サッカー日本代表のブラジル戦、大逆転の理由と初勝利の価値を考察
イチオシスト

ブラジルに初勝利した日本代表。「史上最強」との呼び声も高いが、W杯優勝という目標達成にはレベルアップが不可欠だ
10月14日、東京スタジアム。来年6月の北中米W杯に向け、森保一監督率いるサッカー日本代表は、ひとつの快挙を果たしてみせた。歴史上、一度も勝てていなかったブラジル代表を、0-2から3-2と派手な逆転劇で打ち負かしたのである。
試合終了直後、ブラジル代表のカルロ・アンチェロッティ監督は日本ベンチを一瞥もせず、一目散にロッカールームへ戻っていった。日本ベンチからは選手たちが全員飛び出し、祝祭のように喜び合っていた。スタジアム全体が数万のファン・サポーターの熱気に包まれ、その場にいられる喜びを噛み締めているようだった。
「ハーフタイムで少し戦術を変えて、後半は僕が使った言葉で言えば〝殴りに行った〟感じ。その結果、逆転できたので、サッカーって本当にわからないと思いました」
右ウイングバックでプレーした堂安 律は、そう言って胸を張った。戦いの転換こそ、逆転劇が起きた理由だ。
2点をリードされた後半、日本は立ち上がりからプレスの強度を上げ、相手をつかまえた。前へ、前へという姿勢で、ボールに食らいつく。それを嫌がったブラジルがボールを前に運べず、臆して後ろへ下げ、経験の浅いセンターバックが慌てた。コースを切っていた南野拓実が奪い、そのままゴールに蹴り込んだ。
「ゼロから崩したわけではなく、ボールを奪ってのカウンターで得点できた形でした。いい守備をしないといい攻撃はできない。後半は守備が良くなったから攻撃もつながっていました」
中盤でプレーした鎌田大地は語ったが、その説明は戦いの核心を突いていた。前からの守備が攻撃につながった。そして森保ジャパンは、〝ダウン〟から立ち上がったブラジルを激しく殴り続けた。
「ミスが影響し、バランスを崩した。戦う姿勢を失い、リアクションできなかった。チームがコントロールを失っていた」
名将アンチェロッティがそう語るほど、ブラジル陣営は失点にショックを受け、混乱していた。守備が後手に回り、簡単にパスを通される。2失点目もクロスの寄せが甘く、逆サイドは完全にフリーで、中村敬斗のシュートのクリアにも失敗した。

パラグアイ、ブラジル戦でもゴールを決めた上田(左)は所属クラブでも得点を量産。W杯まで好調を維持できるか
日本はさらにギアを上げ、1トップの上田綺世が空中戦で何度も競り勝った。さらに地上戦では短いパスをつなげるだけでなく、ロングパスをシュートに持ち込めるため、脅威になっていた。そして、押し込んだ展開で奪ったコーナーキック、上田はニアに入って豪快なヘディングを叩き込んだ。
オランダリーグのフェイエノールトでプレーする上田は今シーズン、得点を量産するなど台頭著しい。ブラジル戦の4日前のパラグアイ戦も、数分の出場ながらヘディングで同点弾を記録。堂々としたプレーぶりで、長らく日本サッカーの課題だった「点取り屋不在」を解消する勢いだ。
試合終盤、日本はブラジルの反撃に遭うも、どうにか守り切った。左センターバックに入った鈴木淳之介が堅実な守りで健闘した。チーム内の評価はうなぎ上りだ。
「パラグアイ戦の佐野海舟選手もすごかったですけど、今日は鈴木選手がボールを奪うたび、歓声が上がっていましたね。みんなも(才能に)気づいたと思うし、これからが楽しみな存在です」
と、この日、シャドーで攻撃を牽引した久保建英も絶賛していた。
万事、うまくいった勝利に映る。後半の戦いは道標になるだろう。選手たちの反発力は、本大会に向けても武器になるはずだ。
しかし、親善試合で今のブラジルに勝ったことがどれほどのことか?
かつて「王国」と畏怖された権威は、今のブラジルにはない。W杯南米予選は、緊急事態でアンチェロッティ監督が引き継いで出場権を得たが、調子は上がらず、予選5位で勝ち上がっている。
百歩譲って、世界王者アルゼンチンに2連敗したのは仕方ないとしても、ウルグアイに1分け1敗、予選敗退したベネズエラに2分けと勝ち星なし。とりわけアウェーの戦績はひどく、コロンビア、パラグアイ、ボリビアにまで負けているのだ。
日本は金星を挙げたが、騒ぐほどのことではない。少なくとも、これで「W杯優勝」とあおるのは、とんでもない勘違いである。今回のブラジルはあくまで興行で、韓国を回って来日し、心身共に万全からは程遠かった。
また、現場では独特の空気も感じた。前半、ブラジルは完全に日本を凌駕し、いつでも加点できる状況だった。前半の終盤には、日本をいなすようにボールを保持していた。「興行はこれでおしまい」とプレーのスイッチを半ば切ったようで、韓国を0-5と粉砕していたこともあり、「アジアはこの程度」と侮ったか。

南米予選でも苦戦していたブラジルは、初の外国人監督アンチェロッティ氏(右)に再建を託したが、まだ課題は多い
そこで後半、ブラジルは日本の反撃に面食らう。前半の展開を考えれば、「そんなはずはない」という戸惑いがあったのだろう。動揺の中で流れを失い、ミスから失点し、混乱が広がった。
さらに失点したことでスイッチを入れ直したが、起動できない。逆転された後、前線の選手は仕掛けるが、チーム全体の意思統一がなく、総攻撃の形にはならなかった。
森保ジャパンは、そんなブラジルを下したに過ぎない。確かに後半は文句なしの戦いだった。強度を上げたプレスや各選手の球際やボールコントロールなど、欧州の最前線で戦い続ける選手のたくましさも見えた。〝戦力的には〟史上最強のチームで、彼らは歴史を変えた。
しかし、それで評価を一変するのは危うい。日本は9月からのシリーズで、メキシコ、アメリカ、パラグアイを相手に一度も勝てなかった。アメリカ戦は内容的にも完敗で、明らかな戦術的不具合を起こしていた。
ブラジル戦も前半はなすすべがなく、3バックの端とウイングバックの連結部分を狙われて失点を繰り返した。このままでは本大会で弱点となるはずだ。
楽観論に浸るべきではなく、勝ってかぶとの緒を締めるべきだろう。サッカーは噛み合わせや心理面で、流れが大きく変わる。その最たる現象が起こったに過ぎない。
「世界最強のブラジルに勝った!」
それは幻想である。
取材・文/小宮良之 写真/佐野美樹
記事提供元:週プレNEWS
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