伝統の泳ぎ方「日本泳法」を愛するポーランド人が、憧れのニッポンで猛特訓!:世界!ニッポン行きたい人応援団
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イチオシスト
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ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(月曜夜8時)。毎回ニッポンを愛する外国人たちの熱い想いを紹介し、感動を巻き起こしています。
今回は、ポーランド人とハンガリー人の初来日の様子をお送りします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」剣道を愛すポーランド高校生兄妹
紹介するのは、ポーランド在住の日本泳法を愛するピョートルさん。

日本泳法は古式泳法とも呼ばれ、400年の歴史を持つ日本古来の伝統泳法。現在、全国に13の流派があり、そのほとんどが江戸時代に確立。元々は武士が川を移動したり、水上で戦うために生まれたといわれ、「水練」「水術」と呼ばれる武芸の1つとして発展しました。
水泳の歴史に興味があったというピョートルさん。調べていくうちに1932年のロサンゼルスオリンピックで、ニッポンの男子競泳陣が6種目中5種目で金メダルを獲得したことを知ったそう。その活躍の裏に、日本伝統の泳ぎ方である日本泳法があったのです。
ピョートルさんがインターネットでいつも見ているのは、日本泳法を行っている慶應義塾體育會水泳部葉山部門の動画。いつしか本や動画だけでは物足りなくなり、日本泳法の練習を開始。おそらく海外では初となる、日本泳法のチームも結成しました。そこで、練習を見学させてもらうことに。
練習メニューは、世界水泳の出場経験もある、コーチのパヴェウさんが作成。元々はピョートルさんが通うスイミングクラブのコーチでした。メンバーは誰もニッポンに行ったことはありませんが、慶應大学の動画を参考に練習中です。

まずは、基本的な「横泳ぎ」から。流れの速い川などでも疲れずに泳ぐことができる泳法です。続いて、急流を渡る時などに役立つ「大抜手」や、水中に忍んで前進する「蹴伸」、さらに「立ち泳ぎ」も。足は「巻き足」という動きで、昔の侍は立ち泳ぎをしたまま弓や銃を使ったそう。
仲間と日々練習に励むピョートルさん。いつかニッポンに行って日本泳法を練習し、色々な流派の泳ぎも見学したいと願っています。
そんなピョートルさんを、ニッポンにご招待! 水泳の先生であるパヴェウさんも同行し、約7年前に初来日を果たしました。
向かったのは、千葉県の鋸南町。こちらで、日本泳法の合宿に特別に参加させていただけることに。
2人を受け入れてくださったのは、都立日比谷高校OB・OGによる、神伝流一水会の皆さん。日比谷高校では、日本泳法の臨海合宿が120年以上前から行われているそう。ピョートルさんが動画で見ていた、日本水泳連盟の前・日本泳法委員長、日野明徳さんも参加してくださり、感動する場面も。

皆さんが着ているのは「水干」という昔の水着。平安時代の服装に由来し、江戸時代末期、水着としてこの形に。
まずは、泳いで近くの島を目指します。ポーランドの内陸に住む2人は、海で泳ぐのは初めて。波もあり、足もつかない海で、初めて日本泳法で泳ぎます。
海に囲まれたニッポンでは、古くから独自に泳ぐ技術が発達。自然の中で生まれた日本泳法は、速さを競う競泳とは違い、余分な力を使わず安全に泳ぎ続ける、命を守るための泳ぎ。巻き足などの技術はライフセービングにも受け継がれています。

20分後、練習の拠点となる小島に上陸。ピョートルさんは「すごく楽しいです! 日本泳法本来の姿を体感できました」と感動。パヴェウさんは、バタ足よりもあおり足の方が海水をとらえやすく感じたそうで、「日本泳法の一番大事なところを分かってくれた」と日野さん。
最初は、海の神様に安全を祈願する儀式「式泳」を。その後、2人のために神伝流の泳法を披露してくださいました。
代表的な泳法「真」は、推進力が高く、ひとかきで約3メートル伸びます。続いて、急流を泳ぎ切る時などに使う「片手抜」。かつて殿様などの前で披露した御前泳ぎ「諸手抜」を目にしたピョートルさんは、「波があるのに全然体が揺れないなんて!」と驚き!

空を飛ぶ雁の群れになぞらえた「雁行」は、一糸乱れぬハイレベルな集団泳法。2人も挑戦させていただくと、ピタリと合わせることができました。
こうして、初めて海での日本泳法を体験した2人。「すばらしい経験でした」(パヴェウさん)「自然の中で泳いで、初めて分かることがたくさんありました」(ピョートルさん)と大興奮でした。
その後は、2人も泊まる一水会の合宿所で、海鮮バーベキューを。初めて食べる伊勢海老に舌鼓を打ちました。
別れの時。「たくさんのことを教えていただき、なんとお礼を申し上げれば良いのか……」(ピョートルさん)、「この経験を今後に活かしたいと思います。本当にありがとうございました」(パヴェウさん)と、皆さんに感謝の言葉を伝えました。
この2年後の2019年、合宿地である千葉県鋸南町を台風が直撃。2人が宿泊した合宿所も被害を受けましたが、現在は修復し、2年前から合宿を再開。今年は30名ほどが参加し、お世話になったOB・OGの皆さんも元気に泳げたそうです!
続いて2人が向かったのは、慶應大学。こちらには、大学として全国で唯一日本泳法を行っている、慶應義塾體育會水泳部葉山部門があります。2人の熱意を伝えたところ、練習に参加させていただけることに。
早速、いつも動画で見ていた憧れのプールへ。監督の北島浩司さん、指導していただくOBの有吉伸久さんとOGの上妻沙紀さんにご挨拶を。

すると北島監督から、「ピョートルさんとパヴェウさんは資格審査を受けられるので、ぜひ頑張ってほしいと思います」との言葉が。なんと、年に一度の日本泳法の資格審査を特別に受けさせていただけることに! この審査に挑戦することは、2人の大きな夢でした。
練習できるのは3日間。まずは「一重伸」を泳ぎ、現状をチェックしていただくことに。
パヴェウさんの改善点は、視線が動くところ。肩越しに斜め後ろを見るというアドバイスをいただきました。動画を見ていただけでは気づけなかったポイントです。
資格審査での最重要ポイントは、日本泳法の基礎「あおり足」。膝と膝をしっかり閉じ、水を挟み込むと大きな推進力を生むのですが、ピョートルさんは膝が離れがちで、少し推進力が弱いよう。

床の上で足の練習をした方が早く上手になるとのアドバイスを受け、早速実践。忘れないうちに水中でも反復し、水をつかむ感覚を身につけます。
この日は、大切なあおり足を何度も練習し、パヴェウさんは、練習の甲斐あって泳ぎがスムーズに。一方のピョートルさんは、まだ膝が開いてしまいます。挟む感覚は分かってきたものの、そこに集中しすぎて姿勢や膝がぎこちなくなっているとの指摘が。
練習2日目も、課題のあおり足を特訓。みっちり練習し、ホテルに帰ってからもベッドの上で復習を。
そして最終日。資格審査は2種目行うため、この日は他の泳ぎも練習。ピョートルさんは、まだ不安の残る一重伸をおさらいします。すると有吉さんから、「少し休んだ方がいいかも」との言葉が。今までこれほど泳いだことがなく、疲れが溜まっていました。

大舞台に慣れているパヴェウさんに比べ、本番に弱いピョートルさん。「正直かなり不安です」と打ち明けると、「相手はいませんから、エンジョイ!」(有吉さん)「いつもの練習通りのことをしようと思ったらいい」(上妻さん)と励ましの言葉をいただきました。
いよいよ大会当日、会場となる長野県へ。審査が行われる日本泳法大会は、全国各地にある13の流派が一堂に会し、2日間にわたって行われます。海外在住の外国人が資格審査に挑戦するのは、史上初のことだそう。
2人が目指すのは、全7種の資格の第一歩となる「游士」の取得。自己申告した一重伸と、前日に指定された型の2種目を、20メートル泳ぎます。
1種目目は、2人とも一重伸。ピョートルさんは膝が離れてしまうのが課題でしたが、なんとか泳ぎ切ることに成功。一方、ポーランド代表選手だったパヴェウさんは泳ぎに余裕が。
2種目目、ピョートルさんは「両手伸」を。両手で水をかく、推進力の強い横泳ぎです。
ところが「両輪伸」と間違えてコールされてしまい、コールと型が違ってしまったため、最後にもう一度泳ぐことに。
パヴェウさんの2種目目は、最も速度が出る「片抜手」。こちらも難なく泳ぎ、最後にピョートルさんは再審査へ。緊張の中、泳ぎ切ることができました。

こうして、游士資格審査が終了。夕方の結果発表まで、スタンドから様々な競技を観戦します。そして廊下に結果が貼り出されると……2人とも見事合格! 「ニッポンでお世話になった皆さんのおかげです」とピョートルさん。
別れの時。「練習でたくさんのことを教えてもらい、そして大会まで参加させてもらえたことに心から感謝します」(パヴェウさん)、「ポーランドに帰ったら、日本泳法の楽しさをもっともっと広めていきたいと思います」(ピョートルさん)と、感謝の言葉を伝えます。
すると、合格のお祝いにと、葉山部門の皆さんから名前入りの水干のプレゼントが。游士のワッペンもつけていただき、皆さんに感謝を伝えました。
あれから7年。葉山部門は部員が10名増えて37名に。今年の夏は葉山から伊東まで65キロの遠泳を実施したそう。
一方、ピョートルさんは日本泳法を世界に広めたいと、「ナショナル・ジオグラフィック」に記事を掲載。現在は、世界各国の水泳の歴史をまとめた本を執筆中だそう。パヴェウさんは、スイミングスクールで水難事故の防止に役立つと、日本泳法の立ち泳ぎを指導しています。
ピョートルさん、パヴェウさんをご招待したら、日本泳法の魅力を世界に発信する架け橋になっていました!
続いて紹介するのは、ハンガリー在住の羊羹を愛するマリアンさん。

500年以上前からニッポンで親しまれている和菓子「羊羹」。もともとは、鎌倉時代に羊の汁物が日本に伝わった際、冷えて固まった煮こごりをおかずにしたのが始まり。その後、豆で代用するようになり、砂糖が加わり、お菓子として食べるようになったそう。
近年は、ドライフルーツをあわせた羊羹や、パンにのせて焼く羊羹も。「ネオ和菓子」という愛称で、欧米を中心に注目を集めています。
ニッポンにはまだ一度も行ったことがないというマリアンさんは、13年前から始めた茶道がきっかけで、様々な和菓子づくりに挑戦。中でも最も愛してやまないのが羊羹です。以前、マリアンさんの夫が「とらや」の羊羹を取り寄せてくれて以来、虜に。
早速、羊羹の作り方を見せてもらいます。まずは小豆を水に浸けるところから。豆を新鮮に保つため、10時間の間に3回水を換えないといけないとか。小豆にはあくがあるため、渋みを抜くのに重要な一手間です。
一晩浸けた小豆は、あくを取りながら茹で、指で潰れるまで軟らかくします。この小豆を潰してザルでこし、水分をしっかりしぼったら砂糖を加えて煮詰め、あんこの出来上がり。

続いて、寒天をお湯に溶かし、あんこと混ぜ、型に流して冷蔵庫で冷やすこと1時間。約14時間かけて羊羹が完成しました。
自作するほど羊羹を愛するマリアンさんを、ニッポンにご招待! 4年前、念願の初来日を果たしました。
向かったのは、東京の「とらや 赤坂店」。創業約500年、御所の菓子御用を長く務めていた名店です。マリアンさんの熱意を伝えたところ、開店前に案内していただけることに。
早速、「とらや」定番の羊羹「夜の梅」をいただきます。マリアンさんは「完璧です。食感が最高でした」と感動! 店長の玉井峰子さんによると、羊羹を提供する際は、昔からの測り方で八分(2.4センチ)の厚みに。美味しい食感を感じられる厚さだそう。
すると玉井さんから、八分を測ることができる職人道具、竹尺のプレゼントが! 「ここに来られた喜びや気持ちを胸に、これから羊羹づくりに励みたいです」と大感激のマリアンさんでした。
続いて、福島県二本松市へ。江戸時代からの製法を守り続け、全国菓子大博覧会の最高賞「名誉総裁賞」に輝いた名店「玉嶋屋」に向かいます。かつて二本松藩の殿様にも献上された「本煉羊羹」は、外はシャリッと中は滑らか。これが昔ながらの羊羹だとか。
現在は真空パックが主流ですが、玉嶋屋では竹の皮で直に包む、江戸時代から続くスタイル。糖分が空気に触れて結晶化し、周りをコーティングすることで中身が保護され、風味も損なわれないそう。
ここで、江戸後期の創業当初から続く伝統製法を見せていただくことに。原材料は昔から変えず、小豆と砂糖、寒天のみ。シンプルなだけに、その炊き方が重要になります。
まずは、一晩水に浸けた寒天をお湯で溶かし、そこにすかさず砂糖を。グラニュー糖と上白糖をミックスすることで、キレのある甘みとしっとり感をバランス良く出しています。砂糖が完全に溶けて沸騰したらふるいでこし、寒天に含まれていた細かいカスを取り除きます。
ここからが、羊羹づくりの真髄。火力の強さが特徴の楢の薪を追加し、火力を一気に上げ、水分を搾り取った「呉」と呼ばれる生餡を加えたら、20分ほど煮詰めていきます。11キロもの羊羹を練り上げる「閻魔べら」と呼ばれる巨大なへらに、マリアンさんはびっくり!
八代目の和田正孝さんによると、強い火で炊くのは、へら数を少なくして小豆のダメージを減らすため。小豆の風味が残り、甘さがあっさり仕上がるそう。
気温や湿度によって変わる羊羹の状態を見ながら、練ること20分。香り、見た目、手に伝わる感触を頼りに、工場長が最終確認。しっかり練ることですべてが一体となり、ツヤと滑らかさが出るのです。

ここで、ハンガリーに帰ってもできるようにと、少ない量で挑戦させてくださることに。羊羹を練るマリアンさんは「香りがたまりません。羊羹の蒸気を浴びるのは最高です」とうっとり。
煮詰めた羊羹は、固まり始める前に型に流します。使うのは、適度に水分を保持するという、代々使っている漆塗りの木型。ここに羊羹を入れて一晩、固まったところで型から出し、切り分けます。
一つ230グラムになるように切りますが、ここにも細やかな職人の技が。型に流した羊羹の高さが微妙に違うため、0.1ミリ単位で厚みを微調整。経験と勘で同じ重さにしているのです。
切り立てを特別にいただいたマリアンさんは「味も口当たりも素晴らしいです。もうここに住みたいぐらい!」と大絶賛。ご主人も「嬉しいです!」と笑顔がこぼれます。
切り分けられた羊羹は、昔から殺菌効果があるとされてきた竹の皮で包装。全て手作業で、羊羹が乾燥しないよう、素早く正確に包みます。竹の皮には適度に通気性があるため、一日経てば、表面にうっすらと砂糖の結晶が。
さらに、このお店から全国に広まった「玉羊羹」も見せていただきます。今から87年前に六代目の又吉さんが考案し、大ヒット。球状の玉羊羹をうっかり落としそうになるハプニングもありましたが、本練羊羹とはまた違う、つるんとした食感を楽しみました。
その夜は、和田さん一家が歓迎会を開いてくださいました。福島の郷土料理をいただきながら、ご家族との会話も弾みます。90歳になるという母・光子さんとも交流を楽しみました。

別れの時。お世話になった感謝を伝えるマリアンさんに、和田さんが「これからも羊羹づくりを頑張ってください」と、羊羹の型をくださいました。大喜びのマリアンさんは「必ず作った羊羹の写真をお送りします」と約束。
昨夜、楽しい時間を過ごした光子さんともハグを交わし、別れを惜しむマリアンさん。「どうかこの先も、この美しいお仕事が何世代も続きますよう願っております」と伝えました。
続いて向かったのは、島根県松江市にある1874年創業の「彩雲堂」。羊羹と錦玉羹を合わせた季節の和菓子が評判です。錦玉羹とは、餡を使う羊羹とは違い、寒天と砂糖で作る和菓子。多くの名店が、相性の良い羊羹と合わせて、季節感や様々な世界観を表現しています。
実はマリアンさん、錦玉羹を使った羊羹に興味があり、来日前に挑戦していました。ブルーベリーを混ぜた寒天を型で抜き、そこに溶かした寒天を注いで、さらに上から寒天でとじれば、お手製錦玉羹が完成。ところが、層が剥がれてしまうため「もっと勉強が必要です」と話していたのです。
早速、錦玉羹づくりを見せていただきます。この日、特別に作ってくださるのは、下が羊羹、上が錦玉羹の二層のお菓子。その中に、季節のモチーフを散りばめます。
まずは錦玉羹づくり。銅鍋に寒天と水を入れ、熱して完全に溶かし、純度の高い白ザラ糖を加えます。ここで取り出したのは、甘さを測る糖度計。実は異なる層を一体化させるには、それぞれの糖度を合わせることが基本。マリアンさんの錦玉羹が剝がれたのは、糖度が合っていなかったからなのです。
続いて、土台となる羊羹作り。今回は白餡を使用し、寒天の比率を多めにしてツルッとした食感に。糖度は、錦玉羹と同じ62度です。
季節のモチーフは、色をつけた白餡の羊羹を型に薄く流し、固めたもので作ります。今回は夏をテーマに、まだら模様の金魚と緑色の蓮の葉を。基本の5色を調合することで、あらゆる色を作り出せるそう。
そして、型に流す最も重要な工程へ。「種落とし」という道具を使い、錦玉羹を流し込みます。ここが、型から抜いた時に一番上にくる部分。そこに夏のモチーフを置き、土台となる羊羹を流します。
翌日、仕上がりを見せていただくと、夏の水辺に色とりどりの金魚が泳ぐ様子が。マリアンさんは「本当に美しい情景です」と感動!

ここでマリアンさんも、錦玉羹づくりに挑戦。ニッポンの春を桜と蝶で表現し、「春風」という名前に。“現代の名工”に選ばれた和菓子職人の方にも「上手くできましたね!」と褒めていただきました。
この後、六代目社長の山口周平さんが歓迎のお茶会を開いてくださることに。ハンガリーで裏千家の茶道を習い、茶の湯を通じて羊羹と出会ったマリアンさん。着物も手配していただき大感激!
お茶会ではマリアンさんのお菓子「春風」を出していただき、お点前を披露すると、お茶の先生からお褒めの言葉が。夢のような時間を過ごすことができました。
別れの時。社長から糖度計をプレゼントしていただいたマリアンさんは、「これを持っていたらプロの職人みたいです。皆さん本当にありがとうございます」と感謝を伝えました。
あれから4年。福島の「玉嶋屋」は、現在、日本橋にある福島県のアンテナショップにも本煉羊羹を卸しています。島根の「彩雲堂」は、今年で創業150周年。紅葉を表現した錦玉羹など、様々な新作を出しています。
一方、ハンガリーのマリアンさんは、地元の美術館と共同で茶道のイベントと茶室を運営。羊羹の普及に努めています。今でも毎日のように羊羹づくりをしているそうで、糖度計が大活躍。新作は、初夏の紫陽花を表現した錦玉羹です。さらに、伝統的な製法とモダンな幾何学模様を融合させた羊羹も!

最後にマリアンさんは「近いうちに、羊羹を皆さんに見せにもう一度必ずニッポンに行きます! 本当に……今すぐにでも行きたいです!」と話してくれました。
マリアンさんをニッポンにご招待したら、羊羹づくりの腕が上達し、その魅力を広める活動にも積極的に取り組んでいました!
月曜夜8時からは「世界!ニッポン行きたい人応援団」【剣道を愛すポーランド高校生兄妹】を放送!
▼ポーランド“日本祭り”
首都ワルシャワで開催された“日本祭り”の番組特設ブースに“剣道”を愛すバルトシュさんとヨアンナさんの高校生兄妹が応募。ご招待することに! 全国制覇25回を誇る強豪校・宮崎県立高千穂高等学校の強化合宿に特別参加! 同世代の日本人たちと切磋琢磨し己の腕を試す! しかし、兄妹2人に待ち受けていたのは、想像をはるかに超える厳しい稽古…乗り越えることはできるでしょうか!?
▼“竹刀”作りを見てみたい!
剣道に欠かせない道具“竹刀”。東京・江戸川区の「江戸川防具」で打ち心地の良さにこだわる“竹刀”を1本1本手作りする長崎達雄さんの匠の技を目の当たりに!
▼日本一の剣士・村上哲彦さんに会いたい!
22年の全日本選手権で日本一となった村上哲彦さんと対面&稽古してもらえることに! 技を受ける際は微動だにせず、攻撃の際は目にも留まらぬ速さ!その凄さとは…!?
今回は、ポーランド人とハンガリー人の初来日の様子をお送りします。
【動画】「世界!ニッポン行きたい人応援団」剣道を愛すポーランド高校生兄妹
日本泳法の資格審査に挑戦! しかし予期せぬ出来事が
紹介するのは、ポーランド在住の日本泳法を愛するピョートルさん。

日本泳法は古式泳法とも呼ばれ、400年の歴史を持つ日本古来の伝統泳法。現在、全国に13の流派があり、そのほとんどが江戸時代に確立。元々は武士が川を移動したり、水上で戦うために生まれたといわれ、「水練」「水術」と呼ばれる武芸の1つとして発展しました。
水泳の歴史に興味があったというピョートルさん。調べていくうちに1932年のロサンゼルスオリンピックで、ニッポンの男子競泳陣が6種目中5種目で金メダルを獲得したことを知ったそう。その活躍の裏に、日本伝統の泳ぎ方である日本泳法があったのです。
ピョートルさんがインターネットでいつも見ているのは、日本泳法を行っている慶應義塾體育會水泳部葉山部門の動画。いつしか本や動画だけでは物足りなくなり、日本泳法の練習を開始。おそらく海外では初となる、日本泳法のチームも結成しました。そこで、練習を見学させてもらうことに。
練習メニューは、世界水泳の出場経験もある、コーチのパヴェウさんが作成。元々はピョートルさんが通うスイミングクラブのコーチでした。メンバーは誰もニッポンに行ったことはありませんが、慶應大学の動画を参考に練習中です。

まずは、基本的な「横泳ぎ」から。流れの速い川などでも疲れずに泳ぐことができる泳法です。続いて、急流を渡る時などに役立つ「大抜手」や、水中に忍んで前進する「蹴伸」、さらに「立ち泳ぎ」も。足は「巻き足」という動きで、昔の侍は立ち泳ぎをしたまま弓や銃を使ったそう。
仲間と日々練習に励むピョートルさん。いつかニッポンに行って日本泳法を練習し、色々な流派の泳ぎも見学したいと願っています。
そんなピョートルさんを、ニッポンにご招待! 水泳の先生であるパヴェウさんも同行し、約7年前に初来日を果たしました。
向かったのは、千葉県の鋸南町。こちらで、日本泳法の合宿に特別に参加させていただけることに。
2人を受け入れてくださったのは、都立日比谷高校OB・OGによる、神伝流一水会の皆さん。日比谷高校では、日本泳法の臨海合宿が120年以上前から行われているそう。ピョートルさんが動画で見ていた、日本水泳連盟の前・日本泳法委員長、日野明徳さんも参加してくださり、感動する場面も。

皆さんが着ているのは「水干」という昔の水着。平安時代の服装に由来し、江戸時代末期、水着としてこの形に。
まずは、泳いで近くの島を目指します。ポーランドの内陸に住む2人は、海で泳ぐのは初めて。波もあり、足もつかない海で、初めて日本泳法で泳ぎます。
海に囲まれたニッポンでは、古くから独自に泳ぐ技術が発達。自然の中で生まれた日本泳法は、速さを競う競泳とは違い、余分な力を使わず安全に泳ぎ続ける、命を守るための泳ぎ。巻き足などの技術はライフセービングにも受け継がれています。

20分後、練習の拠点となる小島に上陸。ピョートルさんは「すごく楽しいです! 日本泳法本来の姿を体感できました」と感動。パヴェウさんは、バタ足よりもあおり足の方が海水をとらえやすく感じたそうで、「日本泳法の一番大事なところを分かってくれた」と日野さん。
最初は、海の神様に安全を祈願する儀式「式泳」を。その後、2人のために神伝流の泳法を披露してくださいました。
代表的な泳法「真」は、推進力が高く、ひとかきで約3メートル伸びます。続いて、急流を泳ぎ切る時などに使う「片手抜」。かつて殿様などの前で披露した御前泳ぎ「諸手抜」を目にしたピョートルさんは、「波があるのに全然体が揺れないなんて!」と驚き!

空を飛ぶ雁の群れになぞらえた「雁行」は、一糸乱れぬハイレベルな集団泳法。2人も挑戦させていただくと、ピタリと合わせることができました。
こうして、初めて海での日本泳法を体験した2人。「すばらしい経験でした」(パヴェウさん)「自然の中で泳いで、初めて分かることがたくさんありました」(ピョートルさん)と大興奮でした。
その後は、2人も泊まる一水会の合宿所で、海鮮バーベキューを。初めて食べる伊勢海老に舌鼓を打ちました。
別れの時。「たくさんのことを教えていただき、なんとお礼を申し上げれば良いのか……」(ピョートルさん)、「この経験を今後に活かしたいと思います。本当にありがとうございました」(パヴェウさん)と、皆さんに感謝の言葉を伝えました。
この2年後の2019年、合宿地である千葉県鋸南町を台風が直撃。2人が宿泊した合宿所も被害を受けましたが、現在は修復し、2年前から合宿を再開。今年は30名ほどが参加し、お世話になったOB・OGの皆さんも元気に泳げたそうです!
続いて2人が向かったのは、慶應大学。こちらには、大学として全国で唯一日本泳法を行っている、慶應義塾體育會水泳部葉山部門があります。2人の熱意を伝えたところ、練習に参加させていただけることに。
早速、いつも動画で見ていた憧れのプールへ。監督の北島浩司さん、指導していただくOBの有吉伸久さんとOGの上妻沙紀さんにご挨拶を。

すると北島監督から、「ピョートルさんとパヴェウさんは資格審査を受けられるので、ぜひ頑張ってほしいと思います」との言葉が。なんと、年に一度の日本泳法の資格審査を特別に受けさせていただけることに! この審査に挑戦することは、2人の大きな夢でした。
練習できるのは3日間。まずは「一重伸」を泳ぎ、現状をチェックしていただくことに。
パヴェウさんの改善点は、視線が動くところ。肩越しに斜め後ろを見るというアドバイスをいただきました。動画を見ていただけでは気づけなかったポイントです。
資格審査での最重要ポイントは、日本泳法の基礎「あおり足」。膝と膝をしっかり閉じ、水を挟み込むと大きな推進力を生むのですが、ピョートルさんは膝が離れがちで、少し推進力が弱いよう。

床の上で足の練習をした方が早く上手になるとのアドバイスを受け、早速実践。忘れないうちに水中でも反復し、水をつかむ感覚を身につけます。
この日は、大切なあおり足を何度も練習し、パヴェウさんは、練習の甲斐あって泳ぎがスムーズに。一方のピョートルさんは、まだ膝が開いてしまいます。挟む感覚は分かってきたものの、そこに集中しすぎて姿勢や膝がぎこちなくなっているとの指摘が。
練習2日目も、課題のあおり足を特訓。みっちり練習し、ホテルに帰ってからもベッドの上で復習を。
そして最終日。資格審査は2種目行うため、この日は他の泳ぎも練習。ピョートルさんは、まだ不安の残る一重伸をおさらいします。すると有吉さんから、「少し休んだ方がいいかも」との言葉が。今までこれほど泳いだことがなく、疲れが溜まっていました。

大舞台に慣れているパヴェウさんに比べ、本番に弱いピョートルさん。「正直かなり不安です」と打ち明けると、「相手はいませんから、エンジョイ!」(有吉さん)「いつもの練習通りのことをしようと思ったらいい」(上妻さん)と励ましの言葉をいただきました。
いよいよ大会当日、会場となる長野県へ。審査が行われる日本泳法大会は、全国各地にある13の流派が一堂に会し、2日間にわたって行われます。海外在住の外国人が資格審査に挑戦するのは、史上初のことだそう。
2人が目指すのは、全7種の資格の第一歩となる「游士」の取得。自己申告した一重伸と、前日に指定された型の2種目を、20メートル泳ぎます。
1種目目は、2人とも一重伸。ピョートルさんは膝が離れてしまうのが課題でしたが、なんとか泳ぎ切ることに成功。一方、ポーランド代表選手だったパヴェウさんは泳ぎに余裕が。
2種目目、ピョートルさんは「両手伸」を。両手で水をかく、推進力の強い横泳ぎです。
ところが「両輪伸」と間違えてコールされてしまい、コールと型が違ってしまったため、最後にもう一度泳ぐことに。
パヴェウさんの2種目目は、最も速度が出る「片抜手」。こちらも難なく泳ぎ、最後にピョートルさんは再審査へ。緊張の中、泳ぎ切ることができました。

こうして、游士資格審査が終了。夕方の結果発表まで、スタンドから様々な競技を観戦します。そして廊下に結果が貼り出されると……2人とも見事合格! 「ニッポンでお世話になった皆さんのおかげです」とピョートルさん。
別れの時。「練習でたくさんのことを教えてもらい、そして大会まで参加させてもらえたことに心から感謝します」(パヴェウさん)、「ポーランドに帰ったら、日本泳法の楽しさをもっともっと広めていきたいと思います」(ピョートルさん)と、感謝の言葉を伝えます。
すると、合格のお祝いにと、葉山部門の皆さんから名前入りの水干のプレゼントが。游士のワッペンもつけていただき、皆さんに感謝を伝えました。
あれから7年。葉山部門は部員が10名増えて37名に。今年の夏は葉山から伊東まで65キロの遠泳を実施したそう。
一方、ピョートルさんは日本泳法を世界に広めたいと、「ナショナル・ジオグラフィック」に記事を掲載。現在は、世界各国の水泳の歴史をまとめた本を執筆中だそう。パヴェウさんは、スイミングスクールで水難事故の防止に役立つと、日本泳法の立ち泳ぎを指導しています。
ピョートルさん、パヴェウさんをご招待したら、日本泳法の魅力を世界に発信する架け橋になっていました!
江戸時代から続く伝統製法の羊羹を学ぶ
続いて紹介するのは、ハンガリー在住の羊羹を愛するマリアンさん。

500年以上前からニッポンで親しまれている和菓子「羊羹」。もともとは、鎌倉時代に羊の汁物が日本に伝わった際、冷えて固まった煮こごりをおかずにしたのが始まり。その後、豆で代用するようになり、砂糖が加わり、お菓子として食べるようになったそう。
近年は、ドライフルーツをあわせた羊羹や、パンにのせて焼く羊羹も。「ネオ和菓子」という愛称で、欧米を中心に注目を集めています。
ニッポンにはまだ一度も行ったことがないというマリアンさんは、13年前から始めた茶道がきっかけで、様々な和菓子づくりに挑戦。中でも最も愛してやまないのが羊羹です。以前、マリアンさんの夫が「とらや」の羊羹を取り寄せてくれて以来、虜に。
早速、羊羹の作り方を見せてもらいます。まずは小豆を水に浸けるところから。豆を新鮮に保つため、10時間の間に3回水を換えないといけないとか。小豆にはあくがあるため、渋みを抜くのに重要な一手間です。
一晩浸けた小豆は、あくを取りながら茹で、指で潰れるまで軟らかくします。この小豆を潰してザルでこし、水分をしっかりしぼったら砂糖を加えて煮詰め、あんこの出来上がり。

続いて、寒天をお湯に溶かし、あんこと混ぜ、型に流して冷蔵庫で冷やすこと1時間。約14時間かけて羊羹が完成しました。
自作するほど羊羹を愛するマリアンさんを、ニッポンにご招待! 4年前、念願の初来日を果たしました。
向かったのは、東京の「とらや 赤坂店」。創業約500年、御所の菓子御用を長く務めていた名店です。マリアンさんの熱意を伝えたところ、開店前に案内していただけることに。
早速、「とらや」定番の羊羹「夜の梅」をいただきます。マリアンさんは「完璧です。食感が最高でした」と感動! 店長の玉井峰子さんによると、羊羹を提供する際は、昔からの測り方で八分(2.4センチ)の厚みに。美味しい食感を感じられる厚さだそう。
すると玉井さんから、八分を測ることができる職人道具、竹尺のプレゼントが! 「ここに来られた喜びや気持ちを胸に、これから羊羹づくりに励みたいです」と大感激のマリアンさんでした。
続いて、福島県二本松市へ。江戸時代からの製法を守り続け、全国菓子大博覧会の最高賞「名誉総裁賞」に輝いた名店「玉嶋屋」に向かいます。かつて二本松藩の殿様にも献上された「本煉羊羹」は、外はシャリッと中は滑らか。これが昔ながらの羊羹だとか。
現在は真空パックが主流ですが、玉嶋屋では竹の皮で直に包む、江戸時代から続くスタイル。糖分が空気に触れて結晶化し、周りをコーティングすることで中身が保護され、風味も損なわれないそう。
ここで、江戸後期の創業当初から続く伝統製法を見せていただくことに。原材料は昔から変えず、小豆と砂糖、寒天のみ。シンプルなだけに、その炊き方が重要になります。
まずは、一晩水に浸けた寒天をお湯で溶かし、そこにすかさず砂糖を。グラニュー糖と上白糖をミックスすることで、キレのある甘みとしっとり感をバランス良く出しています。砂糖が完全に溶けて沸騰したらふるいでこし、寒天に含まれていた細かいカスを取り除きます。
ここからが、羊羹づくりの真髄。火力の強さが特徴の楢の薪を追加し、火力を一気に上げ、水分を搾り取った「呉」と呼ばれる生餡を加えたら、20分ほど煮詰めていきます。11キロもの羊羹を練り上げる「閻魔べら」と呼ばれる巨大なへらに、マリアンさんはびっくり!
八代目の和田正孝さんによると、強い火で炊くのは、へら数を少なくして小豆のダメージを減らすため。小豆の風味が残り、甘さがあっさり仕上がるそう。
気温や湿度によって変わる羊羹の状態を見ながら、練ること20分。香り、見た目、手に伝わる感触を頼りに、工場長が最終確認。しっかり練ることですべてが一体となり、ツヤと滑らかさが出るのです。

ここで、ハンガリーに帰ってもできるようにと、少ない量で挑戦させてくださることに。羊羹を練るマリアンさんは「香りがたまりません。羊羹の蒸気を浴びるのは最高です」とうっとり。
煮詰めた羊羹は、固まり始める前に型に流します。使うのは、適度に水分を保持するという、代々使っている漆塗りの木型。ここに羊羹を入れて一晩、固まったところで型から出し、切り分けます。
一つ230グラムになるように切りますが、ここにも細やかな職人の技が。型に流した羊羹の高さが微妙に違うため、0.1ミリ単位で厚みを微調整。経験と勘で同じ重さにしているのです。
切り立てを特別にいただいたマリアンさんは「味も口当たりも素晴らしいです。もうここに住みたいぐらい!」と大絶賛。ご主人も「嬉しいです!」と笑顔がこぼれます。
切り分けられた羊羹は、昔から殺菌効果があるとされてきた竹の皮で包装。全て手作業で、羊羹が乾燥しないよう、素早く正確に包みます。竹の皮には適度に通気性があるため、一日経てば、表面にうっすらと砂糖の結晶が。
さらに、このお店から全国に広まった「玉羊羹」も見せていただきます。今から87年前に六代目の又吉さんが考案し、大ヒット。球状の玉羊羹をうっかり落としそうになるハプニングもありましたが、本練羊羹とはまた違う、つるんとした食感を楽しみました。
その夜は、和田さん一家が歓迎会を開いてくださいました。福島の郷土料理をいただきながら、ご家族との会話も弾みます。90歳になるという母・光子さんとも交流を楽しみました。

別れの時。お世話になった感謝を伝えるマリアンさんに、和田さんが「これからも羊羹づくりを頑張ってください」と、羊羹の型をくださいました。大喜びのマリアンさんは「必ず作った羊羹の写真をお送りします」と約束。
昨夜、楽しい時間を過ごした光子さんともハグを交わし、別れを惜しむマリアンさん。「どうかこの先も、この美しいお仕事が何世代も続きますよう願っております」と伝えました。
続いて向かったのは、島根県松江市にある1874年創業の「彩雲堂」。羊羹と錦玉羹を合わせた季節の和菓子が評判です。錦玉羹とは、餡を使う羊羹とは違い、寒天と砂糖で作る和菓子。多くの名店が、相性の良い羊羹と合わせて、季節感や様々な世界観を表現しています。
実はマリアンさん、錦玉羹を使った羊羹に興味があり、来日前に挑戦していました。ブルーベリーを混ぜた寒天を型で抜き、そこに溶かした寒天を注いで、さらに上から寒天でとじれば、お手製錦玉羹が完成。ところが、層が剥がれてしまうため「もっと勉強が必要です」と話していたのです。
早速、錦玉羹づくりを見せていただきます。この日、特別に作ってくださるのは、下が羊羹、上が錦玉羹の二層のお菓子。その中に、季節のモチーフを散りばめます。
まずは錦玉羹づくり。銅鍋に寒天と水を入れ、熱して完全に溶かし、純度の高い白ザラ糖を加えます。ここで取り出したのは、甘さを測る糖度計。実は異なる層を一体化させるには、それぞれの糖度を合わせることが基本。マリアンさんの錦玉羹が剝がれたのは、糖度が合っていなかったからなのです。
続いて、土台となる羊羹作り。今回は白餡を使用し、寒天の比率を多めにしてツルッとした食感に。糖度は、錦玉羹と同じ62度です。
季節のモチーフは、色をつけた白餡の羊羹を型に薄く流し、固めたもので作ります。今回は夏をテーマに、まだら模様の金魚と緑色の蓮の葉を。基本の5色を調合することで、あらゆる色を作り出せるそう。
そして、型に流す最も重要な工程へ。「種落とし」という道具を使い、錦玉羹を流し込みます。ここが、型から抜いた時に一番上にくる部分。そこに夏のモチーフを置き、土台となる羊羹を流します。
翌日、仕上がりを見せていただくと、夏の水辺に色とりどりの金魚が泳ぐ様子が。マリアンさんは「本当に美しい情景です」と感動!

ここでマリアンさんも、錦玉羹づくりに挑戦。ニッポンの春を桜と蝶で表現し、「春風」という名前に。“現代の名工”に選ばれた和菓子職人の方にも「上手くできましたね!」と褒めていただきました。
この後、六代目社長の山口周平さんが歓迎のお茶会を開いてくださることに。ハンガリーで裏千家の茶道を習い、茶の湯を通じて羊羹と出会ったマリアンさん。着物も手配していただき大感激!
お茶会ではマリアンさんのお菓子「春風」を出していただき、お点前を披露すると、お茶の先生からお褒めの言葉が。夢のような時間を過ごすことができました。
別れの時。社長から糖度計をプレゼントしていただいたマリアンさんは、「これを持っていたらプロの職人みたいです。皆さん本当にありがとうございます」と感謝を伝えました。
あれから4年。福島の「玉嶋屋」は、現在、日本橋にある福島県のアンテナショップにも本煉羊羹を卸しています。島根の「彩雲堂」は、今年で創業150周年。紅葉を表現した錦玉羹など、様々な新作を出しています。
一方、ハンガリーのマリアンさんは、地元の美術館と共同で茶道のイベントと茶室を運営。羊羹の普及に努めています。今でも毎日のように羊羹づくりをしているそうで、糖度計が大活躍。新作は、初夏の紫陽花を表現した錦玉羹です。さらに、伝統的な製法とモダンな幾何学模様を融合させた羊羹も!

最後にマリアンさんは「近いうちに、羊羹を皆さんに見せにもう一度必ずニッポンに行きます! 本当に……今すぐにでも行きたいです!」と話してくれました。
マリアンさんをニッポンにご招待したら、羊羹づくりの腕が上達し、その魅力を広める活動にも積極的に取り組んでいました!
月曜夜8時からは「世界!ニッポン行きたい人応援団」【剣道を愛すポーランド高校生兄妹】を放送!
▼ポーランド“日本祭り”
首都ワルシャワで開催された“日本祭り”の番組特設ブースに“剣道”を愛すバルトシュさんとヨアンナさんの高校生兄妹が応募。ご招待することに! 全国制覇25回を誇る強豪校・宮崎県立高千穂高等学校の強化合宿に特別参加! 同世代の日本人たちと切磋琢磨し己の腕を試す! しかし、兄妹2人に待ち受けていたのは、想像をはるかに超える厳しい稽古…乗り越えることはできるでしょうか!?
▼“竹刀”作りを見てみたい!
剣道に欠かせない道具“竹刀”。東京・江戸川区の「江戸川防具」で打ち心地の良さにこだわる“竹刀”を1本1本手作りする長崎達雄さんの匠の技を目の当たりに!
▼日本一の剣士・村上哲彦さんに会いたい!
22年の全日本選手権で日本一となった村上哲彦さんと対面&稽古してもらえることに! 技を受ける際は微動だにせず、攻撃の際は目にも留まらぬ速さ!その凄さとは…!?
記事提供元:テレ東プラス
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