エイズパンデミック:エイズウイルスはどのようにして世界中に広がったのか?(後編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
イチオシスト

エイズウイルス命名の経緯は? ヒトに病気を起こすレトロウイルスを世界で初めて発見したのは日本人だった!
新型コロナやSARSとは違い、エイズは「物語」として語り継がれている。では、そのエイズを最初に発見したのは誰なのか? また日本人との意外な関係とは!?
※前編はこちらから
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【原因ウイルスの同定】アメリカ大陸にたどり着いた後、エイズウイルス(ヒト免疫不全ウイルス/HIV)は全世界に拡散された。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)の報告によると、2023年までに約8500万人がHIVに感染し、4000万人がエイズで死亡したと推定されている。推定されるHIV感染症による総死者数は、新型コロナによるそれの5倍以上である。そして現在も、約3900万人がHIVに感染したままで生きている。
55話で詳しく紹介しているが、HIV感染症はいまだに「根治」することができない。つまり、一度HIVに感染してしまうと、一生HIVと一緒に生きていかなければならないことを意味する。感染しても基本的に「根治」するCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)やインフルエンザとの決定的な違いはここにある。
――1981年の夏、サンフランシスコと同じく、アメリカ・カリフォルニア州にある大都市ロサンゼルスで、5人のゲイが同時に「カリニ肺炎」という非常にレアな病気を発症し、それが論文で発表された。感染症が疑われ、その原因探しが世界中で、特にアメリカとフランスで進められた。
そして1983年、フランス・パリにあるパスツール研究所のふたりの研究者、リュック・モンタニエとフランソワーズ・バレシヌシが、エイズの原因ウイルスを発見・同定した。
しかし同時に、アメリカ・メリーランド州にあるアメリカ国立がん研究所に在籍するロバート・ギャロも、それを発見したと報告した。
――どちらが先なのか? どちらが本物なのか?
これはフランスとアメリカの政府レベルでの論争となったが、最終的には、「ギャロが発見したと報告したウイルスは、フランスのグループから提供されたサンプルが混入(コンタミネーション)したものである」と結論づけられた。
これにより、フランスのモンタニエ、バレシヌシ両氏が、エイズの原因ウイルスの発見者として認定されており、このふたりには2008年にノーベル生理学・医学賞が授与されている。
【「エイズウイルス」命名の経緯と、その前日談】また、これはあまり知られていないが、フランスのグループは当初、このウイルスを「リンパ節症関連ウイルス(lymphadenopathy associated virus; LAV)」と命名していた。
一方、ギャロ率いるアメリカのグループは、これを「ヒトT細胞指向性ウイルス3型(human T lymphotropic virus III; HTLV-III)」と命名している。
これについては、フランス政府とアメリカ政府の間で長いこと協議がなされ、1987年に、「ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus; HIV)」を正式名称とするということで合意された。
......と、これでエイズウイルスの命名については片がついたが、ひとつまだ疑問が残る。そう、「なぜギャロは、HTLV-『III』という名前をつけたのか?」である。エイズウイルスが「III」だったのであれば、「I」と「II」はなんだったのか?
HTLV-IIも、実はギャロが発見している。それでは、HTLV-Iは?
【ヒトに病気を起こす初めてのレトロウイルス!】HTLV-Iを見つけたのは、日本人である。
九州・沖縄地方には、「T細胞」という免疫細胞が白血病(がん)になる、「成人T細胞白血病」という風土病がある(これは現在もある)。この病気を見つけたのは、京都大学の高月清教授と内山卓教授。
そして1981年、その原因ウイルスである「ヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus I; HTLV-I)を見つけたのが、京都大学ウイルス研究所(当時)に在籍していた、日沼頼夫教授である。
HTLV-IはHIVと同じく、「レトロウイルス」に分類されるウイルスである。ヒトに病気を起こすレトロウイルスはそれまで知られていなかったため、HTLV-Iの発見はつまり、「ヒトに病気を起こす初めてのレトロウイルスの発見」を意味していた。
この発見は快挙であり、ノーベル賞に充分に値するものだと私は思うのだが、残念ながら、モンタニエ、バレシヌシ両博士との同時受賞とはならなかった(ちなみに、同時受賞した3人目は、子宮頸がんの原因ウイルスであるヒトパピローマウイルスを発見した、ドイツのハラルド・ツア・ハウゼン博士)。
余談だが、日沼先生は、私が京都大学に在籍していたときのボスのボスである。つまり、私の京都大学時代の元ボスは日沼先生の弟子であり、私は日沼先生の孫弟子にあたる。
そして最後にさらに余談だが、実はHIVにもふたつの型があり、それらはそれぞれHIV-1とHIV-2と、アラビア数字で1、2と番号がついている。しかしなぜか、HTLVには、I、II、IIIというローマ数字で番号がついている。
これがなぜなのか、私もその理由はまだわからない。HTLVの専門家に何度か聞いたことがあるが、明確な回答はまだ得られていない。
なんの根拠もないが、私は、日沼先生やギャロを含めたHTLVの研究者たちは実は、イギリスのロックバンド「レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)」のファンだったのではないかな、と密かに思っている。
文/佐藤 佳
記事提供元:週プレNEWS
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