青切符導入を前に取り締まりが厳格化!? キーワードは「危険性帯有」 自転車の違反で"クルマの免停"が急増中!!
イチオシスト

大阪府では道路交通法の改正と2023、24年と2年連続で自転車事故の死者数が全国最多を記録したことを背景に取り締まりを強化。今年に入って395人が免許停止処分となっている(27年は19人)
2026年4月に「青切符」が導入され、自転車の交通違反の取り締まりの厳格化が見込まれる中、さらに衝撃的なニュースが飛び込んできた。
今年、大阪府警では悪質な自転車運転を理由とした自動車運転免許の停止処分が、昨年比20倍超の395件に急増しているのだ。その法的根拠は、道交法が定める「危険性帯有」。自転車政策の大転換期にある日本で、今、何が起こっているのか?
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【「自転車政策の大転換期」に突入】2026年4月、自転車に「交通反則通告制度」、通称「青切符」が導入されることが話題になっている。
これまで自転車での悪質違反に適用されるのは刑事罰(赤切符)のみで、軽微な違反者も裁判が必要になるという不公平感・非効率性が課題となっていた。
青切符導入はこうした課題を解消し、取り締まりの実効性を上げ、高止まりする自転車に起因した交通事故件数の減少を目指すものだ。
一方、自転車を取り巻く交通環境と、交通ルールの煩雑さから、「安全に走ろうとしたら違反だった」「知らず知らずのうちに違反していた」というケースが多発することが懸念されている。
いったいなぜ、日本の自転車の交通環境は不十分で、ルールがこれほどまでにわかりにくいのだろうか。
衆議院議員公設秘書の経験を生かして自転車関連の立法にも携わり、現在はNPO法人「自転車活用推進研究会」の理事長を務める小林成基氏はその歴史的経緯を以下のように語る。
「1960年代後半、世界的なモータリゼーションの進展に伴い、交通事故が激増。日本でも年間1万6700人ほどが、交通事故で命を落としていました。
特に当時は道路インフラが貧弱で、車道を走る自転車は危険にさらされていました。そこで70年、道路交通法が改正され、自転車の歩道通行を認めたのです。
実はその背景には、一時的に自転車を車道から切り離し、しかるべきインフラの整備をした後に、再び車道に戻すという意図がありました。
ところがさまざまな努力もあって事故が減ると『自転車の車道からの排除が効果的だった』と誤認され、自転車道の整備はなおざりにされてしまった経緯があるのです」

小路の多い京都でも、昨年、悪質自転車などを取り締まる京都府警の自転車チームが発足。1年間で1000件超を検挙
そして、そもそも車両である自転車に歩道通行を認めたことが、「自転車は歩行者の一部」という誤解を生み、自転車の交通ルールを複雑化させる結果になったのだという。
「こうした矛盾を解消するため、警察庁は07年に『自転車安全利用五則』を定め、まず『車道は左側通行』『歩道は歩行者優先』など、基本的なルールを改めて周知しました。
さらに22年にはこの五則が改定され、『車道が原則、左側を通行』と、より厳格に自転車が車両であることを明確化したのです。
そして今年9月には、自転車への青切符導入を前に、『自転車ルールブック』を公開しました。しかし、このルールブックはA4判で50ページ以上もある。
これが現在の自転車のルールの複雑さを端的に表していると思います。そもそも、自転車は子供だって使う乗り物なのに、ルールがこんなページ数になるというのがおかしいんですよ」
このように「自転車は歩道を走るもの」から「自転車は車両の一部」へと、政策が大転換し、さらにはクルマと同じく青切符も導入されることになったのが、日本の自転車政策の現状なのだ。
【悪質自転車違反で免停が20倍超に】そんな中、気になるニュースが耳に入ってきた。大阪府警では昨年11月に施行された改正道路交通法による自転車の酒気帯び運転などへの罰則強化や、2年連続の自転車死亡事故ワーストへの対策などを背景に取り締まりを強化。
今年に入って、自転車での悪質運転を理由とした運転免許停止が、なんと昨年比の20倍超に当たる395件(24年は19件)にも上っていることが明らかになったのだ。
いったいなぜ、自転車での違反行為がクルマの免許停止につながってしまうのか。
こうした処分に対して、クルマの免許を持つ側からは不公平感が生まれるとの声も上がる。また、自転車の違反で運転免許の取り消しや停止がありえるなら、自転車に乗ることが怖くなってくるが......。
「自転車の側から見ると、そう思えるかもしれません。しかし、これはクルマの免許制度そのものの『立て付け』から生まれる処分なのです」
そう指摘するのは交通問題に詳しい高山俊吉弁護士だ。
「一般に免許の取り消しや停止は、交通違反の点数によるものと理解されているでしょう。読者の皆さんにも、速度違反などで6点が付され、免停になった経験をお持ちの人がいるかもしれません。ただ、道路交通法では、こうした点数以外にも、免許の取り消しや停止にできる例を定めているのです」
それは「危険性帯有」という考え方だという。
「道路交通法第103条1項8号には『免許を受けた者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがある』場合、免許の取り消しや停止が可能であるとしているのです。こうした状況を『危険性帯有』、そして危険を生じさせる者を『危険性帯有者』と呼びます。
ここで法律に例示されている危険性帯有者は、一定の病気の人、薬物常用者ほか、自動車の運転技術を用いて重大な罪を犯す人などですが、実は当局はこの部分に『自転車による危険な運転』も含めるという考え方を採用しているのです」
つまり、当局は「自転車で重大な違反をする運転者」を、「クルマの運転時にも交通の危険を生じさせるおそれが多分にある者(危険性帯有者)」と見なし、運転免許の取り消しや停止処分を行なうことがあるのだ。
「今回、大阪府警の発表では、処分を受けた自転車の違反は、酒酔い運転や酒気帯び運転が主。いずれも免許停止となっています。しかし、前述のように、法律の上ではさらに重い取り消し処分もありえる。
また、例えば自転車で車道に飛び出して結果的にクルマの事故を誘発させたり、車道をわざとゆっくり走るあおり運転で交通を妨害したりといった違反も、同様に処分を受ける可能性はあります」
なるほど。となると、今回の運転免許の停止処分は、自転車の青切符制度とは直接の関係はない......?
「はい、直接には無関係です。しかし当局は新たなルールを導入するとき、取り締まりを強化して社会の注目を集める手法を多く採用してきました。
今回は特に自転車事故が目立つ大阪府警での例ですが、来年の自転車青切符導入に際し、自転車の安全指導に力を入れていることをPRする意味合いから、ほかの都道府県でも『自転車での違反に伴う運転免許停止』処分が大規模に行なわれる可能性は考えられます」
【線引きが曖昧な危険性帯有の適用】ただ、高山氏はこうした危険性帯有の適用が際限なく広がってしまうことに危機感を抱いているという。
「危険性帯有は『運転者としての適格性を欠く』ということですが、ではその『適格』とはどういうことなのか。
例えば、激高しやすい、自分の運転技術を過信するといった運転者としての適格性の有無や程度をどこで線引きするのかが曖昧です。
免許の取り消しや停止は、場合によってはその人のなりわいや生活を脅かす可能性もある重い処分。それが現場の警察官の判断だけで処理されるのは、いささか危険です」
もしこうした処分に不満があれば、どうするべきか?
「納得できなければ、審査請求や行政訴訟といった対応手段はあります。しかし、たとえ行政訴訟に持ち込んでも、裁判官は警察の判断を採用しがちで、処分の取り消しを勝ち取るのは容易ではありません。
もし警察当局がこうした危険性帯有による免許停止といった処分を続けるのであれば、行政は『どんな違反が該当するか』を明確化すべきです。
そうでなければ、自転車の取り締まりや指導そのものにも不信感が増し、交通安全という当初の目的から遠ざかることになりかねません」

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一方、前出の小林氏は、自転車での違反による運転免許の停止処分には一定の理解を示しながらも、やはり自転車を取り巻く環境の整備が急務であると訴える。
「例えば『車道用の信号、歩行者用の信号、どちらを守るか』ですらほとんどの自転車利用者が理解できていない中で、違反したら即反則金では納得を得られない。
警察庁もよくわかっていて、前出のルールブックでも『指導警告』による安全教育を主眼として、検挙の対象は事故の原因となるような、『悪質な違反』に限定すると明言しています。
そのため、軽微な違反はまずはその場での指導となり、いきなり摘発されるという事態にはならないはずです。
一方で飲酒運転、酒気帯び運転など明らかな犯罪行為や、取り締まりからの逃亡といった行為に対しては、行政はこれまで以上に厳しくなります。
ただ、国と行政には、自転車の交通ルールをもっとわかりやすくすること、加えて自転車が安全に走れる交通環境の実現に向けた努力が求められていると思います。
複雑で世界一わかりにくいともいわれる日本の道路交通法を、小学生でもわかるようシンプルかつ明確にする必要があるでしょう」
危険な自転車への処罰だけでなく、自転車が安全に走れる環境の実現に向け、国と警察当局のいっそうの尽力をお願いしたい。
取材・文/植村祐介 写真/時事通信社 共同通信社
記事提供元:週プレNEWS
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