【天玉そば】もはや国宝。老舗大衆そば店「かめや」で食べる元祖天玉そば:パリッコ『今週のハマりめし』第215回
イチオシスト
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
新宿で朝食を食べられる店を探していた。
1日の乗降客数が世界一とも言われる駅の近辺だから、早い時間だけどいくらでも店はあるだろう。仕事がら、どこか目新しい店でも探して入ってみようかな。なんて思って歩いていたが、思い出横丁の「かめや」に空席があるのを見たら、もうだめだった。吸い寄せられずにはいられない。

「かめや 新宿店」
戦後の闇市に端を発する思い出横丁は、駅前の一角に古い建物がぎゅうぎゅうに並び、多くの飲食店が営業する名物スポット。かめやは、そのまんなかくらいにある。L字型のカウンターのみの小さな店で、席はほぼ屋外。だけどここが1971年創業の老舗で、常に客足の耐えない人気店だ。
また、そばに天ぷらと温泉玉子をのせた「天玉そば」発祥の店とも言われ、かめやと言えばの名物だ。当然僕も、席に着くなりそれを注文。1日にその作業を何度くり返しているかわからない調理人さんの手つきは流れるように鮮やかで、30秒もかからず僕の目の前に到着。

様式美
思えばずいぶん久しぶりの、かめやの天玉だな。大学を卒業してすぐに入った会社が東新宿にあり、当時は毎晩のように新宿で飲んでいたし、朝までになることも珍しくない。そんなとき、24時間営業のかめやはありがたく、早朝にすするシメの一杯はなんともうまかった。
もう20年も前のことで、もはやそんな遊びかたをする元気はないけれど、今もかめやは同じ場所にあって、こうして天玉そばを提供してくれている。街の風景も価値観も目まぐるしく変化する世の中において、"変わらずあってくれる"という、ただそのことのありがたみが、あまりにも重い。

「天玉そば」
かつては300円台くらいだった記憶があるが、今は税込560円。それでも令和のこのご時世に、新宿駅前のこの場所で提供されていることが、信じられない価格であることは間違いない。
どんぶりのそばの上に、かなり標高が高く、色白でどこか色気すらあるかき揚げ。かたわらに、しっかりと形をたもつ温泉玉子。ざくざくっと切られたねぎ。そう、これこれ。
さっそくつゆをひと口飲んで、全身が覚醒した。理由は単純明快。ものすっごくうまいから! まず、だしの香りが鮮烈で、かなり強い。そのベースがきりりとした印象を作りながらも、優しい甘みもある味わいのバランスが神がかっている。かつての僕はこんなうまいものを、まぬけづらで「うめー!」なんて言いながら食べていたのか。この深みがきちんとわかるようになったのならば、自分の人生も無駄ばかりではなかったのかもしれない。

こんなにうまかったんだ
立ち食い系らしきちょいボソ食感ながらきちんと歯ごたえもある麺も、このつゆとばっちり合っている。
さらにかき揚げ。看板には「天麩羅は揚げ立て」とあるが、厳密にはそうではない。客の回転が早すぎるのと、天玉そばが名物であるゆえ、基本ひっきりなしにかき揚げを揚げてはバットに並べてあり、そこから提供するというスタイルだ。なので、ちょっと冷めているけどザクザク感はちゃんと残っている。その衣が熱いつゆと融合していく過程に、えも言われぬエモみがある。
途中、僕の隣に座った常連らしき先輩が、「天せいろ。天ぷら、あったかいので」と注文していたのにもしびれたな。僕にはまだその注文は早い。

お楽しみの温玉
玉ねぎを中心に、にんじんや春菊などが入る野菜のかき揚げ。香ばしさと野菜の甘さがたまらない。やっぱり好きだな、そもそも、僕はかき揚げそばが。
しばし食べすすめたところで、お楽しみの温玉をかき揚げにのせて崩す。事あるごとに書いているが、僕は生玉子をつゆに直接落とした、いわゆる月見スタイルが個人的にあまり好きではない。理由は、つゆがにごり、ぬるくなることと、最終的に全部飲み干さないと玉子を食べきったかどうかわからないのが釈然としないから。だけど、玉子は嫌いではないというか、大好物だ。その点、この絶妙な固まり具合の温玉こそが最適解とも言える。さすがは元祖。
とろりと溶け出した黄身と白身が、つゆの染みた衣に融合してゆく。もはや芸術品。国宝。ひたすらに無心ですする。ずっと幸せ。ありがとう、かめや。

もちろんメニューはいろいろある
ふと顔を上げてメニューを見ると、天玉そばには「ダブル」もあるようだ。プラス100円の660円で、かき揚げが2枚になるという大サービスっぷり。けど、ただでさえ器の高さからはみ出しまくっているかき揚げをここにもう1枚のせたら、一体どういうことになっちゃうんだろうか? とても食べきれる自信はないけれど、一度でいいから見てみたい。若いころに気づいてチャレンジしておくべきだったか。
取材・文・撮影/パリッコ
記事提供元:週プレNEWS
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