既成概念を排した新鮮な表現 【コラム 音楽の森 柴田克彦】
イチオシスト
咋今の日本のクラシック・ピアノ界では、日本およびアジア系の男性奏者の一部がアイドル的な人気を集めている。その是非はさておき、そうした喧騒(けんそう)から一歩離れた位置に立つ名手もいる。その1人が三浦謙司だ。
三浦は、2019年ロン・ティボー国際音楽コンクールで優勝し、ロンドンのウィグモア・ホール、ベルリンのコンツェルトハウスといった一流の舞台で演奏を重ねている実力者。1993年神戸に生まれた彼は、一時期アラブ首長国連邦で過ごし、13歳で単身渡英。ロンドンで学んだ後、ベルリンの音楽大学に入学し、現在はドイツで暮らしている。
そんな彼が、「Heimatハイマート」=「故郷」とは何か? という問いを、音楽を通じて掘り下げたのが、今回ご紹介する通算2枚目のCD「Heimat/故郷」である。
そこで彼が「故郷」に選んだのは、最も長く住んでいる「ドイツ」であり、自身「このアルバムは、『選び取った故郷』という概念への音の手紙」と語っている。
ここには、ドイツに生まれた3人の大作曲家、ベートーベン、シューマン、ブラームスの作品が収録されており、日本盤のみのボーナスとしてブラームスとシューマンの小品が加えられている。
最初はベートーベンの「熱情」ソナタ。作曲者のピアノ曲の中でもとりわけ激情的な作品だが、三浦は力や勢い任せに陥らず、1音1音が明確でニュアンスに富んだ演奏を展開している。
お次はシューマンの代表作の一つ、「子供の情景」。この曲は、三浦が「父親になった今では、愛する子どもが成長していく姿を見守る親の眼差しから描かれているように感じられる」と述べているように、その演奏にも丁寧な造作の中に優しさが横溢(おういつ)している。
最後はブラームスの「7つの幻想曲」作品116。作曲者最晩年の枯淡の境地を示す曲集の一つだが、ここにはまだ情熱が残っている。しかし一方でどうにもならない寂寥(せきりょう)感も湛(たた)えている。この演奏はそうした対比が素晴らしく、作曲者晩年の心象が自然と浮き彫りにされる。ちなみに最後の三つの小品も素敵(すてき)なアンコールの趣だ。
いずれも既成概念を排して一から音楽を構築した新鮮な表現と言っていい。これは三浦の音楽性の深さを如実に示す好盤だ。

柴田克彦(しばた・かつひこ) 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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