崖っぷちの日産と協業の噂も......。台湾・鴻海(ホンハイ)EVの実力と戦略
経営難にあえぐ日産をロックオンしてきた鴻海(ホンハイ)が、日産傘下の三菱と急接近! なんとEV(電気自動車)協業が発表されたのだ!? さらに決算会見で大リストラを発表した日産に、「再建のパートナーは鴻海」との声も......。世界が注目するニッポン自動車大再編の舞台裏に迫ってみた。
■"におわせ"があった三菱と鴻海の協業5月7日、三菱は台湾の大手電子機器メーカーでEV事業を手がける鴻海精密工業からEVのOEM(相手先ブランドによる生産)供給を受けると発表した。
ちなみにこのEVは、環境規制を強化するオセアニア地域での販売を予定しており、詳細についてはこれから協議を詰めていくという。
「今回の件は電撃発表の類いではありませんね」
こう話すのは自動車専門誌の元幹部だ。どういうことか。
「実は、4月9日、鴻海は東京都内でEV事業の説明会を開き"におわせ"をしているんです。古株の専門家からは"地ならし"という声も飛び交っていました」
報道陣が殺到したという、この戦略説明会に登壇したのは、鴻海のEV事業トップを務める元日産幹部の関潤(せき・じゅん)CSO(最高戦略責任者)。
「鴻海のEVが複数紹介されましたが、特に注目の的だったのが、日本メーカーからの発注により2026年からオセアニア地域で発売される全長4.3mの小型SUVのモデルB。このEVが三菱のOEM車なのは言うまでもありません。実際、関氏は日本の自動車メーカーとの協業に意欲を示していました」
鴻海からのEV調達が大きな話題を呼んだ三菱。この協業の中に日産も加わるのか注目が集まっている
そもそもの話になるが、鴻海EVの実力はどれほどのものなのか。自動車ジャーナリストの桃田健史氏が解説する。
「いくらEVが内燃機関車より部品点数が少ないといっても、鴻海の自動車メーカーとしての実力は正直言って未知数です」
確かに鴻海はEV事業に参入して、まだ5年だ。
「ただし、iPhoneの受託生産を一手に引き受けるなどEMS(電子機器受託製造)で世界シェア46.1%(23年実績)を誇る鴻海なら、EVに対する学びも速いはず」
ちなみに鴻海は16年に日本の家電大手シャープを買収したことでも知られている。そんな鴻海には大きな強みがあるという。
「元日産関係者など、EV開発経験者が数多く鴻海に移籍しているもようです」
一方、自動車評論家の国沢光宏氏はこう言う。
「先日、台湾に足を運んで取材してきましたが、鴻海のEVは悪くはないんです。悪くはないけど、商品力はない。そういうEVです」
躍進を続ける中国BYDのEVと比べるとどうか。
「鴻海のEVは他社と比べるとか、そういう次元のものではまだありません」
桃田氏もうなずく。
「まずBYDに比べてEV事業のスタートポイントがかなり遅い。BYDのように市場の反応や評価をしっかり受けるまでは、鴻海のEVは安定しないはず」
■工場閉鎖に2万人削減。業績悪化が続く日産ここで疑問が浮かぶ。日産はEVのパイオニアで、三菱はその傘下だ。なぜ日産ではなく、鴻海から三菱はEVの供給を受けるのか。桃田氏はこう解説する。
「自動車産業の大変革期において、三菱が生き残るためには"機動性"と"コスパ"が大事になる。実際、三菱はEVを導入する国や地域の市場動向と、投資コストとの兼ね合いから、自社開発のEV2モデルの計画を棚上げしています。
北米に日産リーフの兄弟車を、オセアニア地域には鴻海のモデルBベースのEVを導入するのは妥当だと思います」
日産と三菱のEV協業ではダメなのか。自動車誌の元幹部は苦笑いしながら言う。
「確かに三菱は日産と共同開発した軽EVの生産・販売を行なっています。ただし、EVを新規開発するとなると、巨額の投資が必要になります。
ところが現在、日産は業績回復が急務です。それに加えて現在はEV市場が踊り場を迎えているので、経営判断も難しい。それもあって、鴻海のような他社からの供給を受ける戦略に切り替えたのでは」
5月13日に日産が発表した25年3月期の決算は、最終利益が6709億円の大赤字に転落。ちなみに本業の儲けを示す営業利益は87.7%減の698億円であった。
現在、日産には世界で年間500万台規模の生産能力がある。しかし、米国や中国などでの販売不振が響き、昨年度の生産台数は310万台。そのため生産設備が過剰となり業績の悪化が続いている。
日産のイバン・エスピノーサ社長は決算会見で2万人規模の人員削減と、国内外に17ある完成車の工場を10に減らす大リストラ案を口にしたが、国沢氏はこう一刀両断する。
「決算会見の感想は『甘い』!そのひと言に尽きます。経営再建を本気で考えるなら、社外取締役を全員クビにするぐらいの覚悟がないとお話にならない。この程度のリストラ案では業績の立て直しなど無理です。もちろん、単独での再建など不可能です」
■鳴海が日産を狙う理由とは?鴻海の狙いはどこにあるのか。国沢氏は言う。
「現地で取材すると、やはり台湾は市場が小さいですから、鴻海は世界中のありとあらゆるところと協業を模索しています。鴻海がEV事業に本格参入してから5年。鴻海の戦略としては、EVの販路拡大が最重要課題ということでしょう」
鴻海が日本の自動車メーカーとの協業に意欲を示しているという声もあるが、桃田氏は首を横に振る。
「鴻海が明確に、日産やホンダとの協業を望んでいるのではありません。鴻海としては、条件が合えば自動車産業に直接関わる企業のみならず、供給希望先とは協議するとの姿勢です。現状でホンダとの協業の可能性は低い。すでにホンダには十分なEVのリソースがあります」
では、日産はどうか。
「北九州市でのリン酸鉄リチウムイオン工場建設凍結の発表をするなど、聖域なしのリストラを決行しました。その中で鴻海という選択肢もありえる状況です」
これまで鴻海は日産を執拗に追ってきた。今年2月には鴻海の劉揚偉(リュウ・ヤンウェイ)会長が日産の筆頭株主であるフランスの大手自動車メーカー・ルノーとの協議を認め、「(日産の)買収ではなく提携が目的だ」と語っている。自動車誌の元幹部はこう語る。
「真相はわかりませんが、そもそも鴻海の日産買収の動きを察知した国がホンダと日産の"お見合い"を急遽セッティングしたなんて話が専門家筋の間で飛び交っていました」
3代目はSUVタイプになるという新型日産リーフ。傘下の三菱にOEM供給が決定している
日本の自動車メーカーの海外流出を国が嫌がったという話もあった。
「鴻海は日産の一本釣りから戦略を変更してホンダ、日産、三菱との日台協業プランに変えたなんて話も耳にしました。ただし、鴻海が一貫して狙っているのは日産だと思います」
国沢氏も大きくうなずく。
「鴻海は日産傘下の三菱との協業にありつき、着々と外堀を埋めている。もちろん、鴻海が狙う本丸は日産。今回の決算を見れば、日産単独での再建は困難ですから」
生産設備が過剰となり業績の悪化が続いている日産。鴻海からすると、"空き家"と化した日産の工場、そして販路は喉から手が出るほどのお宝なのは言うまでもない。
「実は日本市場は安全基準が非常に厳しいマーケットとして世界に知られています。アメリカのトランプ大統領も文句を言ってましたよね(笑)。そんな日本市場でクルマが通用するなら、商品力や安全性の高さを世界に訴求できるわけです」(自動車誌の元幹部)
日産は決算会見で国内工場の閉鎖も示唆した。一方、鴻海の関潤CSOは日本国内でEVを造りたいと語っている。国沢氏が総括する。
「三菱の大株主は日産です。当たり前の話ですが、三菱と鴻海の協業を日産が知らないわけがありません。今回の日産の決算が号砲となり、自動車大再編の第2幕が始まった。私はそう思っています」
昨年12月23日にホンダと日産は経営統合に向けた本格的な協議を始めると発表した。この世紀の自動車大再編に世界中が注目したものの、わずか1ヵ月半で"破談"に......。
日本の自動車産業は約550万人が従事し、資源のない国の基幹産業だ。当然、自動車メーカーの凋落は日本経済に大きな打撃を与える。新生・日産はどう動くか注目したい。
取材・文/週プレ自動車班 撮影/宮下豊史
記事提供元:週プレNEWS
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