りとしてアメリカに日本の農業を差し出すのではなく、自国の「食料安全保障」を考えて、アメリカとの交渉に臨むべきだと思います。
これは経済安全保障にも通じます。今回のトランプ関税はまさにその象徴ですが、民主主義の選挙を通じて、あれほどデタラメな政権が誕生したという現実を、日本は直視しなければなりません。
この現実を踏まえれば、防衛・食料・経済のいずれもアメリカに過度に依存している現状が、日本の不安要素であることは明らかです。
――つまり、アメリカ依存そのものが、日本の安全保障上のリスクであると?
伊勢﨑 そのとおりです。本気で安全保障を考えるなら、この機会にアメリカ依存から脱却し、リスクを分散すべきです。
トランプを変えることは難しいかもしれませんが、私たちは変われる。本当に変わらなければならないのはトランプではなく、日本人の意識のほうだと思います。
ドナルド・トランプという"すごく耳障りで不愉快な目覚まし時計"の存在は、私たちが「日本はアメリカに依存しないと生きられない」という自己暗示から目覚める格好のチャンスだと思うのです。
●伊勢﨑賢治 Kenji ISEZAKI
1957年生まれ。東京外国語大学名誉教授。大学教授の傍ら国連や政府から請われ、シエラレオネやアフガニスタンの武装解除を指揮した紛争解決請負人。著書に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(文庫増補版、集英社文庫)など。ジャズトランペット奏者
取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社 在日米空軍横田基地公式X
記事提供元:週プレNEWS
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