【#佐藤優のシン世界地図探索110】就任100日、トランプ米大統領のスコア表<北米帝国主義と亜周辺編>
トランプ革命はトランプ大統領退位の後、バンス大統領/トランプ副大統領体制となり、12年続けば成功する。その時日本は「亜周辺」として生き残りを図るのか?
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――前々回は日本、前回はガザ、ウクライナ、イランを評価していただきました。次は地域別ではなく「トランプの世界同時多発関税」であります。
佐藤 これは「△」です。
――「△」ですか?
佐藤 はい。これは抵抗勢力の抵抗がただならぬものなので、どうなるかは分からないのですが。
――こちらの底流にあるのは、1800年代に欧州経済共同体の礎(いしずえ)をつくったことでも有名な経済学者、フリードリッヒ・リストですか?
佐藤 そうです。1934年に宇野弘蔵が書いた『フリードリッヒ・リストの經濟學』という論文はすごくわかりやすい。
リストが唱えたのはアダム・スミス、それからデイビッド・リカードまでの、自由貿易に対抗するもうひとつの保護貿易の思想です。それは、教育によって生産力を上げていく「生産の思想」なんです。トランプはこのリストの「生産の思想」に則って動いています。
――プロダクションの生産ですか?
佐藤 はい。大多数の人々はアメリカの経済というと、ビジネススクールのイメージを強く持っています。しかし、ビジネススクールは簿記や企業価値の計算を中心にする専門学校です。対してアメリカの経済学部では経済学説などが教えられています。なので、リストの考え方は標準装備でアメリカの経済学者に入り込んでいるんです。
それから、アメリカはある時期まで保護主義でした。完全に自由貿易主義になったのは、第二次世界大戦後です。すると、アメリカは保護主義の時代が長いということです。
――「モンロー主義」ですね。政治の力で経済は封じ込められる。いまのアメリカは先祖返りした状態になっているのですね。
佐藤 そうです。例えば1960~70年代、アメリカは日本の繊維製品に対して完全に規制を掛けていましたからね。日本はそれに対して、アメリカのオレンジと牛肉を封じ込めていました。
――それが途中で解禁されて、カリフォルニアからサンキストオレンジが入った。ハーバード大卒の俺の親父は、「やっとアメリカのオレンジが食べられる」と大喜びして、散々食わされました。すると、今回はこの後、どうなるんですか?
佐藤 それに関してはいまのところ、誰にも見えません。
――未来は真っ暗なんですか?
佐藤 どちらの可能性もあると思います。
ひとつは、4年後にトランプが潰れ、逆にまたグローバリゼーションの嵐の揺り返しが来て、人と物、金の移動が自由になってGAFAMが大手を振るい、現在のトップと底辺の給料の5000倍の格差が、5万倍に拡大していく方向に向かう流れになる。
もうひとつはトランプ革命が成功し、それぞれの国が自国内で、地産地消で自分たちが消費するモノを作っていこうと、グローバル化に歯止めがかかるか、です。
後者ならトランプ政権の後はバンス大統領となり、共和党政権が更に2期、計12年続く必要があります。そうなれば転換します。
つまり、トランプの12年革命です。だから、いまの時点ではどちらになるとは言えないのです。両方の可能性があるので。
――完全にトランプはウクライナ戦争後のロシアを見本としているのですか?
佐藤 そうです。
――食糧、燃料を自給し、さらに武器も全て自国で生産する。
佐藤 はい。トランプの直観は正しくて、なぜアメリカのGDPの8%しかないロシアが、ウクライナにおいてはアメリカと互角以上に戦えるのか、ということです。このロシアの謎が、生産の哲学だということに気が付いたんです。国の発展に必要なのはGDPではなく生産力だ、と。
――金融工学を駆使して金融経済をまわしたとしても、国力は大きくならない。
佐藤 そういうことですね。
――4年後のバンス大統領の時にトランプが副大統領に就任し、12年間舵を取り続ければトランプ革命は成功するんですね。
佐藤 トランプは次期大統領選について言及していますが、あれもトランプの認知戦だと思います。だから、バンス大統領にトランプ副大統領、もあり得ます。
――それってプーチン式ではないですか。双頭式と呼ばれますが、メドベージェフと交代で大統領と首相をやっていました。
佐藤 だから、ああいうことをやろうとしたら、だいたいロシアを踏襲することになるんです。
そして、そのロシアを踏襲していると見せないために、滅茶苦茶を言わないといけないから、グリーンランドを併合したいとか、カナダを51番目の州にするとか、大言壮語するんです。
――すると、アメリカがロシアみたいになろうとするには、カナダ、メキシコを併合するのですか?
佐藤 併合までしなくてもいいんですが、従属国化すれば十分です。だから、それは必然であり、北米に限定した帝国主義となります。
――すると、諸外国地域もそうなっていく。
佐藤 そうです。後は棲み分けですね。
――日本は北米帝国主義に、コバンザメのようにペタリとくっつけばいいのですか?
佐藤 地理的に離れていますし、それはないでしょう。だから、日米同盟は維持しつつ、東アジアの一員として中国との関係を良好に保ち、ロシアとは緊張関係を持たず、というそのバランスの中で生き残るしかありません。
――ということは軍と経済を分け、軍事で米とビシッと繋がりながらも、経済では微妙なバランスを取って日本は生きていく。
佐藤 そう。だから、軍事も自国国防態勢を強めながらバランスを保っていく必要があります。
――かつてのイギリスみたいな感じですか?
佐藤 というか、日本の伝統に回帰するんですよ。
――大東亜共栄圏を建設しない、大日本帝国でありますか?
佐藤 いえ、違います。「亜周辺」です。
――「亜周辺」とは?
佐藤 中華帝国の周辺国にはベトナム、朝鮮、そして琉球がありました。それらの地域では律令制を入れるために科挙制度を採用し、エリートは中国語の文字言語でコミュニケーションを取っていました。
しかし、日本はこれらの国々より強国で、中国から距離があるので、「亜周辺」と呼ばれていました。そして、日本は律令制は導入しましたが、科挙は採り入れませんでした。中華文明圏が十分に及んでいないんです。
その典型が和魂洋才ですね。グローバリゼーションが日本に入ってきます。しかし、マクドナルドがあっても、オーダーは英語にはなりません。自分たちの文化や伝統は変えずに、西洋の文化などは受け入れているんです。
――すると、日本の政治体制は鎌倉幕府ぐらいを見本にすればいいんですか?
佐藤 菅原道真と同じです。国交は断絶しないけど、中国の文明は一応、入れるということです。そういう「亜周辺」として日本の地位を取り戻していくべきでしょう。
中国とは距離を置き、アメリカにとっても「亜周辺」。メキシコ、カナダは周辺、しかし日本はあくまで「亜周辺」です。
だから日本は、米中双方の帝国から「亜周辺」となるのが理想です。
――日本列島は太平洋を挟んでアメリカとはある程度距離を置き、日本海、東シナ海を挟んで中国からも離れ、ちょうどいい場所に位置している。
佐藤 はい。しかしそこで、いま急速にやらなければならないことがあります。外交においては価値の体系、利益の体系、力の体系の再構築です。
価値の体系は東西冷戦崩壊後、インフレを起こしてしまいました。だから、これを縮小しなければなりません。本来のバランスに戻すのです。
日本は岸田政権の時に価値を言わなくなってもう3年になりますが、あれは非常に先見の明がありました。だから、ウクライナ戦争による打撃がヨーロッパ、アメリカの混乱と比べて、日本はこの程度で済んでいます。
そして利益の体系に関しては、ロシアには学び続けています。日本はロシアからカニを買って空路は開けたままです。そして、制裁を掛けていないので解除も必要ありません。さらに大きいのは、ウクライナに殺傷能力のある武器を送っていないことです。
――最後の力の体系は、アメリカにくっついといたらいいと。
佐藤 これはもう、日米同盟ですね。ただし、ここで勘違いして核武装するなんて、とんでもない話ですよ。
――以前話に出てきた「トランプとの付き合い方」の第一条に反します。アングロサクソンに逆らうと、残酷でひどい目に遭(あ)うから、核武装などやってはダメです。
佐藤 だから、我々は覚えていなければなりません。あの太平洋戦争によって、アングロサクソンがいかに恐ろしい連中かと学んだのです。
だから、日本の安全保障の最大の懸念国は、実はアメリカなんですよ。日本もアメリカも海洋国家です。これは磁石でいうとN極とN極になります。つまり、海洋国家にとって危険なのは海洋国家であるということです。大陸国家とはN極とS極だからくっつくんですけどね。
――あ! だから太平洋戦争において、米中はすぐに対日戦線を構築できた。
佐藤 そうです。日本の失敗は海洋国家にN極を向けて、大陸国家にS極を向けたことです。だから、大陸国家の中国と海洋国家のアメリカ、両方とぶつかることになったんです。それでも日本が生き残れたのは、手を上げるのが早かったからです。もしあの東条英機内閣で、原爆投下の後でも戦争が続いたら大変でしたよ。
――映画『激動の昭和史 軍閥』のラストシーンでは、日本はなくなりかけました。
佐藤 石破(茂)首相とトランプ大統領は、神様に選ばれた仲間という意識ですからね。だから、うまく妥協点を見出してくれると期待しています。
次回へ続く。次回の配信は5月30日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生
記事提供元:週プレNEWS
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