比人監督、日本の孤独死を映画に 【水谷竹秀 ✕ リアルワールド】

イタリア北部の都市ウディネで4月24日から5月2日まで、「第27回ウディネ・ファーイースト映画祭」が開催された。現地に滞在中のフィリピン人、ジャヌス・ヴィクトリア監督から私に、感激の様子がメッセージで送られてきた。
「素晴らしい! ここにいる人々は皆、アジアの映画が本当に好きで、最高の観客です。一緒に登壇したリリー・フランキーさんはとにかくファンが多いです。私は初監督の映画だから、まだそれほどファンはいませんが」
この映画祭は、東アジアや東南アジアの作品を対象としたヨーロッパ最大のアジア映画の祭典で、出品されたのは日本や中国、韓国、香港など12の国と地域の77作品。そのうちの一つ、「Diamonds in the sand」は、ヴィクトリアさんが監督、脚本を手がけた作品だ。テーマは、日本で長年、社会問題となっている孤独死である。主演を務めるのがリリー・フランキーさんで、日本のサラリーマン、ヨージを演じる。離婚をし、古びたアパートで1人暮らしを続け、大晦日(おおみそか)にもかかわらずコンビニの弁当で済ませる日々。介護施設にいる母も他界し、周囲との人間関係は希薄になっていく。
そんなある日、同じアパートの隣人が腐乱死体で発見される。身につまされたヨージは、母の面倒を見てくれたフィリピン人の介護士を追って、首都マニラへ飛んだ・・・。日本とフィリピンが舞台になった同作品は、孤独死というテーマを通して、生きることの意味や幸せとは何かを問いかけている。
映画祭での上映を前に、ヴィクトリア監督とリリーさんが会場のステージに登壇し、司会者からこう尋ねられた。
「あなたの映画はついにヨーロッパまでやってきました。今の気持ちはどうですか」
マイクを手にしたヴィクトリア監督は、声がひどくかれていて、こう答えるのが精一杯だった。
「とても幸せです」
すかさず、隣にいたリリーさんがフォローした。
「彼女は今日風邪をひいていて喉の調子が悪いんです」
会場は約1000席が埋め尽くされたオペラハウス。その中心でスポットライトを浴びるヴィクトリア監督をネット動画で視聴した私は、初めて彼女と会った時のことを思い出した。
あれは今から10年ほど前。マニラの商業施設にあるカフェで、2時間ほど日本の高齢化社会について伝えた。孤独死をテーマに映画を撮りたいというヴィクトリア監督は、真剣なまなざしで耳を傾けていた。以来、彼女は日本へ飛び、専門家や関係者からの聞き取りを行い、映画の構想を練り続けた。そして昨年11月、完成の一報が届いた。間もなく東京で開かれた先行上映会のトークショーで、ヴィクトリア監督が語った言葉が印象的だった。
「(誰にもみとられず)1人で死ぬことは、恥だと考えられているのではないか」
孤独死が社会現象になっていないフィリピンからの視点が、われわれ日本人に新たな気付きをもたらしてくれる。映画は現在、日本公開に向けて準備が進められている。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 19からの転載】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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