山田太一作品を次世代へ継承する 「山田太一のバトンを繋ぐ会」発足 【リポート後篇】
イチオシスト
「山田太一のバトンを繋ぐ会」は、文字通り山田太一の作品とその資料を次世代へ継承することを目的とした会である。山田太一さんの次女の長谷川佐江子さんが代表を務め、テレビマンユニオンのプロデューサー、合津直枝さん、山田さんの長女の宮本理江子さん(「風のガーデン」「最後から二番目の恋」などを手掛けている演出家)、長男の石坂拓郎さん(「るろうに剣心」「レンタル・ファミリー」などの撮影監督)で構成されている。

活動のはじまりを佐江子さんは振り返る。
「父の書斎や書庫には、約2万冊の蔵書、自作のシナリオ、小説、戯曲はもちろん、作品づくりのメモや資料、録画したビデオテープ、CD、やりとりした手紙など膨大な遺品がありました。これをどうしたらいいのか。どこかの業者や団体に丸ごとお任せするか、自分たちでやるか。私は自分たちでやりたいと。姉や弟は忙しいので、私がやるしかないと思ったのですが、どこからどう手をつけたらいいのかわからない。そこでまず、向田邦子さんの資料が展示されている『かごしま近代文学館』(鹿児島県)や、市川森一さんのシナリオルームがある『諫早図書館』(長崎県)などを訪ねて学芸員の方に話を聞き、他にも東京にあるいろいろな作家さんの記念館を見て勉強させていただいたんです。これが初めの1年でした」
テレビマンユニオンの合津直枝さんは、山田太一さんとは40年来の親交があり、太一さんが亡くなった約1年後、山田さんの“文通”を切り口にしたドキュメンタリー「山田太一からの手紙」を撮った(NHK Eテレ、2024年11月9日放送)。この制作のために、山田さんの家族とやりとりする中で、佐江子さんの苦闘を知り、ドキュメンタリーの仕事が終わったところで、サポートとして参加することになった。佐江子さんにとって、合津さんはまさに救いの神だった。
「合津さんは向田邦子没後40周年イベントの総合プロデューサーもされている方なので、たいへん嬉しく、心強かったです。これは父の計らいなのかもしれないと思ったりしました」
合津さんはこの活動の参加に「バトンを受け取った」責務のようなものを感じたという。
「2年前、友人でもある宮本理江子さんから『父に会う?』と連絡をもらい、太一さんにお目にかかりました。太一さんからいただいた32通のお手紙を携え、『これらのお手紙にどんなに励まされたか』とお礼を申し上げることができました。聞いてくださる太一さんの瞳は強い輝きを放っていました。勝手な思い込みですが、何かを託された気がしました。その5日後、理江子さんから太一さんの訃報が届いたんです」
佐江子さんが思ったとおり「太一さんの計らい」に間違いないと思えてくる話だ。
活動するには当然ながら資金が必要になる。幸いにも、公益財団法人「放送文化基金」からイベント事業部門から助成を受けることができた。
「そのために、会の名前が必要になるので『山田太一のバトンを繋ぐ会』として、正式に発足しました」
こうして先述のとおり、長谷川佐江子さんが代表を務め、合津直枝さん、宮本理江子さん、石坂拓郎さんというベストの布陣でチームが組まれた。
≪「次の世代に何かを渡していくことが、生き方の中心にあるべきだと思うんです」≫
佐江子さんと合津さんは2025年1月から膨大な遺品の数々の整理を開始、そんなときに、2月に入って放送ライブリーから今回の『山田太一 上映展示会』の提案があった。
「嬉しかったです。ここを目指して展示の整理にあたりました」
そんな作業の中、思いもよらないものを発見する。それは動き始めた二人に対しての山田太一さんからのメッセージのようでもあった。佐江子さんはこうふりかえる。
「資料を整理する中で、父が書いた戯曲『流星に捧げる』(2006年)のプログラムをたまたま見たら、演出の木村光一さんと父との対談が掲載されていて、こんな言葉がありました。
『次の世代に何かを渡していくということが、僕はやっぱり生き方の中心にあるべきだと思うんですね』
『自分の幸福も大事だけれど次の世代に何かを渡していく、前の世代と次の世代の、自分はつなぎ目なんだという意識が、今、少なすぎるんじゃないか。次の世代への関心だけでなく、過去に対する敬意というものも薄い』
『過去は現在より広大で深いものですから、過去に関心をもたないというのはものすごくもったいないことだと思うんです』
ああ、父も“繋いでいく”ことを大切に思っていたんだ、と。私たちは正解だったと二人で喜びましたね」

合津さんはこう語る。
「山田さんは、『テレビドラマは放送したら終わりだ』ということをインタビューなどではおっしゃっていましたが、やはり終わってしまったらさみしいという想いが内心の深いところではあったんだなと」
それと同時に山田太一さんが2023年に亡くなったとき、テレビ界における山田太一さんへの敬意のなさに深い憤りを抱いたという。
「1970年代から80年代というのは、テレビドラマがもっとも輝いていて、注目されていた時代だったと思います。作家でいうと、向田邦子さん、倉本聰さん、市川森一さん、早坂暁さん、そして山田太一さん。山田さんはその時代を牽引していたお一人でした。その山田さんが2年前に亡くなったときに、テレビで山田さんの功績をふりかえる番組は、NHKの『クローズアップ現代』の他にはほとんどなく、山田さんのドラマの再放送も数えるほどで、あれだけテレビドラマを光輝かせていた山田さんが亡くなったのに……。むしろ、『月刊ドラマ』『キネマ旬報』『ユリイカ』といった出版界のほうが山田さんの功績を丁寧に振り返ってくれていました」
佐江子さんも「父が亡くなってみて、父の無念を代わりに感じています」と語るが、同じ想いを抱いた山田太一ファンは少なくないだろう。
「今年(2025年)は放送100年だそうですが、山田さんが丁寧につくってきた多くのドラマが、いまなかなか見られない状況にあるのは残念でたまりません。それをなんとかしたい、そういう想いで活動に臨んでいます」と合津さんは決意を新たに語る。
今後の活動の予定は以下のとおりだ。
〇資料(ドラマ、戯曲直筆原稿、読者ノートほか)を早稲田大学演劇博物館に順次寄贈。
〇作品上映 早稲田大学演劇博物館主催で山田作品を連続上映。
〇書斎の再現 10~18歳まで過ごした神奈川県湯河原町の町立図書館に再現予定。山田作品が湯河原でも視聴できるよう計画中。
〇小説の直筆原稿を神奈川県近代文学館に寄贈予定。
※すでに山田太一さんの母校、神奈川県立小田原高校の中等教育資料館に「山田太一コーナー」が常設されている。(入場無料。事前予約制)

上記の活動と共に、膨大にある資料の内容を、検証・精査中だという。
「私たちができることはちっぽけでしかない。みなさんの力を借りて、その裾野を広げていただければと思っています」と合津さんは話す。最終的には、山田さんの資料がオンラインで閲覧できるサイトや、「山田太一作品がここに行けば見られるという場所」がつくれたら、という夢はあるが、まずは各局の再放送や、DVD、配信の充実化を呼びかけていき、上映会などの企画も考えていくそうだ。
≪次の時代に繋ぐ人がいなければ、やがて忘れられてしまう現実≫
山田太一さんの作品のタイトルに倣っていえば、「時は立ちどまらない」し、「人は大切なことも忘れてしまう」のが、シビアな現実なのだろう。
テレビドラマに限らず、映画でも文学でも音楽でも、どんなに素晴らしい内容で、受け手の魂をゆさぶるような力がある作品であっても、それを次の時代に繋ぐ人がいなければ、その作品は時代と共に、やがて忘れられてしまう。
現在、我々が接することができる“芸術”が存在するのは、それらを忘れていいのか、それではダメだ、そうはさせないと抗った人たちの努力によるものだろう。「山田太一のバトンを繋ぐ会」には、そういう強い信念が窺える。
山田太一ドラマが、放送当時に見た人たちの記憶だけにとどまり、やがて忘れられていくのであれば、それは「もったいない」を超えて、テレビ文化の、いや日本文化の「恥」であると私は言いたい。
「山田太一のバトンを繋ぐ会」の活動はとても重要である。裾野が広がっていくように、我々も応援していきたい。
取材・文=前野裕一 制作=キネマ旬報社 制作部
記事提供元:キネマ旬報WEB
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