【#佐藤優のシン世界地図探索106】トランプ皇帝が君臨する「新帝国主義」下における石破首相の危機管理能力
3月13日 午後11時30分、石破首相は10万円商品券配布に関して記者会見した。これが機先を制した
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――トランプとプーチンが地球の運命を決める"総長賭博"で勝負している中、トランプは新帝国主義を開始。日米同盟下ではその「トランプ皇帝」の配下にならないといけない石破首相。
その石破首相が開催した懇談会で、昨秋の衆院選で初当選した自民党議員たちに対して10万円の商品券を渡したことが発覚し、大ピンチに。その支持率は"深海の首相"と呼んでいた岸田前首相よりも、さらに深い所まで潜りました。これは圧壊ですかね?
佐藤 石破さんの場合、何がポイントになるかというと、支持率は低いにもかかわらず「石破さん辞めろ!」と言っている人がほとんどいないということです。朝日新聞の3月16日の調査で支持率は26%でしたが、「辞めるべき」は32%、「辞める必要はない」が60%でした。
大元は「商品券を配った」行為で、その意味においては「石破さんですら自民党の悪習から抜けられなかった」という話です。でも、考えてもみてください。結婚式の時の御祝儀はいくら持っていきますか?
――新郎新婦が友人なら5万円とかですか。
佐藤 夫婦で出席するなら?
――ふたりですから10万円。
佐藤 そうでしょ。それから、たとえば甥っ子が頑張って東大に合格したら10万円くらい渡しても不思議ではないですよね。そう考えると、国会議員になることは東大合格や結婚式と同じくらいの比重でしかないんですかね?
――いや、日本国の未来を背負う仕事をされる国会議員の方々ですよ。10万円では安すぎると思います。
佐藤 それで「ご家族と食事でもしてください」「背広を買う時の足しに」とか言っています。この辺は永田町の常識です。しかし、永田町の背広って標準でいくらぐらいだと思いますか?
――超高くて30万円ぐらいですか?
佐藤 そう、それくらいはします。我々が買うように1着3万円、2着買うと2着目が半額で合計4万5000円、なんて世界ではありません。30万円の背広の足しで10万円です。
――まさに「足し」です。
佐藤 それから、永田町近辺にあるホテルのカキ氷の値段は知っていますか?
――3500円でしたっけ?
佐藤 5000円です。3500円はかき氷の中でも安めの宇治金時の値段です。それから、牛丼なら59700円です。
――数人で何度か行けば、10万円はすぐに飛んでしまいます。
佐藤 だから、確かに社会通念からかけ離れていますが、10万円という金額は永田町の常識や物価では当たり前の金額なんです。
それを元に、国民の感覚にもう一度、引き戻してみてください。甥っ子が難関大学に入ったり、結婚したときに御祝儀で10万円はそんなに異常ですか?
――普通だと思いますけど。
佐藤 国会議員として初当選するのは一生に一回です。そこで10万円のお祝いって、そんなに社会通念から離れていますか?
――離れていませんし、100万円渡しても足らないかと思いますが......。
佐藤 でも、それを「庶民感覚じゃない」と言うのが立憲民主党です。嘘っぽいですよね。国会質問でも「庶民感覚では考えられない」と発言していますからね。「そもそも、あなたは本当に庶民感覚でやっているんですか?」と聞きたいですよね。
――確かに。とにかく、なんでもかんでも庶民感覚に落とし込んで石破さんを批判する。
佐藤 そうなんです。そして今回の件でのポイントは、政治資金規正法が認識の問題という点です。石破さんの危機管理は、絵に描いたようにものすごく良くできていましたね。今までにないほどです。
――どの辺りがすごいんですか?
佐藤 まず、この10万円問題は3月13日に突然、噴き出しました。そして、その当日の夜11時35分には記者会見を行ないました。
――夜中です。
佐藤 そして、秘書が配ったにも関わらず、「全て私の指示です」と認めました。これまでの政治家で、それも総理で、お金の疑惑が出たときに「自分の指示です」と自らの責任を積極的に認めた人はいますか?
――自分の記憶ではいません。
佐藤 そうですよね。普通は「やったのは秘書で、私は知らなかった」とシラを切ります。しかし、それを全て石破さんは認めました。だから、国民には卑劣漢というイメージを与えることはありませんでした。
――確かに。実際、秘書がその商品券を持っていて配っているのは、皆、わかっている。
佐藤 そう。しかし、秘書には責任を被せず、「全部、自分の指示です」と認めました。
――それは、石破さんが偉いと思います。
佐藤 さらに「その10万円は自分のポケットマネーです」としたうえで、「その主旨は、政治活動を応援してくれ、ということではなく、国会議員になったお祝いです。家族の人と美味しいモノを食べてください、背広の足しにしてください」と言っています。
そうすると、これは人の心の問題だということになります。そして、先ほど言ったように政治資金規正法は、あくまでも認識の問題です。そこで「認識が違う」と言ったところで、それこそトランプの世界ですよ。「俺がどう考えるかについて、お前がとやかく言うんじゃない」ということです。
――前々回に説明されたトランプとゼレンスキーの"感謝問題"ですね。感謝が足りているか、足りていないかを判断するのは、トランプだと。
佐藤 それを今回、石破さんの心の問題にしてしまったわけです。だから、気持ち次第で問題は解決しました。
さらに、もうひとつポイントがあります。それは13日木曜日の夜11時35分という記者会見の日時です。
この記者会見の翌日は金曜日で国会審議はありますが、土日にはありません。もし、ここで何かをやろうとするならば、日本共産党が引き金になっていたと思います。おそらく、共産党はその10万円は機密費から出ているという話にして、政治資金が機密費から出ていると大事(おおごと)にしようしたはずです。
ところが、石破さんは先手を打って轍(わだち)を作りました。ポケットマネーでお祝い費として全て私がやりました、とね。「私の指示でやりました」となると、秘書の喚問などがないんですよ。
――つまり、当日深夜の記者会見で兜を被って、防弾チョッキを着た、というわけですね。
佐藤 「どっからでも斬って来い、撃って来い」と言って、完全防備の状態だったんです。それで金曜日の国会審議を切り抜けました。
そして、週明けの支持率低下を仮定しているのですが、そのポイントは「辞めろ」という声がどこまであがってくるか、でした。
――それは高いパーセンテージにならなかった。
佐藤 はい。完全に切り抜けました。石破さんは極めてインテリジェンスモードが高いです。普通は無為無策で翌日まで放っておきます。
では、なぜ夜の11時半に記者会見をしたと思いますか?
――それは......。
佐藤 新聞の締め切り時間です。翌日の朝刊に一面トップで大きく出るようにするためです。
朝刊に間に合うように記者会見を開いて自身で発言してしまえば、「疑惑発覚」と同時に「総理はこう言っている」という内容を書かざるを得ません。メディア側の憶測で書けなくなるわけです。
だから、新聞一面の締め切り時間を考えて、そしてどういう記事が書かれるかがわかって、あの時間に記者会見をしたわけです。さすがですね。だてに38年も政治家をやっていませんね。皆、完全に石破さんの術中にはまってますよ。
――石破さん自身もすごいですけど、すごい軍師が付いているのでは?
佐藤 それは、そうなんじゃないですか。
――誰かわからないけど。
佐藤 はい。だから、見えないほど軍師も良くて、それに石破さん自身もマイナスのミニマム化オペレーションに関してしっかりしています。
もし、石破さんがゼネコンか銀行にいたら、不良債権処理に関しては天才的な手腕を発揮していたと思いますよ。今回の件は筋悪の不良債権です。だから、プラスは絶対に生まれません。その中で、石破さんはマイナスのミニマム化に成功させたんですから。
――「被害の極小化」ですか?
佐藤 はい、被害を最小に抑えました。それで、命を獲られないようにしたわけです。そう考えると、石破さんのあの夜の記者会見と翌日の国会答弁は、実は危機管理の見本として歴史に残る対応なのです。それくらい上手くやりました。
ところが、ド素人の方々はわかっていません。まず、新聞は全然わかっておらず、完全に手玉に取られています。締め切り時間がありますから。そして、本来インターネット時代ならば効かないのですが、結局、世論は新聞で形成されてしまっています。
――すると、れいわ新撰組はそういったことがわかっていなくて、「10万円の商品券を国民に配れ―!」と、訴えていたのですか。
佐藤 そう、完全にずれています。腕が違いますよね。
――なるほど。
佐藤 メディアがいかにずれているか?ということなんです。一昔前のメディアはここまでずれてはいませんでした。
――なぜですか?
佐藤 ひとりが何か言うと、皆、それにくっついていきますからね。例えば、米露のウクライナ和平交渉でも、メディアは「プーチンが提案拒否するから、トランプはどういう制裁を掛けるか?」と書いています。
しかし、拒否なんかしていないし、折り合いを付けるに決まっているわけです。そういうゲームですからね。それがいまのメディアには読めません。頭が悪すぎるんですよ。
次回へ続く。次回の配信は5月2日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生
記事提供元:週プレNEWS
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