【はばたけラボ 連載「つなぐ」】 「おいしい」でつながれば、世界は広がる北海道の水産業者×大阪の老舗包丁店
未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。ウェルビーイングな暮らしのために、異なるものをつなぐことで生まれる「気づき」を大事に、いろんな「つなぐ」をテーマに連載でつづる。第2回は、北海道の漁師たちと、大阪の老舗包丁店のつながりを追った。
「漁師も船酔いする?」
「実は酔い止め薬が欠かせません! 酔わないのは才能です」
「大阪のたこ焼き食べた?」
「着くやいなや、〝わなか〟に行きましたけど、北海道でも地元のミズダコでたこ焼きつくるんですよ」
「今までで一番高かった魚は?」 「漁で一番楽しいことは?」――。
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2月半ば、大阪ミナミの千日前道具屋筋商店街にある老舗包丁店「堺一文字光秀」を訪れた北海道北見市常呂(ところ)町の漁師3人に、集まった親子連れらから質問が飛んだ。その目の前で、常呂から運ばれてきた約3キロの秋鮭が、出刃包丁でさばかれていく。
「魚がいる未来を選べ」と題した魚食イベントは、「堺一文字光秀」と、訪れた漁師らでつくる常呂のマスコスモ合同会社、魚がいる未来のために活動する札幌市の団体「DO FOR FISH」の3者が企画。堺一文字光秀の店舗2階にあるコミュニティースペース「ICHITOI(イチトイ)」を会場に開かれた。
■漁業の6次産業化を目指して
日本の漁獲量の約3割を占める北海道で、流氷のオホーツク海に面する常呂。主に、鮭、ホタテ、牡蠣、タコなどがとれる。マスコスモは、魚をとるだけでなく消費者まで届ける漁業の6次産業化を目指し、2019年に漁師3人と行政書士で設立した会社だ。
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水揚げした魚介類を、食材へのダメージが少ない高速冷却で、限りなく生に近い鮮度を保てる特殊冷凍機器を使って、消費者に直販するほか、未来を担う世代に魚の魅力を伝えるイベントを行う。これまでの活動は北海道内で、本州での展開は大阪が初めてだ。
メンバーの漁師はいずれも30代で、家業を先代から継いだ。「設立当初は、北海道は豊富にいい魚がとれてるんだから、(漁以外の活動って)そこまでしなくていいんじゃないの、という批判もあった。でも、現実的に海の環境は少しずつ変わっていて、魚が少なくなったり、とれるはずのないブリが揚がったり。チャンスがあるうちに、動いていこうと」(代表の柏谷晃一さん)。
■マスコスモとの出会い
「DO FOR FISH」は、札幌市で魚介の仲卸業を営む本間雅広さんが2023年に立ち上げた。仲卸はふだん都市部にいて、魚が揚がった港から送られてきた魚を市場で売りさばく。海が現場の漁師とは物理的距離から一般的に関係は深くないが、ある日、ふと思った。「海洋環境の変化や水揚げ量の減少、若者の魚離れ、後継者不足など、抱く不安は同じ。それなのに、漁師同士、そして僕と漁師も結びついていないのはなぜなんだ」
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本間さんは、札幌に出す魚をとる各地の漁師とつながりはじめた。その1人が、会社員として東京で働いた後、Uターンして常呂の漁師となっていたマスコスモの初代代表で故・川口洋史さん。「魚をおいしく、楽しく」をモットーに音楽を聴きながら魚料理を囲むイベントなどを繰り広げ、水産業のイメージを変えていた。
ちょうどその頃、堺一文字光秀の田中諒さんは3代目として家業を継ぐため、東京の広告デザイン会社を退職して大阪に戻った。川口さんは、東京で暮らした頃にお世話になった先輩。「お前、包丁の仕事やるのか。いつか一緒に何かやろうな」。大阪と北海道、遠く離れながらやりとりしてきたが、川口さんは2020年に白血病で亡くなってしまう。36歳だった。
■食文化の輪をとらえなおしたい
「日本の台所」といわれる大阪の食文化を支えてきた千日前道具屋筋商店街は150メートルの通りに、包丁、鍋、食器、調理服などの店が軒を連ね、「通るだけで料理屋一軒が建つ」ともいわれる。世界的な和食ブームから、日本製の包丁などは今や、外国人にも大人気だが、「これまでの日本人はおいしいもの、自然の恵みをいただくことをずっと大事にやってきた。それが今、評価されているが、これからも本当に同じか」(田中さん)。日本国内では人口が減り、伝統的な道具を造る技術の大切さも伝わりにくくなっている。田中さんは、包丁にとどまらず、食文化を考える輪を大きくとらえなおしたいと考えている。
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堺一文字光秀は昨年10月、「ICHITOI」を開設し、食文化に関わるさまざまな人・モノ・ことをつなぐイベントやワークショップをはじめた。「ここで、川口さんとの約束を果たせる」。今回、ICHITOIで、ずっと心にあった願いをマスコスモ、DO FOR FISHと実現した。
イベントで堺一文字光秀の出刃包丁を握ったのは、亡くなった川口洋史さんの弟、川口悟史さん。「お魚、触ってみてもいいよ! 大きいから、ちょっと怖いかな」。子どもたちの前で、大きな鮭1尾が3枚おろしになり、スーパーに並ぶような切り身の形になっていく。グリルに入れると、香ばしいにおいが立ちこめはじめた。
焼き上がってほぐした身の「骨取り」は、子どもたちの出番。真剣な表情で、ビニールの手袋をはめて小さな骨をとった後、常呂のイクラを載せた鮭の親子丼ができあがった。小学6年生の男児は、「塩味を感じて、おいしい。骨取りはけっこう難しかった」と話した。
■もっと気軽に「魚食」して
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会場での「週に2回、お魚を食べていますか」の問いには、約半数が手を上げた。「皆さん、肩に力が入りすぎ。こう調理しなきゃ、味付けはこうって考えすぎです。肉は焼くだけで完成ですが、魚も同じ。焼くだけでOK、揚げてタルタルソースかけたら何の魚もおいしくなる。もっと気楽に」(本間さん)。料理が得意な漁師の佐々木優介さんは、切り身からしっとりした鮭フレークをつくるコツ、冷凍ホタテを「レンチン」でおいしくいただく方法を紹介した。
北海道では、マスコスモの活動を見てきた、さらに若い20代の漁師たちが、同じように魚のある未来をつくる活動をはじめているという。「若い人たちがつながって環境を変えていく、そういうのが当たり前になってくるんじゃないか。すてきな北海道になりつつあるのを、水産業も担ってる気がしています」(柏谷さん)。4月には、キッチンカーを集めた子どもたちのイベントを予定しているほか、6次産業化では海外展開も狙う。
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■つながれば、可能性が生まれる
本間さんのDO FOR FISHは、水産業に関係がないデザイナー、シンガーソングライター、IT企業の社員なども加わり、活動を拡大。東京や大阪の大学生が北海道内の漁村で1カ月住み込みながら、海の課題解決をするインターンシップにも取り組んでいる。「いろんな人たちがつながることで、何かが起きる可能性ってゼロでなくなる。関わる人には、一つの世界にとどまらず、何でもできると思ってほしい」
ICHITOIでは、今回のイベント前夜、ホタテとテクノをかけた音楽イベント「ホタテクノ」が行われた。故・川口洋史さんが発案した、ホタテなど魚介と音楽両方を楽しむ企画。包丁の産地である堺、関の職人、食に関する学校を運営する人、料理道具のデザイナー、華道家、飲食店の経営者など多彩な面々が集った。
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「自然に皆が、何をしたいかを互いに話してつながっていく。それを見て、ああ、これをやりたかったんだと思った」(田中さん)。自分たちのアイデアや熱を違う業界にもどんどん広げて、食文化や道具文化を盛り上げていきたい。ICHITOIではこの先、鍛冶師を招いたイベントを行うほか、華道家とコラボレーションしたサクラの生け花展などを計画する。
「おいしい」でつながる、北海道の魚の担い手と大阪の包丁店。その思いは輪となって、どんどん世界を広げていきそうだ。
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#はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパンとともにさまざまな活動を行っています。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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