「最後は『行ってきます』だった」最愛の母を津波で亡くした女性 紫の髪に込めた“明るくいたい”という思い:家、ついて行ってイイですか?
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イチオシスト
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3月8日(日)に放送した「家、ついて行ってイイですか?」(毎週日曜夜8時50分 ※3月15日は夜6時30分)では、東京・新宿にある1人カラオケ店で出会った、りささんの家について行きました。

【動画】「最後は『行ってきます』だった」最愛の母を津波で亡くした女性 紫の髪に込めた“明るくいたい”という思い
「めっちゃ暇だった」とカラオケ店に来た理由を教えてくれたりささん。カメラの前で安室奈美恵さんの曲を歌い、見事な美声を聞かせてくれました。
岩手・山田町から上京し、まつエクサロンで働いているりささん
「家、ついて行ってイイですか?」と聞くと、「うわ、出た出た! 家はちょっとキツいですね~。恥ずかしい…」と苦笑いするりささん。しかし取材Dに「1時間で終わる…」と粘られると、「1時間…大丈夫です!」と、どうやら押されてしまった様子(笑)。
ありがとうございます!

お家は1Kで、壁には大好きなゴールデンボンバーと綾野剛さんのポスターがたくさん貼られています。ゴールデンボンバーのメンバーでは、特に喜矢武豊のファンだそう。
紫の髪が特徴的なりささんは、「(髪色が)明るい方が落ち着く。常に気持ちを明るくしていたい」と話します。

冷蔵庫には、おばあちゃんのレシピで作った大量のキムチが!

ここで、卒業アルバムとお母さんとの写真を発見します。りささんは、母子家庭で育った1人っ子。「お母さんは亡くなりました。震災で…」と重い口を開くりささん。
お母さんは海に近い職場で働いており、「流されて、職場よりも遠いところで見つかった」と話します。

当時のりささんは小学校6年生で高台の学校にいたため、津波自体は見ていないそう。
家も高台にあったため、祖父母は無事でした。
「町の状況は、津波でガソリンスタンドが爆発して、学校から下は真っ赤でした。酷かった…。夜になって公衆電話から母の電話にかけたらつながらなかった。1週間経ってから…(お母さんが見つかった)」。
知り合いから「お母さんに似ている」と連絡が来たそうですが、りささんは「(気持ちの整理が追いつかなくて)信じたくなかった。遺体安置所に入りたくなかった…」と話し、涙ぐみます。
「そこから何日かして(お母さんが)棺桶に入って戻ってきた。今でも忘れられない…その時初めて泣きました」。
親子で最後に交わした言葉は、「行ってきます」「行ってらっしゃい」。「まさかそれが最後になるとは思わなかった…」。

「どの家庭よりも、お母さんと仲が良い自信がありました。デリケートな話も全部言えちゃう」。
がれきで覆われていた町が片付いてきたのは約4年後、りささんはすでに高校生になっていました。「砂利とかがある“道じゃない道”を歩いていた。あちこちに立ち入り禁止のロープが張られていた」。何年経っても、当時の町並みと震災の記憶が鮮明に残っています。

震災以降、りささんは祖父母に育てられましたが、「美容師の国家資格を取得した姿も、お母さんに見せたかった」と話します。
そんなりささんが、辛くてどうしようもない時に出会ったのがゴールデンボンバーでした。「何かあった時は、金爆! 元気づけられるし、テンションが上がる!」とにっこり。
最後に取材Dが「喜矢武豊さんと綾野剛さん、彼氏にするならどっち?」と聞くと、「えーどうしよう! めっちゃ迷う…」と悩んだ挙げ句、出した答えは…

1人カラオケで出会ったりささんの家について行ったら…過去を乗り越えて明日に向かうゴールデンボンバー好きな女性の話が聞けました。
日曜夜6時30分からは、「家、ついて行ってイイですか?」を放送!
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記事提供元:テレ東プラス
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