頂上決戦へカウントダウン。中谷潤人の名参謀が語った"モンスター"井上尚弥
Photo:Naoki Fukuda
12月27日にサウジアラビアで開催される興行には、井上尚弥と中谷潤人が揃って出場する。メインイベントを飾るモンスターと、WBC/IBFバンタム級タイトルを返上し、スーパーバンタム級転向第1戦としてセミファイナルのリングに上がる中谷。来年5月に雌雄を決する両者の対戦は、日本ボクシング史上最大のメガ・ファイトと呼んでいい。
中谷を15歳の頃から指導してきた元WBCウエルター級11位のルディ・エルナンデスにインタビューを試みた。
「ムロジョン・アフマダリエフ戦のナオヤ・イノウエは、いつもと異なったスタイルでノックアウトを狙わずにポイントアウトするボクシングを選んだ。イノウエは、非の打ちどころの無いファイターだよ。
あのスタイルを選択したのは、明確な意図があったからこそだ。イノウエについて、『年齢を重ねて衰えてきている』という意見を少なからず聞く。でも、違うんだ。確かに彼は、昨年5月からの1年で、2度大きなパンチを浴びてダウンした。だからこそ一発を受けることを懸念し、ディフェンスの重要性を学習したのさ。試合展開次第で、戦い方をアレンジできる。相手に応じて適応できる一級品なんだ。
イノウエは簡単に倒せる選手との戦いにおいては、試合開始直後からオフェンシブになる。そうじゃない相手なら、細かい動きに注意を払い、攻撃に出る瞬間と控えるべき局面を見極める。実に賢い。ルイス・ネリ戦、ラモン・カルデナス戦でダウンしたが、それが我々に、『彼をノックアウトできるぞ』という希望を与えてくれるわけじゃない。
ダウンを喰らっても、その後起き上がって勝利する選手だ。先の2戦は、ダウン後に立ち上がってKO勝ちしたという現実を見逃してはいけない。精神面もだ。イノウエにとってジュントとの対戦は、これまでで最大のモチベーションを感じるだろう。彼はジュントの存在を、真正面から見据えている。
今やジュントはナオヤ・イノウエの頭の中に住み付いている。イノウエはジュント戦を切望している筈だ。だが、結局のところ、ジュントのような選手はいない。イノウエと戦った全ての選手たちを見回しても、誰一人としてジュントのようなレベルのファイターではなかった。そして勿論、ジュントもイノウエのような男と戦ったことがない」
インタビュー中、ルディは「ナオヤ・イノウエこそ、今日のボクシング界でベスト。間違いなく、パウンド・フォー・パウンドだ」と繰り返した。そして、言葉を続けた。
「イノウエのダウンが我々にとって有利な材料だなんて、絶対に考えない。いや、我々は最高の状態である"モンスター"に備えねばならない。イノウエはジュント戦で大いに力を発揮すると予想する。ジュントとのファイトにおいて、彼は最高のコンディションを築き、より強く、より速く動くだろう。加えて、イノウエのメンタルは勝者ならではのものだ。勝たねばならないと、常に考えながら生きている。それはジュントとの共通点でもある。
とはいえ、ジュントはイノウエのこれまでの相手とは全くの別物だ。多くの武器を持ち、体も大きく、この階級では強力なパンチャーだ。一方で、我々に大きな優位性が無いとも感じるね。唯一のアドバンテージは、ジュントが井上より若干若いことくらいかな。技術もボクシングIQも、両者共にエクセレントだよ。
正直に述べるなら、現時点では豊富な経験という理由で、イノウエが若干有利だろう。個人的にこの瞬間で占うなら、勝利の可能性は51%がイノウエ、ジュントは49%だと思う。しかし我々は、今、イノウエのいる場所に立つつもりでいる。ジュントは、ナンバーワンになりたい。パウンド・フォー・パウンドKINGを目指している。イノウエを倒さなければ嶺には辿り着けない。だから我がチームの計画はモンスターを倒すことだ。勝てば我々が最強になる。重要なのは勝つことだけだ。負けも引き分けも望んじゃいない」
現地時間9月13日(土)、米国ネバダ州ラスベガスのアレジアント・スタディアムでは7万482名の観客が見守るなか、WBA/WBC/IBF/WBO統一スーパーミドル級タイトルマッチ、サウル・"カネロ"・アルバレスvs.テレンス・クロフォード戦が催された。元々、61.2キログラムが上限のライト級の世界王者だったクロフォードが、76.2キロに挑むのは壁が高過ぎるとも感じられたが、チャンピオンのカネロを攻略し、判定で金星を挙げる。
この日、ルディは複数の前座試合のセコンドに付いていた。中谷と同じサウスポーであるクロフォードの戦いぶりは、潤人選手にも参考になったのでは? と問うと、呆気なく否定した。
「私は現役時代を含め、数え切れないほどの試合を見てきた。カネロ対クロフォードは良いボクシングマッチだった。が、手に汗握るバトルではなかった。ファイトとは互いに殴り合うことだ。つまり、戦うことさ。彼らはボクシングをした。ファンは、途方もない金額を稼ぐ2人に対して期待を持っていた。あのパフォーマンスはファイトマネー、あるいはチケット代に見合うものだったと思うかい? ボクシングの発展に貢献したかな? アリーナを後にした観客のうち、どれだけの人が『心が震える試合だった』と感じただろう? そこが肝心だよ。パンチの交換が無さ過ぎたね。
私は、ジュントvs.イノウエ戦はバトルになると確信している。まさにWARと表現できるような、激しいものとなるだろう。2人のボクサーが死力を尽くして勝利に向かう。判定決着にはならない。ノックアウトで決まるさ。両者が自分の全てを懸けて戦いに臨み、持てる力を振り絞った姿を見せ、誰もが幸せになるよ。もちろん、ジュントが勝てば私も幸福だ」
かつて中谷自身が語ったことだが、ルディは中谷との付き合いにおいて、頻繁に「ジュント、今幸せか? もしお前がハッピーなら、私も幸福を感じる」と話している。それも励まし方の一つなのだろうか。
「違うね。彼がHappyでも、こちらが幸せじゃなかったら、『ハッピーだ』なんて絶対に口にしない。私は一緒に働く選手たちへの期待値が高い。いつだって最高の選手になってほしい。ジュントが試合に勝てば、『よし、よくやった』『いい仕事ぶりだった』って伝えるけれど、それで終わりじゃない。やるべきことは、まだまだある。だからボクシング界に身を置いている限り、ずっと努力しなければいけないのさ。
選手が引退を決めて『これで終わりにします。もうボクシングはしません』と発言する時に初めて『ああ、納得できるキャリアだったね』『キミは素晴らしい試合を本当に数多くした』って口にできる。現役である限り、選手たちには『それ以上、頑張らなくてもいい』なんて感じさせたくない。
ジュントは私が指導したなかで最高の生徒だ。本当にトップだ。ボクシングに献身的な、優れた選手たちもいたが、ジュントほど向上心を持った選手には会ったことがない。彼は毎日ジムに来て、仕事をする。決して『自分は特別だ』とか『休んでもいいかな』とか『今日は疲れているから手を抜こう』なんて思わない。目一杯トレーニングする。それが彼の強さの源であり、明敏なボクサーである所以だ」
確かに、中谷潤人はボクシングに己を捧げている。その揺るぎない意志の強さは、鍛えられたものか、あるいは持って生まれたものなのか。
「本当にメンタルが強いよ。モハメド・アリと同レベルだと思う。15歳の頃からそうだった。ジュントは生まれながらのファイターだ。最高のボクサーになることが、彼の人生のビジョンなんだな。
私は、15歳や16歳のボクサーを信用しない。特に13歳から16歳の間はね。なぜなら彼らは学校で知識を得て、好奇心が他に向かう。突然別のことをやりたがる。10代だから、ごく自然なことだよ。ガールフレンドができてボクシングに興味を失っても、何の不思議もない。だからジュントが15歳でロサンゼルスにやって来た時、私は思ったんだ。『ああ、まだ100%信用はできないな』と。
でも、彼のゴールは偉大なファイターになることだった。それが微塵もブレなかった。今日も、1にボクシング、2にボクシング、全てがボクシングだよね。その道で最高になりたいという目標に向かって、走っている。信念を貫いている。どんな時も、自分にできうる最高のファイターになることを掲げているんだ。ジュントは特別な存在になるために生まれてきたんだよ」
ルディは結んだ。
「重要なのは12月27日に勝つことだ。イノウエがメインイベント、ジュントは前座だ。まずは勝利を掴む。イノウエも勝つことを願う。そうして我々は来年5月に拳を交えることになる。近くスタートするLAキャンプでは、抜かりなく準備するよ」
「122パウンドの中谷潤人」は、どんな成長を見せるか。
取材・文/林壮一 写真/NAOKI FUKUDA、林壮一
記事提供元:週プレNEWS
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