「何も考えてねぇ」衝撃Vの6年前から「色々変わった」今 渋野日向子が振り返る“あの日から”のこと
<AIG女子オープン 事前情報◇29日◇ロイヤル・ポースコールGC(ウェールズ)◇6748ヤード・パー72>
6年前の2019年。当時20歳だった渋野日向子は、ロンドン郊外にある林間コースのウォーバーンGCで全英を制した。初の海外試合で打ち立てた偉業。それは、1977年に「全米女子プロ」を制した樋口久子以来となる日本勢42年ぶり2人目のメジャー制覇だった。
当時の思い出について聞かれると「やっぱりね(印象に残る)」と、しみじみ。ただ「年々、記憶はなくなっていくもので、ほぼ覚えてないんですけど、あそこら辺に映ってる(会場に設置されてる)写真を見ると、何も考えてねぇんだろうなみたいな顔をしている。あれを見るのすら恥ずかしいです」と言って笑う。
その写真とは6年前に、優勝カップを持って臨んだ記念撮影のなかの一枚だ。最終日を単独首位で迎えると、「今まで経験したことのない感情と吐き気です(笑)」というなか逃げ切り。最終18番のグリーン上では、高々とパターを持つ手をあげ優勝を喜んだ。プレーだけでなく、その天真爛漫な振る舞いも大きな話題になり、“スマイリング・シンデレラ”という愛称もついた。
特に印象に残っているのが「18番の、あの最後のパットより、セカンドを打ってグリーンに歩いて行く時の歓声の方が覚えてますね」と答える。会場を味方につけ、その声援に後押しされるよう、“壁ドン”で決まったウイニングパットを打つ直前の光景。「間違いなく、いろんな人に知ってもらうきっかけになった試合だった。本当にあの時は楽しんでできました」とも振り返る。
その後、渋野にとっての全英は、浮き沈みの激しい大会にもなった。ディフェンディングチャンピオンとして挑んだリンクスのロイヤルトゥルーンGC(スコットランド)が舞台の翌20年大会は、トータル12オーバー・105位で予選落ち。ただ、カーヌスティGL(スコットランド)で行われた続く21年大会は、12位タイで予選を通過すると、3日目には一時トップに立つ時間もあった。それでも最終的に34位で終え、「できたこともあるけど、悪いところも見せてしまった。私の現状をすべて吐き出した大会」と振り返る大会になった。
再び全英制覇に近づいたのが、ミュアフィールド(スコットランド)で開催された22年大会だ。首位と5打差ながらも2位で最終日に入った渋野は、アシュレー・ブハイ(南アフリカ)との最終組で大会2勝目を目指した。そこでも「71」と最後まで優勝争いに絡んだが、最後は1打及ばずに3位という結果に。そして23年のウォルトンヒースGC (イングランド)、24年のセント・アンド・リュース オールドコース(スコットランド)の直近2年間は、予選落ちが続いている。
あの初優勝から時間が過ぎ、米国ツアーを主戦場にするなど、さまざまな変化があった。「それ以降もできてる試合はあったかなと思いますけど、あの時(19年)は何も知らないし、『全英に出られるんだ~』みたいな感じで来てた。またその時とは違う心境だし、6年も経てば、まあ年も取る。色々変わった(笑)」と本人も語る部分だ。
今季はここまでの16試合で7度の予選落ちなど、ツアーのポイントランキングではシード圏外の88位に低迷している。それでも「全米女子オープン」では優勝争いに加わり7位。大舞台での勝負強さはさすがだ。スコットランドでの先週の“全英前哨戦”では5試合ぶりに決勝に進み、ここからの浮上にも期待がかかる。
「やっぱり4日間戦いたいし、けっこう重要な試合だとは思っている。もう試合数も少なくなってきてるなかで、アジアシリーズにも出られる順位でもない。なかなか安定した成績も出てないけど、きっかけをつかみたい。一年の中で本当に大事にしている試合なので、頑張りたいです」
今年の会場も、すぐ横がビーチというホールもあるリンクス。そこで再びまばゆいばかりの光を放ちたい。
<ゴルフ情報ALBA Net>
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