尾崎将司さんお別れ会に野球界から多くの参列 王貞治氏「いろんな意味で型破りな人」、原辰徳氏「憧れでありヒーロー」
イチオシスト
昨年12月23日にS状結腸がんのため死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列し、実施された一般献花には大勢のファンが列を作った。
尾崎さんは徳島・海南高(現海部高)の野球部エースとして1964年の春のセンバツに出場し、初出場初優勝を飾った。翌年にプロ野球西鉄ライオンズ(現西武)に投手として入団。一軍で活躍したが、外野手転向も経てわずか3年という短期間でプロ野球選手としてのキャリアにピリオドを打ち、プロゴルファーに転身した。
70年のプロテストで合格すると、その後はジャンボの愛称で男子ツアー人気の立役者に。青木功、中嶋常幸とともにAON時代を築いた。プロ113勝(国内94勝)という前人未到の記録を打ち立てている。まさに“野球界が生んだゴルフのスーパースター”だった。
お別れの会には野球界からも多くの関係者が参列した。福岡ソフトバンクホークスの王貞治会長は「いろんな意味で型破りな人だったからね。まさかこんな形で、早く旅立ってしまうとは思わなかった。もっともっと、たくさんの人を育てて、厳しい目で見て指導をしてほしかった」としのんだ。
「甲子園で優勝した時から、将来、我々の世界に入ってくるんだろうなと思っていた。残念ながらゴルフに行ったけれど、こんなにすごい選手になるとは思っていなかった。だから、ものすごく頑張ったんじゃないかな。ゴルフ界で彼がムーブを作った。功績が大きい。これからは戦うことはないだろうから、とにかく安らかに、我々を待っていてほしいなと思います」と話した。
読売ジャイアンツのオーナー付特別顧問の原辰徳氏は「ジャイアンツのキャンプによく来られた。研究の強いジャンボさんと一緒になってバッティングケージで打ったりした。ファイティングスピリットがありました。野球から転身されて、プロゴルファーの人たちは度肝を抜かれたはず。長きにわたって日本を代表するプロゴルファーであり、我々の憧れであり、ヒーローでした」と語った。
野球界では他にも山本浩二氏、田淵光一氏、江本孟紀氏、江川卓氏、鈴木健氏、山崎裕之氏、東尾修氏らも参列した。
<ゴルフ情報ALBA Net>
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