【モーリー・ロバートソンの考察】静寂は特権? 現代社会に定着しつつある「音」と「階級」の残酷な相関関係
イチオシスト
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、現代社会に広がり始めた新たな「階級格差」について考察する。
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米ニューヨークのマンハッタンやブロンクスといった地域には、もともと多くの移民やマイノリティが暮らしていました。
ストリートではラテン音楽やヒップホップが大音量で鳴り響き、窓を開け放って会話を楽しむ。その騒がしさが人々にとっての安堵感であり、文化そのものでした。
しかし、白人の富裕層が移り住んでくるようになったエリアでは、その空気が変わっていきます。
特に1990年代~2000年代にかけて、新参の富裕層は地域の不動産価格・家賃相場をつり上げただけでなく、「うるさい」という苦情が行政を動かし、騒音を規制する条例が強化され、「静寂」が持ち込まれた。街は清潔で静かな、しかしどこか無機質な空間へとつくり変えられていきました。
ある地域に、経済的に豊かな階層が流入し、再開発が進んで地価や物価も上昇し、街自体が"上流化"することを「ジェントリフィケーション」といいます。
その結果、もともとの住民が街の隅に追いやられたり、流出を余儀なくされたりするケースがよく知られていますが、ニューヨークの場合、街の「音」に大きな変化が生じたのです。
なぜこの話を持ち出したかというと、「音」と「階級」の残酷な相関関係は、現代において、また違った形で加速しているからです。
スティーブ・ジョブズは自分の子供が一定の年齢になるまでiPadの使用を制限し、ビル・ゲイツも子供のスクリーンタイムを厳しく管理していたといわれます。彼らはデジタルデバイスがいかに時間を奪うか、いかに生きる上での"ノイズ"となりえるかを知っているのです。
今、アメリカのスーパーリッチたちはデジタルの喧騒から身を守るために、「接続しない権利」という究極の贅沢を「買う」傾向が強まっています。森の中にオフグリッドの別荘を買い、隅々までIoT化された家をあえてアナログに戻してまで、静寂を守ろうとしています。
では、その一方で、"持たざる者"には何が起きているか。昨今隆盛する動画配信サービスでは、無料あるいは低料金プラン利用者は強制的に大量のCMを見せられます。
お金がなければ、時間を奪われる。富裕層が静寂の中で思索を深めている間に、庶民は情報の洪水にのまれる。新しい形の搾取構造です。「静かであること」は富裕層だけの特権であり、ステータスなのです。
このいびつな構造は、日本でも静かに定着化しつつあります。例えば、観光地。
円安によるおトク感を最大限に求めるインバウンド客が有名な都市・スポットに集中し、オーバーツーリズムが生じているのに対し、一部の富裕層は"普通の外国人"にまだ見つかっていない、そしてほとんどの日本人も見向きもしないような地方の静かな宿泊地に、手つかずの静寂を求め、高額な対価を払って訪れています。
社会は巨大なテーマパークと化し、多くの人々はキャスト、あるいはノイズにまみれた観客として消費されています。目の前で騒ぐ外国人への怒りやいら立ちは本質ではありません。
われわれをノイジーなデジタル空間に閉じ込め、思考停止にさせることで、年間6兆円以上の富を「デジタル赤字」として吸い上げるグローバルなメガプラットフォームの構造こそがその"本丸"のはずです。
記事提供元:週プレNEWS
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