邦楽の萌芽 【コラム カニササレアヤコの NEWS箸休め】

私の所属する東京藝大の雅楽専攻。最近なんだか国際色豊かである。韓国、フランス、オーストリアにコロンビア。文字通り世界中から集まった学生たちが、雅楽の授業の見学に来ている。2時間近くに及ぶ合奏の授業を、日本人でも分からないような専門用語が飛び交う中、姿勢を正してただ聴いている。眠くならないの、と聞くと、いいえ、とても面白いですから、と真っ直(す)ぐな目で返してくれる。専攻生がこう言うのもなんだが、好事な人たちだなあと思う。
今年の東京藝大邦楽科の受験生は、25人の募集に対し27人。三味線音楽やお囃子(はやし)、箏曲、尺八、能、日本舞踊など全ての邦楽ジャンルをまとめた人数がこれである。ちなみに昨年の受験者数は25人。まさかの倍率1倍。国立大学唯一の邦楽科であり、藝大にしかない専攻もあるのにこの不人気だ。
先日、韓国の国立芸術大学を訪れ、そこの学生たちと交流する機会があった。藝大へ留学に来ていた韓国人のシンさんに案内を頼み、韓国と日本の伝統音楽についてそれぞれ教え合う。和気藹々(あいあい)とお互いの楽器を紹介し、軽く実演をしようかと言うのでお願いした。
息を呑(の)んだ。さっきまでお饅頭(まんじゅう)(成田空港で買った「ひよこ」)を食べながらふにゃふにゃ笑っていた二十歳くらいの女の子たちが、楽器に向かった瞬間、鬼気迫る演奏を繰り広げる。散らかった大学の研究室の中で、束(つか)の間時が止まったようだった。
みんなすごく上手だね、とシンさんに言うと、少し困ったような顔をして、「練習量が違いますから」と笑った。お恥ずかしい話だ。韓国や中国では民族楽器の演奏が盛んで、子どもの頃から相当の鍛錬を積んでいる。日本の雅楽専攻を覗(のぞ)いて、練習時間の少なさと若者の少なさに正直びっくりしたのだろうと思った。
伝統の形を壊して大衆に阿(おもね)るくらいなら、受け継いだ型をそのまま抱いて滅びた方がいいのだ、と言う人もいる。しかし現在に伝わっている〝伝統〟も、元はといえば時代のカブキ者が切り開き作り上げてきたものが多い。破壊と創造は、伝統の継承と必ずしも相反しない。
そもそも伝統音楽の仕事が少ないから、人が増えてしまってもしょうがない、という意見もあるが、我々がやるべきことは今あるパイの切り分け方を考えることではなく、麦の種を播(ま)き育てることだ。文化の花を枯らさないため、草の根からやらなければいけない。世界中から人が集まるくらい、日本の音楽は魅力的なのだから。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 9からの転載】
かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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