"史上最悪の冤罪"袴田事件を経てもなお反省の色なし!! 検察のあり方を問い直すはずの「再審制度の見直し会議」が検察主導って正気!?
イチオシスト

再審制度見直しを議論する法制審議会刑事法(再審関係)部会(昨年12月)。研究者委員の中に再審や冤罪の専門家はおらず構成の偏りが指摘された
日野町事件は、再審が始まるまでに25年。本人が獄中死した後も、遺族は14年間闘い続けた。袴田事件は無罪まで44年。証拠捏造まで認定される"史上最悪の冤罪事件"だった。もう二度とこうした被害者を生まないために再審制度は見直される。誰もがそう思ったはず。だが今、再審制度の見直しは逆方向へ。えっ、結局また検察が有利なの?
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【検察側が有利な結論ありきの人選】
日野町事件 1984年、滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件。無期懲役が確定した阪原 弘さんは無実を訴え続けたが、再審開始を待たず獄中で病死。遺族が再審請求を行ない、2月24日に最高裁が再審開始を決定。右は長男の弘次さん、左は鴨志田祐美弁護士
1984年、滋賀県日野町で酒店を営む女性が殺害され、店の金庫が奪われた「日野町事件」。強盗殺人罪で無期懲役が確定した後も、一貫して無罪を訴え続けながら、服役中の2011年に75歳で病死した阪原 弘さんについて、先月24日、最高裁が再審開始を認めた。
2001年の再審請求から実に25年。阪原さんの死後、無実を信じる遺族が2012年に行なった第2次再審請求からも14年。ようやく再審の重い扉が開いた。
その間、検察は2度にわたり不服申し立て(抗告)を行なったが、いずれも棄却された。そのため、阪原さんの無罪が確定する可能性が高いとみられている。ちなみに本人の死後に再審が認められるのは、無期懲役以上が確定した事件では戦後初だという。

袴田事件 1966年に一家4人が殺害された事件で、袴田 巌さん(右)は死刑判決を受けるも無実を訴え続けた。再審開始決定まで48年を要し、再審では捜査機関による証拠捏造を認定。2024年に無罪が確定。左は姉のひで子さん
死刑判決から一転、24年に再審無罪が確定した「袴田事件」も記憶に新しい。袴田 巌さんは死刑確定から44年もの歳月を経て無罪となったが、その過程では捜査機関による証拠の捏造に加え、再審までにかかった異様な時間の長さが大きな問題となった。
こうした深刻な冤罪事件が相次ぐ中、本来であれば急がれるべきは再審制度の抜本的な見直しのはずだ。ところが、冤罪被害者を救済する目的で始まった「再審制度に関する法改正」の議論が、その目的とは逆方向へ進みつつあるという。
「袴田さんの事件を経て、『無実の人を救い出すのに50年近くもかかるような事態は二度と繰り返してはならない』という反省から始まったはずの再審法改正の議論が、むしろ新たな冤罪を生みかねない形へとゆがめられているのです」
そう強い危機感を示すのは、法務省の法制審議会の部会に委員のひとりとして加わった弁護士の鴨志田祐美氏だ。
「袴田事件をきっかけに世論が大きく動いたことで、再審法改正は当初、超党派の『えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟(再審法改正議連)』による議員立法として進んでいました。その内容も、冤罪被害者を救う意味で画期的なものでした。
ところが昨年2月、議連が法案を取りまとめようとしていたタイミングで、法務大臣が突如、再審制度の見直しを法制審議会に諮問すると言い出した。長年、再審法改正に後ろ向きだった法務省がこの段階で動き出したのは、明らかに〝議員立法潰し〟の意図があったと考えられます」
その後、法務省は13人の委員を選任して法制審議会刑事法(再審関係)部会を設置し、約9ヵ月にわたって議論を行なった。しかし、その委員の顔ぶれにも大きな問題があったという。
「13人のうち、日本弁護士連合会から推薦された弁護士は私を含めて3人だけ。残りは裁判官、検察官、法務省や警察関係者、そして法務省と近い立場の研究者だったのです。さらに問題なのは、6人いた研究者の中に再審制度や冤罪を専門に研究している学者がひとりもいなかったこと。
要するに、10対3という最初から結論ありきの構図で、彼らにとって私たちの存在は単なる〝アリバイづくり〟に過ぎなかったのです」
なぜそのような人選になったのか。
「法制審議会の事務局は法務省の担当部局が担います。再審制度を含む刑事訴訟法を所管しているのは法務省刑事局で、その幹部の多くは検察官出身者です。つまり、冤罪被害者の救済を議論する審議会なのに、検察出身者が主導して、人選やスケジュールなどの管理を行なっていたのです」
【袴田事件の反省ゼロな法制審議会の結論】こうした議論を経て、2月12日に法制審議会が取りまとめた結論は、当初の議員立法案と何が違い、何が問題なのか。鴨志田氏が続ける。
「まず、新たに『調査手続』という規定が盛り込まれました。『再審請求に理由がないことが明らか』と裁判所が判断した場合、速やかに請求を棄却することを義務づけるという、いわば〝門前払い〟を可能にするものです。
こうした事前スクリーニングが導入されてしまうと、財田川事件(1950年)のような過去の冤罪事件でも再審の機会が失われていた可能性があります」
そして、もうひとつの大きな論点が「証拠開示」だ。

袴田事件から約1年2ヵ月後に見つかった衣類。再審では開示されたカラー写真に写っていた血痕の色の不自然さが争点に。捏造と認定され無罪判決につながった。証拠開示のあり方が問われた象徴的資料
「例えば袴田事件で無罪の決め手となったのは、血のついた衣類のカラー写真という〝無罪方向の証拠〟でした。ただ、これは当初、弁護側に十分に開示されず、再審請求審の過程で、死刑確定から44年後に明らかになった重要証拠でした。
現在の問題は、捜査機関が裁判で提出しなかった証拠をどれだけ保有しているのか、再審請求人側には知る手段がほとんどないという点です。どんな証拠が存在し、どこに無罪に結びつく材料が潜んでいるのかがわからないままでは、適切な開示請求を行なうこと自体困難です。
そのため議員立法案のほうでは、再審請求人が証拠開示を求めた場合、原則として裁判所は検察官に開示を命じなければならないとする規定を盛り込んでいました。これは冤罪被害の救済という観点から極めて画期的な内容だったのです」
ところが法制審議会が出した結論では、開示請求の範囲を「請求人の主張に関連し、必要性・相当性が認められるもの」に限定した。
「証拠は裁判所に提出される仕組みですが、再審請求人本人は閲覧できません。また、検察がどのような証拠を保有しているのかもわからないまま『主張に関連する証拠を特定しろ』と言われる。そんなこと不可能ですよね。これでは袴田事件の血のついた衣類の写真も開示されなかった恐れがあります」
さらには、開示された証拠を裁判外で使用したり、報道機関などに提供したりした場合に罰則を科す規定まで盛り込まれた。
「袴田事件の際には、血のついた衣類の写真を見た支援者によって血痕の色の不自然さを検証する実験などが行なわれました。これがメディアでも報じられ『これは明らかにおかしい』という声が高まり、結果的に再審無罪につながりました。
しかし、再審請求審は原則非公開です。仮にこの規定が適用されれば、あの血のついた衣類の写真の存在は世間に知られることがなかった。むしろ、それを外部に知らせれば、再審請求を行なった冤罪被害者が罰せられることになってしまいます」
袴田事件の反省から始まったはずの議論は、むしろその教訓を逆行するかのような結論へと傾いているのだ。鴨志田氏は、声を強める。
「何より私が失望させられたのは、議員立法案にハッキリと盛り込まれていた『裁判所の再審開始決定に対する検察の不服申し立て(抗告)の全面禁止』が、法制審議会の答申では丸ごと削除されてしまったことです。
袴田事件も、そして今回、最高裁が再審開始を決めた日野町事件も、なぜ再審請求から再審開始までにこれほど長い年月がかかったのか。その最大の要因は、裁判所の『再審開始』決定に納得しない検察が抗告を繰り返し、開始そのものを阻止しようとしてきたことにあります。
仮に検察が『自分たちは絶対に間違っていない』と考えるのであれば、それはやり直し裁判(再審公判)の審理で争えばよいはずです。しかし現実には、開示すべき証拠すら十分に開示せず、再審開始そのものを止めるために抗告を重ねる。結果、時間だけがいたずらに過ぎた。
そうした悲劇を繰り返さないことこそが再審法改正の大きな目的であったはずです。ところが今回の結論では、抗告の全面禁止は削除され、『検察は抗告に際して慎重かつ十分な検討を行なうべきだ』という付帯事項がつけ加えられただけでした。
法制審の部会で検察官の委員は『これまでの再審事件でも慎重かつ十分な検討を行なってきた』と主張していましたから、こんな付帯事項では実質的な歯止めにはなりません。
私たちは審議の場で問題点を指摘し続けましたが、結局、10対3で法務検察の意向に沿った答申が取りまとめられてしまいました」
【検察という組織の病理「自分が100%正しい」】だが、ここで素朴な疑問が。検察官も裁判官や弁護士と同じ法律家である以上、法と事実に基づいて〝正義〟を実現するのが本来の役割のはずだ。
一方で、袴田事件をはじめ、再審を通じて無罪が明らかになった冤罪事件は少なくない。死刑や無期懲役という判決を受け、何十年もの拘禁を強いられた人たちがいる。
なぜ、こうした現実があるにもかかわらず、検察や法務省は再審制度の見直しに後ろ向きなのか。
「それは検察庁にとって起訴こそがゴールだから。起訴した時点で自分たちの判断は100%正しいという〝一種の宗教的な確信〟があるのです」
そう語るのは、元検察官で、佐賀地検時代に主任検事を務めた「佐賀市農協背任事件」(01年)で冤罪を生んだ経験を持つ弁護士の市川 寛氏だ。
「世間では、裁判は真実解明のスタートだと考えられています。しかし検察側にとっては、起訴した時点で結論は出ている。起訴内容は100%事実で、裁判はその〝答え合わせの場〟に過ぎないという意識があるのです。
よく『日本の刑事事件の有罪率は99.9%』といわれますが、それも彼らにとっては不名誉な話です。本当は100%であるべきだと考えている。
そもそも検察官の基本的なマインドは『法律家』というより『犯罪捜査官』です。『俺たちは犯罪を捜査して真実を解明するんだ』という強烈なプライドを持っています。
でも、冷静に考えればおかしい。起訴した時点で100%真実なら、裁判官も弁護士も必要ありません。わからないからこそ裁判がある。
しかし検察には、『起訴した時点で自分たちは正しい』と信じて疑わない風土がある。私自身も、検察官時代はその空気に染まっていました」
このような検察の考え方は先述の「証拠開示」にも表れているという。
「実際に経験したことですが、検察官として真面目に捜査すればするほど、被告の有罪を示す証拠だけでなく、無罪の可能性を示す証拠も出てきます。相当、偏った捜査をしない限り、どちらか一方の証拠しか出ないということはまずありえません。
それでも有罪を示す証拠のほうが重要だと判断すれば起訴します。その過程では当然、内部で上司の決裁も受ける。そして裁判には有罪を裏づける証拠だけを提出し、無罪につながる可能性のある証拠は表に出さないことが多い。
『よけいな証拠を出せば、嘘つきの弁護士が騒ぎ出し、影響された裁判官が判断を誤りかねない』という、一種の親切心だとすら考えています。
要するに、検察は同じ法律家でありながら、裁判官や弁護士のことを見下しているんです。捜査に当たった自分たちだけが、裁判の前から真実を知っているという深刻な勘違いをしているのです。
袴田さんの再審無罪が確定した後、畝本直美検事総長が発表した談話は、裁判所の無罪判断も、証拠捏造の認定も受け入れず、冤罪そのものへの明確な謝罪もありませんでした。そこに、組織としての姿勢が表れていると思います。
今回、法制審議会が再審制度を骨抜きにする結論をまとめたのも、そうした検察の組織防衛でしかないのです」

袴田事件の無罪確定後、検事総長・畝本直美氏は「無罪判決は受け止める」としながらも、証拠捏造の認定には疑問を示し、冤罪への明確な謝罪はなかった
ちなみに、弟の無罪を信じて闘い続けた袴田さんの姉・袴田ひで子さん(93歳)は昨年、参考人として呼ばれた第2回法制審議会の場で委員ひとりひとりの目を見ながらこう訴えた。
「弟の巌が47年7ヵ月も苦労したことを、法務省の皆さまは人間としてどうかお考えいただきたい。再審法に不備があるのは明らかで、巌の苦労を今回の法改正につなげていただければ、巌も救われると思う」
その場にいた鴨志田氏が振り返る。
「答申が出た後、ひで子さんは『あのときの私が言ったことは、結局聞いてもらえていなかった。私たちのことなど眼中になかったんでしょうね......』と話されていて、本当に申し訳ない、情けない気持ちになりました」
だが、再審法改正の動きはまだ終わったわけではない、国会では昨年の議員立法に関わった議連が再び動き出し、法務省案とは異なる法案の再提出に向けて動き出している。検察の組織防衛のために無実の人が救われない、そんな悲劇を二度と繰り返さないために、こうした動きを支える世論の後押しが必要だ。
取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社
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