AKB48坂川陽香(ひゆか)「目立つことが好きで、全校生徒の前で『恋するフォーチュンクッキー』を踊りました」【連載 なんで令和にAKB48? Season2】
イチオシスト

2005年(平成17年)12月8日に秋葉原で産声を上げたAKB48。前田敦子、高橋みなみ、小嶋陽菜、篠田麻里子、大島優子、指原莉乃ら数々のスターを生み出し、誰もが知る国民的アイドルグループとなった。
あれから20年、数々の伝説を作ったAKB48劇場は昨年末に完全リニューアルされ、それに合わせておよそ9年ぶりのオリジナル公演がスタート。そしてグループとして再び東京ドームに立つという目標が掲げられた。そんななかで現役メンバーは何を思うのか? 今、AKB48を見る意味とは?
昨年3月よりスタートした若手インタビュー連載に続いて、在籍6年以上のメンバーに話を聞く「なんで令和にAKB48? Season2」がスタート。
第5回は2019年12月28日に13歳でチーム8福井県代表メンバーとしてお披露目された坂川陽香(さかがわ・ひゆか)。前編は活発だった子供時代や、オーディションのことなどを語ってもらった。
【新劇場のレポートが好評で選抜メンバーに】――最初に皆さんの活動におけるターニングポイントを聞いています。
坂川 やっぱりファンの方によく言われるのは、一昨年の年末、AKB48劇場が新しくなった時のレポートをひとりで任されたときです。
それまで地元の福井ではひとりでロケをしたり、ラジオ番組を持たせていただいたり、しゃべることは得意だったんですけど、なかなか皆さんの前で披露することがなくて。
新劇場のレポートで「陽香ちゃん、こんなしゃべれるんだ」とか、「こんな性格してるんだ」とか、新しい発見をしていただいたことで、ファンの方も増えて、他でもMCを任せていただけるようになりました。そこが個人的にターニングポイントだったと思います。
――どういうきっかけでやることになったんですか?
坂川 それがわからないんですよね。スタッフさんから前日の夜に台本が送られてきて、私のセリフはないだろうなと思っていたら、全部が「坂川」って書いてあって! びっくりしたんですけど、とにかくやるしかないと。
しかも本番は電波の不具合で、メンバーとのかけ合いがなくなり、ソロでのレポートになっちゃったんです。ちょっとパニックになりましたけど、なんとかうまくやることができました。
そのおかげで『まさかのConfession』では初めて選抜に入ることができたのかなと思っています。
――そのおかげかもしれないですね。それでは坂川さんの子供時代からふり返っていきましょう。
坂川 昔から活発で、3つ上の兄がやっていた演劇のステージに勝手に上がって、めっちゃ怒られたり(笑)。5歳ぐらいのことで、自分ではあまり記憶にないんですけど。
まわりからも「可愛いね」と育てられたので、自信がついちゃったのか、目立ちたがりでしたね。人見知りもしないですし、学校で副会長に立候補して選ばれたり。
――そこは会長じゃないんだ。
坂川 目立ちたいんですけど、そこまでガッツリではなく、ほどよく目立ちたいタイプだった気がします。
――夢中になっていたことは?
坂川 今もですが、絵を描くことにハマっていました。近所のお姉ちゃんがめちゃめちゃ絵が上手で、マネして描いていたら、クラスのスローガンが書いてあるポスターに描く絵を任されたり、書道も習っていたので字も書いたり。
――クラスでは中心のタイプだったんじゃない?
坂川 小学生の頃はそうだったかもしれないです。私が提案したことに、みんなも賛成してくれて、盛り上がってみたいな。
でも、中学からは思春期っぽくなっちゃって、変に目立つと恥ずかしいなって、人前に出るのを拒んじゃったり。その頃は本当に控えめでした。
――AKB48との思い出は?
坂川 小学生の頃に全校生徒の前で『恋するフォーチュンクッキー』を踊ったことがあります。みんなで踊る企画があって、教える役でした。ダンス経験もないけど、やってみよう精神で立候補しました。事前に覚えて、みんなに教えましたね。
――すごいガッツですね。そもそもAKB48を初めて見たのはいつぐらい?
坂川 保育園のときです。秋葉原にあったAKB48カフェにも行ったことがあります。当時はギャルでキラキラした感じのともちん(板野友美)さんがすごい好きでした。大島優子さんも好きでした! オーディションのときは指原莉乃さんと答えたんですけど。
――全然違うじゃないですか。
坂川 卒業されてからもバラエティーに出たり、MCをやられたり、プロデューサーになったり、私の理想像で、指原さんみたいになれたらめちゃめちゃかっこいいなと。
――もともとアイドル志望ではあったんですよね?
坂川 保育園の頃はめちゃめちゃ憧れていたんですけど、小学校に入って、まわりが堅実な仕事に憧れるようになっていたこともあり、私の将来の夢もアナウンサーでした。
――そこからAKB48を受けたのは?
坂川 応募はお母さんがしてくれました。オーディションの2日前、「明後日オーディションあるから行ってきてね」と言われて。「何の?」って聞いたら、「AKB」とだけ。
「AKBが福井でオーディションやるわけないやん」と返したら、「県の代表のオーディションをやっていて、書類も通ったから」って。書類を送っていたことも知らないし、「なんだそりゃ」とは思いましたけど、「経験として行ってみな」と言われて。
――お母さんは積極的なんですね。
坂川 昔やりたくてできなかったことを、子供にはさせてあげたいみたいな考えらしく。あと、私は昔から人前に立つのが好きだったのも知っていたので。
――オーディションはどうでしたか?
坂川 ダンス審査の曲が『47の素敵な街へ』だったんです。事前に発表されて、動画を探したんですけど、踊っているシーンが見つからず、ほぼぶっつけ本番で臨みました。
――すごい度胸ですね!
坂川 当日、先生も教えてくれたんですけど、まわりはもう踊れているんですよ。「これはヤバイ」と思って、本番ではとにかく笑顔で元気に踊りました。振りとか間違えてもいいから、とにかく笑っていようって。そしたら審査の方から「いいね!」と言ってもらえたんです。
――笑顔で必死に踊ったら受かったんだ。
坂川 そうなんですよ。面接も終わって「名前をお呼びした方だけ残ってもらいます」って私の番号だけ呼ばれて。
まさかと思いましたし、私以上にお母さんが驚いて「どういうこと?」って(笑)。「うちもわからん」と、ふたりとも意味のわからない状態でスタッフさんからの説明を聞いてましたね。
――すぐに東京へ来ることになったの?
坂川 チーム8は「地元にいる」みたいなコンセプトで、私もそれなら受けてもいいなって思ったんです。東京への憧れはもちろんあったけど、まだ中1だったし、ひとりで東京に馴染めるかと言われたらやっぱり怖くて。福井から通うかたちだとうれしいなって。
【お仕事のたびに片道3時間半かけて東京へ】――デビュー公演は覚えていますか?
坂川 「その雫は、未来へと繋がる虹になる。」の前座で『星空を君に』をひとりで披露しました。振り入れでめっちゃ怒られていたんですよ。
事前に映像を渡されて「覚えてきてね」と言われたんですけど、全然できなくて......。東京でレッスンをしていたんですけど「本当にやばいよ?」と言われ、デビューできないかもしれないと不安になりました。
それがめっちゃ悔しくて、鏡と向き合って毎日練習して、また東京へ行ったときに先生に見てもらったら「できてるじゃん!」って。あと自分の取り柄は表情とか明るさだと思っていたので、そこを一番意識してパフォーマンスをしました。
――お披露目してどうでした?
坂川 仲の良い友達が「めっちゃすごいね。スターになれるやん!」とホメてくれてうれしいなって。活動をもっと頑張ろうと思いましたね。
――福井から東京へ通うって大変じゃなかったですか?
坂川 片道3時間半ぐらいかかるので、忙しいときはホテル生活でした。食事はコンビニで、中学生じゃ考えられない生活を送っていましたね。
――坂川さんはチーム8に途中加入でしたよね?
坂川 デビューした直後にコンサートがあって、覚えが遅いのに先輩方と同じスピードで振りを覚えなきゃで大変でした。
―――まわりのチーム8メンバーはもう5年ぐらい活動していましたもんね。
坂川 スキルが高いメンバーさんも多くて、かっこいいなと思うのと同時に、自分がそこに並べる日は来るんだろうかという不安もありましたね。
でも最年少だったこともあり、先輩方がかわいがってくださって、心配はすぐになくなりました。
――チーム8にちゃんと馴染めたなと感じたのはいつぐらい?
坂川 最後のチーム8コンサートですかね。レッスン期間で一緒に時間を過ごす機会が多くて。あとは、ゆいゆい(小栗有以)さんがこのコンサートには、こういう歴史があって、ラストだから、みんなで力を合わせて頑張ろうとか。そういう気持ちを聞かせてもらったり、ステージに出ているときに目が合ったりとか。私もちゃんとチーム8の一員になれたんだって思いましたし、最後の『47の素敵な街へ』を披露したときにみんなが涙してるのを見て、チーム8に入ってよかったなと思いました。
――学業との両立は大変じゃなかった?
坂川 高校の先生がどうやったら単位を取れるか調整してくださったり、友達も課題をわかりやすいように教えてくれたり、まわりに恵まれました。学業よりもAKB48の活動に苦労したことの方が多かったですね。
リハーサルに全然参加できなくて、送られてくるビデオを見て、家でひとりで練習して、コンサートの前日か当日に合わせたり。不安なままステージに立つことも多かったです。
先輩方から「すごいね」みたいな感じで声をかけてもらうんですけど、自分的には必死に覚えて踊っている感じで、自分の表現を出すまでは行けてなかったというか......。パフォーマンス力はまだまだだったと思います。
――北陸新幹線を盛り上げる「かがやきちゃん」をやっていましたよね?
坂川 2024年に福井まで新幹線が開通するとなって、「かがやきちゃん」という新幹線をイメージしたキャラクターになって、街ブラロケをやらせてもらったんですよ。
インパクトのある見た目ではっちゃけるキャラクターだったので、そこから吹っ切れて、何でもやります精神になれた気がします。その経験も新劇場のレポートに活きたのかなと。
――坂川さんといえば、AKB48でない新グループを作るテレビ企画「OUT OF 48」のオーディションにも参加していました。
坂川 あれは私が活動に悩んでいた時期で、AKB48ではあまり仕事がないし「このまま続けていていいのかな?」と思っていました。なにかきっかけがあったら全力で挑戦したいと思って、参加させていただきました。
オーディションはめっちゃキツくて。AKB48とは違うテイストの楽曲をやる必要があったし、メンバー同士の戦いだったので、加入したときのオーディションを思い出しました。
わくわくもありましたけど、本当にプレッシャーでした。ここで落ちたら今までの頑張りが水の泡だと思っていたので、これに賭けていました。そのときも福井から通っていて、グループ審査は家で練習して、当日に他のメンバーと合わせることも多かったんです。不安もありましたけど「やるしかない!」という気持ちでした。 (後編に続く)
【連載「なんで令和にAKB48?」は木曜日更新。ユニットUNLAMEの活動や、今後の夢などを語る後編は1月22日公開!】

●AKB48
2005年(平成17年)12月8日、秋葉原のAKB48劇場で1期生お披露目。
2025年12月4日に21期生がデビュー!
2026年2月25日に67thシングル発売! 4月3日~5日「AKB48 春コンサート」を国立代々木競技場 第一体育館で開催!
最新情報は公式ホームページをチェック。
●坂川陽香(さかがわ・ひゆか)
2006年10月7日生まれ、福井県出身
身長160cm
Nickname=ひゆか
公式X【@Hiyuka_1007】
公式Instagram【@hiyuka_sakagawa.1007】
徳永羚海との冠レギュラー番組「AKB48の"れみひゅー"って知ってる?~大木の声 天下統一!~」(BSSラジオほか)など多くのラジオ番組で活躍中。
取材・文/関根弘康 撮影/篠田直人
記事提供元:週プレNEWS
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