「なぜネットはつまらなくなってしまったのか?」 『左ききのエレン』原作者・かっぴーが新作の制作で見つめ直したSNS社会
『大人大戦』の原作を手掛けるかっぴー氏
『左ききのエレン』などの人気作で知られるマンガ家のかっぴー氏が原作を手掛けた新連載『大人大戦』(作画・都築真佐秋)が、4月5日から「少年ジャンプ+」で配信スタートした。
「立派な大人になること」を目標とする高校生・浦島優太郎は、交通事故に遭い、昏睡状態に陥ってしまう。それから15年。長い眠りから目覚めた彼が直面したのは、すべての人の行動が共有され、だからこそ誰もが好評価を得るために行動する驚愕の監視社会だった。
この社会では「大人」は年齢ではなく資格制となり、他人の評価を積み重ねた者が認定される。しかし、〝正しさ〟の基準が自分の倫理観ではなく、他者評価で決まる現実に違和感を覚えた浦島は、やがて「真に立派な大人」の姿を模索するために行動を起こしていく――という物語だ。
現代のSNS社会を批評するような内容でありながら、あくまで主人公が正義を貫くべく活躍する王道マンガの側面を持つ同作は、いかにして生まれたのか。かっぴー氏に直撃したインタビューの前編をお届けする。
かっぴー氏が原作を手掛けるマンガ『大人大戦』
――代表作の『左ききのエレン』は等身大の成長ストーリーで幅広い読者から共感を呼びましたが、今作はSFのような設定で、かなり毛色が違いますね。
かっぴー サイエンス・フィクションではなく、あくまで広い意味でSFっぽい設定というだけですけどね。私たちの現実とは少し違い、誇張した現代マンガであるかもしれません。
――第1話の冒頭で主人公が交通事故に遭ったときは、「まさかの異世界転生モノ!?」とも思いました。
かっぴー そこは狙いました。「転生しないのかよ」というサブタイトルですし(笑)。
作品の冒頭で事故に遭う主人公の浦島優太郎。この流れは異世界転生かとおもいきや......
――そこから主人公が目覚めると、一気に社会批評的な物語が始まります。この設定はどこから思いついたのでしょう?
かっぴー けっこう前から、今の世の中はSNSがあることで変になったんじゃないかと感じていました。
浦島が目覚めるのは2025年 ですが、彼が事故に遭う2010年 って、iPhoneもSNSもまだそこまで普及していなかったんですよね。僕自身も就職したばかりの頃だったからよく覚えていますけど、今ほど他人の評価をいちいち気にして行動することがなかったと思うんです。
昔は誰も見ていなくても、「悪いことをしたらバチが当たる」みたいな倫理観とか道徳心が自分の中にあって、それで行動していた。
それから15年が経った今では、有名人じゃなくても、「ネットに書き込まれたらどうしよう」とか「隠し撮りされていたらマズい」とか気にするようになりましたよね。みんなのポケットにスマホという名の銃が入っていて、それが行動の抑止力になっている。
振る舞いがあらためられるという意味ではいいことなのかもしれないけど、その理由が「SNSがあるから」というのは、15年前の自分から見たら、「まるでSFみたいだ」と感じるだろうなって思うんです。
ただ、僕自身も15年の間に蓄積されてしまった先入観が当然あります。だから、先入観ゼロの主人公にして、「彼にどう見えるのか?」という物語をやってみたくなった。それが最初のきっかけですね。
2010年に事故に遭い、2025年に目を覚ました浦島
――設定は現実を誇張しているけど、その背景には現代社会に対するかっぴーさんのリアルな感情が反映されていると。
かっぴー いかにもマンガっぽい設定にしたのは、「現実は小説より奇なり」じゃないけど、そのくらい「今の現実って、冷静に考えたら変だよね?」という感覚があるからですね。
■もうネットが楽しくない――かっぴーさんは大半の読者にとっては『左ききのエレン』の印象が強いですが、もともとは『SNSポリス』や『バズマン』など、ネット社会を皮肉るような作品でデビューされているから、むしろ原点回帰的な面もあるのかと思いました。
かっぴー あのときはSNSのあるあるにツッコミ入れるのが面白かったんですよ。それがいつの間にか笑えなくなったんです。
最近も、スタバの学生バイトの卒業報告を皮肉った「承認欲求フラペチーノベンティサイズ」というワードがX(旧ツイッター)のトレンドになったじゃないですか。ああいうのがもうまったく面白くなくて。
――「バイト卒業くらいでインプレッション稼ぐなんて、スタバの最大サイズ(ベンティサイズ)くらい承認欲求がありすぎだろ」というツッコミでした。
かっぴー まさに『SNSポリス』の頃の僕の視点っぽいワードですよね。でも、今の自分の感覚としては、「大学生なんだから、承認欲求があってもいいじゃん」とか思うんですよ。「ほっといてやれよ」って。
別に丸くなったわけじゃなくて、今はSNSとリアルが融合しすぎているから、SNSの投稿を笑っているんじゃなくて、〝その人〟をバカにしているように見えてしまう。ツッコミがギャグじゃなくて、個人に対するダイレクトな攻撃になっているんです。それはシリアスすぎて面白くないし、ただ世の中が窮屈になるだけですよ。
――特定の人を吊し上げていじめるような構図になっている。
かっぴー もちろん、隠れて悪いことをしていた人も、今はSNSで暴かれるから悪事を控えるようになるとか、ネットによって世の中がキレイになるのは大賛成です。でも、悪事は「SNSがあるからダメ」なのではなくて、本来は「ダメだからダメ」なんですよね。
――この『大人大戦』でも、テクノロジーによる相互監視によって犯罪や迷惑行為がゼロになった社会が描かれていますが、悪事を控える人も、他人に善行を施す人も、「誰かが見ているから」と言うんですよね。「他人が見ていなくても、良いことはすべきだし、悪いことはしてはいけない」とは誰も言わない。
かっぴー それはやっぱりズレていますよ。「なんか変だな」と思うし、みんなビクビクしているだけで、今のネットは楽しくない。
――かっぴーさんはデビューのきっかけがマンガのウェブ投稿だったように、ネットと親和性の高いクリエイターだと見られていると思います。当時のネットと比較して、今のネットはまったく違いますか?
かっぴー 僕がマンガの投稿を始めた2015年頃は、SNSの普及によって「1億総発信者社会」と言われて、僕自身もその恩恵を受けてマンガ家になったわけですけど、最近は「あの頃は楽しかったな」とマジで思うようになりました。おっさんですよね。実際におっさんだからいいんですけど(苦笑)。
あの頃は、30歳の何者でもない会社員が描いたマンガなのに、知らない人たちがどんどん拡散してくれて、有名な人たちも感想を言ってくれて、「これからもっとすごい時代が来るぞ」と日々興奮していました。
でも、ほんとに誰もが発信する時代がやって来たら、コンテンツの競争が激しすぎて、素人の投稿なんて埋もれてしまうし、刺激が強いエロや暴力にタイムラインは埋め尽くされてしまいました。
しかも、発信するメリットをはるかに上回るくらい叩かれるリスクは増えているわけで、完全なハイリスク・ローリターンになっています。正直、今のネットから新たなヒーローが生まれる感じはしないですね。
――もし、今のネットでかっぴーさんがマンガを描き始めていたら、あの頃みたいにブレイクできたと思いますか?
かっぴー できないと思います。絶対に無理です。
――当時と今のネットで何が違うのでしょう?
かっぴー いわゆる「キャズムを超えた」ということなんでしょうけど、日本では「ツイッターの次」が見つかっていないことが大きいかもしれません。何度も「終わった」と言われながらも、次が明確じゃないから、みんなダラダラと残っている。
でも、「監視の目」としては機能しまくっているから、発信のメリットが減って、デメリットがどんどん大きくなってしまった。だから、この変な現実をマンガに置き換えることで、あらためて、「このままでいいの?」と問いかけてみたかった。それが『大人大戦』です。
●インタビュー後編に続く
●かっぴー
1985年生まれ 神奈川県出身
〇2015年にnoteで発表した「フェイスブックポリス」が大きな話題に。2016年には漫画家として独立。以降、「左ききのエレン」などのヒット作を生み出している。
公式X【@Ito2Nora】
公式Instagram【@kappy_japan】
■『大人大戦』は「少年ジャンプ+」で絶賛配信中!
取材・文/小山田裕哉
記事提供元:週プレNEWS
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