【5年後を取材】病で包丁を置いたうなぎ職人…救ったのは妻の言葉と故郷での“第二の人生”:家、ついて行ってイイですか?
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イチオシスト
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イチオシ編集部 旬ニュース担当
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3月22日(日)に放送した「家、ついて行ってイイですか?」(毎週日曜夜8時50分)では、栃木・宇都宮市で出会った幸一さん(68)の家について行きました。
【動画】5年後を取材 病で包丁を置いたうなぎ職人…救ったのは妻の言葉と故郷での“第二の人生”& 波乱の人生を奏でるパイプオルガニスト

八幡山公園で、たくさんの家族と賑やかにお花見をしている幸一さんを発見!
お酒が入りご機嫌な様子で、「家、ついて行ってイイですか?」と尋ねると、「いいですよ!」と笑顔で即答してくれました。ありがとうございます!

隣には弟のひろしさん(62)もいて、幸一さんは「似てる?」とノリノリ(笑)。
2時間しっかりお花見を楽しんだ後、歩いて幸一さんのお家へ。

幸一さんは、創業21年の「あじでん」というとんかつ屋さんを弟家族と営んでいます。
お家は、ひろしさん宅のすぐ側。幸一さんは親戚全員に「トトロ」と呼ばれています。

お家に到着! 間取りは築6年の4LDKで大きなテーブルが置かれていますが、「暮れや夏になると座りきれない。最低でもこの人数集まる」と親戚一族の写真を見せてくれました。その数、なんと30人以上! しかし、これでも「ほんの一部」だそう。
リビングには、メダカと金魚の水槽も。
2階にもリビングがあり、そこに飾られていたのはパチンコのキャラクターのぬいぐるみ。妻・みねこさん(68)はパチンコが大好きで、「1年で320日くらい通う(笑)」と告白。
好きな台について、イキイキと語ります。

リビングには、みねこさんが作った「つるし雛」も飾られていました。カルチャースクールで教えてもらったそう。

冷蔵庫の中に、「菜花のからし和え」を発見! 味見をした取材Dは、「辛い! でも美味しい」とコメント。

この家に引っ越すまで、幸一さんご夫婦は東京で暮らしていました。幸一さんは鰻屋さん、みねこさんはパンを販売する個人店で働いており、「経営者同士が親戚で知り合った」そう。

最初のデートは箱根で、幸一さんがみねこさんにアタックしました。

幸一さんは実家が貧しく、中学卒業後、16歳で名店といわれる東京の鰻屋さんで働き始めました。46年にわたって勤務し、店を支える料理長として活躍。
当時の写真を見ると、トトロのように大きなお腹で、取材Dもびっくり!

「どうして痩せちゃったんですか?」と聞くと、「毎日200匹くらい鰻を捌いていて、その最中に手が震えだして…。首の神経がつまっていることが分かった」と幸一さん。
62歳の時に頚椎症性脊髄症と診断されました。手術は上手くいきましたが、包丁が握れない状態に…。体重も14kg減り、やむを得ず鰻屋さんを引退します。

幸一さんは家族を養うために警備員の仕事に就きましたが、「辛かった」と振り返ります。
「心の叫びが聞こえた」と、みねこさん。
仕事に馴染めなかった幸一さんは、兄弟や親戚のいる故郷・栃木へ。現在の住まいと仕事に落ち着きました。

鰻は今では趣味となり、冷蔵庫には、タレと蒲焼が。特別に、幸一さんお手製の鰻重をいただいた取材Dは、「美味しい!」と感動します。

取材中は常に明るく、笑顔が絶えない幸一さん。改めて、ステキな笑顔の秘密を聞くと、「持つものは妻だと思う」と一言。
「80歳まで生きるとしたらあと18年しかないから、お父さんが田舎に行きたいっていうなら、一緒に行ってもいいよ」と、移住に賛成したみねこさん。
「辛いとか嫌だなって事は意外と忘れちゃう。いいことだけ覚えている」と話します。
最後に幸一さんは、「笑って後悔はないと思いますよ」と最高の笑顔に!
そして、この取材から5年後…再び幸一さんのお家を訪ねました。続きはぜひTVerで。
日曜夜8時50分からは、「家、ついて行ってイイですか?」を放送!
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▼電車旅と俳句愛する文学女子の趣味
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八幡山公園で、たくさんの家族と賑やかにお花見をしている幸一さんを発見!
お酒が入りご機嫌な様子で、「家、ついて行ってイイですか?」と尋ねると、「いいですよ!」と笑顔で即答してくれました。ありがとうございます!

隣には弟のひろしさん(62)もいて、幸一さんは「似てる?」とノリノリ(笑)。
2時間しっかりお花見を楽しんだ後、歩いて幸一さんのお家へ。

幸一さんは、創業21年の「あじでん」というとんかつ屋さんを弟家族と営んでいます。
お家は、ひろしさん宅のすぐ側。幸一さんは親戚全員に「トトロ」と呼ばれています。

お家に到着! 間取りは築6年の4LDKで大きなテーブルが置かれていますが、「暮れや夏になると座りきれない。最低でもこの人数集まる」と親戚一族の写真を見せてくれました。その数、なんと30人以上! しかし、これでも「ほんの一部」だそう。
リビングには、メダカと金魚の水槽も。

2階にもリビングがあり、そこに飾られていたのはパチンコのキャラクターのぬいぐるみ。妻・みねこさん(68)はパチンコが大好きで、「1年で320日くらい通う(笑)」と告白。
好きな台について、イキイキと語ります。

リビングには、みねこさんが作った「つるし雛」も飾られていました。カルチャースクールで教えてもらったそう。

冷蔵庫の中に、「菜花のからし和え」を発見! 味見をした取材Dは、「辛い! でも美味しい」とコメント。

この家に引っ越すまで、幸一さんご夫婦は東京で暮らしていました。幸一さんは鰻屋さん、みねこさんはパンを販売する個人店で働いており、「経営者同士が親戚で知り合った」そう。

最初のデートは箱根で、幸一さんがみねこさんにアタックしました。

幸一さんは実家が貧しく、中学卒業後、16歳で名店といわれる東京の鰻屋さんで働き始めました。46年にわたって勤務し、店を支える料理長として活躍。
当時の写真を見ると、トトロのように大きなお腹で、取材Dもびっくり!

「どうして痩せちゃったんですか?」と聞くと、「毎日200匹くらい鰻を捌いていて、その最中に手が震えだして…。首の神経がつまっていることが分かった」と幸一さん。
62歳の時に頚椎症性脊髄症と診断されました。手術は上手くいきましたが、包丁が握れない状態に…。体重も14kg減り、やむを得ず鰻屋さんを引退します。

幸一さんは家族を養うために警備員の仕事に就きましたが、「辛かった」と振り返ります。
「心の叫びが聞こえた」と、みねこさん。
仕事に馴染めなかった幸一さんは、兄弟や親戚のいる故郷・栃木へ。現在の住まいと仕事に落ち着きました。

鰻は今では趣味となり、冷蔵庫には、タレと蒲焼が。特別に、幸一さんお手製の鰻重をいただいた取材Dは、「美味しい!」と感動します。

取材中は常に明るく、笑顔が絶えない幸一さん。改めて、ステキな笑顔の秘密を聞くと、「持つものは妻だと思う」と一言。
「80歳まで生きるとしたらあと18年しかないから、お父さんが田舎に行きたいっていうなら、一緒に行ってもいいよ」と、移住に賛成したみねこさん。
「辛いとか嫌だなって事は意外と忘れちゃう。いいことだけ覚えている」と話します。
最後に幸一さんは、「笑って後悔はないと思いますよ」と最高の笑顔に!
そして、この取材から5年後…再び幸一さんのお家を訪ねました。続きはぜひTVerで。
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記事提供元:テレ東プラス
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
