選挙人の過半数に届かなければ200年ぶりの「臨時選挙」発動で、驚愕の「ねじれ政権」誕生!?【前嶋和弘の2024アメリカ大統領選、深層ウォッチ】
トランプ前大統領の集会会場近くで入り乱れるトランプ氏の支持者とハリス副大統領の支持者。いずれの候補も、選挙人の過半数となる270人に達しない場合、200年ぶりとなる臨時選挙が行なわれる!?
カマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領による接戦が続いているアメリカ大統領選挙。11月5日の投票結果次第では、各州とワシントン特別区から選出される選挙人の数が269対269の同数になる可能性もあるという。
その場合、200年ぶりに発動されるかもしれない「臨時選挙制度」とは? そして、投票後に待ち受ける混乱とは? アメリカ現代政治が専門の上智大学教授、前嶋和弘(まえしま・かずひろ)氏に聞いた。
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■過半数の「270人」に達しなかったら、どうなる?7つの激戦州(アリゾナ、ウィスコンシン、ジョージア、ネバダ、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ミシガン)の情勢も含め、今年のアメリカ大統領選挙は歴史的な接戦になるとみられています。ちなみに、近年で記憶に残る接戦は、共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のアル・ゴアの対決となった2000年の大統領選でした。このときは、ブッシュが選挙人の過半数の270票を1票だけ上回って勝利しました。
ただし、カリフォルニア州に次いで選挙人定数が多いフロリダ州(2000年大統領選時の定数は25人)では、当初の開票結果がブッシュ290万9135票、ゴアが290万7351票と、その差がわずか1784票だったため、フロリダ州の規定で再集計が行なわれることとなり、すると両者の差はさらに縮まり537票差となりました。
この結果に納得できないゴア陣営が、手作業による再々集計を求めて訴えを起こすという事態にまで発展し、結局、11月7日の一般投票から1ヵ月以上を経た12月12日に、連邦最高裁がゴア陣営側の訴えを退けたことでフロリダ州の票が確定しました。それから、わずか6日後に予定されていた選挙人投票で過半数の271票を獲得したブッシュが第43代アメリカ合衆国大統領に選ばれたのです。
では、同じく大接戦が予想される今年の大統領選挙の結果、仮に民主党候補のハリスと共和党候補のトランプが獲得した選挙人が269人の同数となり、いずれの候補も大統領指名に必要な270人を確保できない場合はどうなるのか? あるいは、ブッシュとゴアが激しく争った2000年の大統領選挙のように、得票数をめぐる混乱や訴訟が起きて、12月16日に行なわれる各州(およびワシントン特別区)の選挙人投票までに、最終的な選挙結果が確定しなかった場合はどうなるのでしょうか?
実はそうした場合、さかのぼること約200年前、1800年の大統領選をきっかけに制定された「合衆国憲法修正第12条」によって、議会下院が大統領を、上院が副大統領を、それぞれ選出するための「臨時選挙」を行なうと定められています。
1800年の大統領選では選挙人投票が史上初めて、トーマス・ジェファーソン(民主共和党)とアーロン・バー(連邦党)で同数となりました。当時の規定では、過半数の選挙人を獲得した候補がいない場合、「下院議員の投票で過半数の州を押えた候補が大統領、次点候補が副大統領に選出される」ということになっていました。
ただ下院内部の政治的思惑で、なかなか決まりません。35回投票を続けましたが、ジェファーソンとバーはいずれも過半数を獲得することができませんでした。36回目の投票の際、ふたりと対立する連邦党のアレクサンダー・ハミルトンとジェファーソンが結託することで、ジェファーソンが過半数票を獲得し、大統領に選ばれました。ジェファーソンと副大統領となったバーとの関係が最悪となったのはいうまでもありません。
それだけではありません。裏切ったハミルトンをどうしても許せないバーは、何とニュージャージー州で決闘を申し込みました。その結果、バーはハミルトンを銃殺します。そして他州に逃げ込み、バーはそのまま副大統領を続けました。今から考えるとありえない話で、刑法が不十分な当時でも大きなスキャンダルでした。ハミルトンはアメリカの初代財務長官を務め、憲法制定に多大な貢献をしたエリート中のエリートでした。
この悲劇以降、臨時選挙で下院が大統領を選出したのは今から200年前に行なわれた1824年の大統領選だけです。
1824年といえば、まだ日本は江戸時代の文政7年で、ペリーの黒船が来航する30年前。当時のアメリカはまだ、西部開拓時代の真っただ中で、現在の共和党が生まれたのは南北戦争(1861~65年)の直前ですから、はるか以前の出来事ということになります。しかし、仮に今回の選挙でどちらの候補も過半数を取れない場合、実に200年ぶりとなる臨時選挙が適用される可能性があるのです。
では、この臨時選挙は具体的にどのような形で行われるのでしょうか? 先ほど「議会下院が大統領を、上院が副大統領をそれぞれ選出する」と述べましたが、まず、ここでいう「下院」「上院」とは、いずれも11月5日の大統領選と同時に行われる議会選挙を経た来年1月からのアメリカ議会上下両院のことを指します。
その上で、まず下院による大統領の選出方法ですが、新たに選出された議会は1月6日に合同会議を開き、選挙人票を数えて、どの候補者も過半数の270票に達していないと判断した場合、下院は直ちに臨時選挙を行なうことになっています。
■臨時選挙で、下院が大統領、上院が副大統領を選出!?ただし、この臨時選挙で下院が大統領を決定する場合、問題になるのが、各州にはそれぞれ1票しか与えられないという点です。つまり、人口わずか58万人のワイオミング州も1票なら、人口3900万人で下院議員が52人もいるカリフォルニア州も1票ということになる。当選には50州の過半数、26票が必要ですが、各州の下院議員が「その州に与えられた1票」の行方をどのように決めるのかは、それぞれの州に委ねられています。
選挙前の下院は共和党が220議席、民主党212議席と、議席数では共和党がわずかに上回っていますが、11月5日の選挙後の新たな議席配分で、それも議員それぞれに1票ではなく「州1票」となると、その行方は非常に読みにくくなってきます。
おそらく「各州の下院のうち、議席数の多い方の政党に1票」「下院1議席の州はその議員の政党に1票」という形をとるのが最も現実的な方法だと思いますが、このやり方を現在の下院の議席数に当てはめてみると、民主党22票、共和党26票、ノースカロライナとミネソタの2州は下院議員が民主党、共和党で同数なのでどちらに投票すればいいのかわからない......となるので、ここでもやはり大接戦となりますが、このままなら共和党のトランプが26票を獲得して大統領になる計算です。
もちろん、実際には11月5日の議会選挙後の下院の構成次第で臨時選挙の結果も変わってくるので、トランプ陣営はこうした状況も想定しているのか、激戦州以外の州の下院議員候補の応援にもかなり力を入れているといわれています。
一方、上院による臨時選挙での副大統領選出方法は下院の大統領選出方法よりもシンプルで、上院議員100人にそれぞれひとり一票が与えられることになっていて、こちらも11月の選挙で改選される上院34議席の行方も踏まえた、新しい下院で多数を占める政党が副大統領を選出することになります。
今回の上院選挙は、改選する34議席の内、民主党が23議席で何人かは引退するため、改選後の上院では共和党が多数派を占める可能性が高いといわれています。仮に上院で共和党が多数となれば、副大統領を選出する臨時選挙では共和党のJ・D・ヴァンスが選ばれる可能性が大きいでしょう。
従って、仮に11月5日の選挙でハリス、トランプのいずれの候補も選挙人270人を獲得できず、下院選挙では民主党が、上院選挙では共和党が多数を占める状況で200年ぶりの臨時選挙が行なわれれば、民主党優位の下院がハリスを大統領に選び、共和党優位の上院が副大統領にヴァンスを指名するという、驚愕の「ねじれ政権」が誕生する可能性もあるわけです。もちろん、そのよう政権がまったく機能しないことは誰の目にも明らかですが......。
■トランプ敗北なら何が起きる?もうひとつ、前回の大統領選を踏まえて、想定しておく必要があるのは、11月5日の一般投票でトランプが敗北した場合に何が起きるのか、ということです。2020年の大統領選では現職の大統領だったトランプが民主党のバイデンに敗れましたが、トランプ陣営はこの結果を受け入れず「選挙に不正があった」という主張を展開し、各地で票の再集計を求めたり、選挙人の確定を差し止めるための訴えを起こしたりしました。
結局、これらの主張は裁判所によって認められず、むしろ結果的に「最も公正な選挙だった」と言われているわけですが、熱狂的なトランプ支持者たちは「選挙は不正に盗まれた」と主張し続け、これが2021年1月6日の連邦議会襲撃事件を引き起こしただけでなく、トランプ自身も、そしてトランプ支持者たちの多くも、それから4年近く経った今も2020年の大統領選は不正に盗まれたもので、「トランプこそが本当のアメリカ大統領だ」という一種のパラレルワールドを生き続けています。
では、もしトランプが11月5日の一般投票で劣勢となった場合に何が起きるのか? 私はトランプの逮捕・訴追につながった2021年1月6日の議会襲撃のような手荒なやり方ではなく、より巧妙な戦略をトランプ陣営は取るのでないかと考えています。それは、各地で選挙の不正を訴える訴訟を起こすなどして、選挙結果の確定を遅らせ、12月15日に各州で行なわれる選挙人投票を合法的に妨害するというやり方です。
実際、すでにトランプ陣営はそれに向けた準備を始めています。例えばジョージア州の選挙管理委員会はトランプ陣営からの強い要求で、大統領選の開票時に投票用紙の手作業集計を義務付ける新規則を導入しました。これは明らかに開票作業での混乱を狙ったもので、10月15日に同州のフルトン郡高等裁判所はこの新規則の差し止めを決定。これに不服のトランプ側が控訴の動きを見せており、現在も係争中です。
■11月5日はアメリカ大統領選の「いち通過点」に過ぎない!?それ以外にも「選挙立会人が偏っていて公正ではない」「投票・開票作業に不正がある」といったデマの拡散、各州選挙管理委員会に対する「選挙不正」の告発や開票結果否認・凍結の要求など、トランプの敗色が濃厚となった場合に備えて、各州の選挙人確定を妨害し、大統領選の結果そのものを否定するための伏線作りをトランプ陣営とその支持者たちが着々と進めています。
そのため、仮に11月5日の投票でトランプに不利な結果が出た場合は、ハリスの選挙人270人確保をなんとしても阻止しようと、各地で多くの訴訟が起こされて、その行方次第では12月16日に行なわれる各州の選挙人選挙や、1月6日の大統領・副大統領の選出が予定通りに行なえず、200年ぶりの臨時選挙で、上院と下院が正・副大統領を選ぶことになるかもしれません。
もちろん混乱の可能性があるのは、11月5日の選挙でトランプの敗色が濃厚なときばかりとは限りません。逆にトランプが接戦の2024年大統領選を制した場合、あるいは、すでに述べたような形で選挙後の混乱が深まり、思いもよらないような形でトランプが大統領の座に就いた場合にも、これに強く反発する左派・リベラル系の人たちの一部が、過激な抵抗運動に出ないという保証はありません。
世界で最も古い「民主主義国家」ともいえるアメリカ合衆国の歴史は、異なるルーツや歴史、文化、背景を持つ人たちが「民主主義」という仕組みによってひとつの国家を形作り、共存の道を探り続けてきた歴史でもあります。しかし、今のアメリカ社会を引き裂く「分断」の傷はあまりにも深く、それは民主主義という仕組みを支える大事な柱のひとつである「選挙制度への信頼」をも大きく傷つけ始めています。
そう考えると、11月5日の投票日は今回のアメリカ大統領選の「いち通過点」で、その後の約2ヵ月間に待ち受けるであろう、さまざまな出来事の先にしか「アメリカと世界の未来」は見えてこないのかもしれません。
インタビュー・構成/川喜田 研 写真/時事
記事提供元:週プレNEWS
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