姉の背中を追いかけて――浅田真央のスケート人生のはじまりと心に残るコーチの言葉『NumberTV』第20話

『NumberTV』
NTTドコモの映像配信サービス「Lemino(レミノ)」では、さまざまなジャンルのトップアスリートを招き、彼らの競技人生における「最大の挫折」の真実に迫る『NumberTV』を配信している。その時何を感じ、どう壁を乗り越えたのか。選手本人が当時の写真と向き合いながら、復活までの道のりを明かす本格ドキュメンタリーだ。#20では、世界中から愛される天才フィギュアスケーター・浅田真央さんの挫折と苦悩に迫る。
浅田の心に残るコーチの言葉
浅田がフィギュアスケートと出会ったのは5歳のころ。最初のライバルは、一緒にスケートをはじめた姉の浅田舞だった。浅田は当時の写真を眺めながら、「常に姉を超えたいと思ってずっと練習をしてきたので、姉がいなければここまで来れなかったと思います」と言う。続けて「母親がすごく一生懸命。すべてを懸けてくれていたので、そういう意味では本当に感謝ですね」と母親の存在の大きさについても語る。
姉の舞は当時を振り返り「小学校ぐらいのときから、お互い“負けないぞ”っていうのでやっていたので、物心ついたときにはもうバチバチだった関係性だったので、なかなか特殊だったかもしれないですね」と笑顔をこぼした。姉妹は、喧嘩をするたびに母親から「この喧嘩の決着はスケートリンクでつけなさい!」と言われ、翌日の練習にはさらに熱心に取り組んだという。舞はそんな日常を、「スケートの練習に熱を入れるためのいい流れに乗っけられてたのかな?と思う」と懐かしそうに語る。
そんな姉の背中を追う浅田はすぐに才能を開花。小学4年生の時に「全日本ノービス選手権Bクラス」で優勝し、小学5年生になると、女性スケーターのなかで世界で初めてトリプルアクセルを成功させたことでも知られる伊藤みどりをはじめ、多くのトップスケーターを育てた山田満知子コーチの指導を求めた。
山田は浅田のことを「フィギュアスケートが好きで、どんどん前に進んでいく子ども」と言い、浅田は当時“勝つ”ことを目標にしていた自分に「愛されるスケーターになりなさい」と言ってくれた山田のその言葉が心に残っていると語った。
そして浅田は小学生で当時女子では過去数人しか成功していないトリプルアクセルを習得。姉に負けてただ悔しかった子どものころから、憧れのシニアのスケーターと試合で戦えることになり「自分が挑戦者としてどこまで太刀打ちできるのだろうか?」という気持ちが芽生えたと言う。それにより浅田は「これまでとはまた違ったスケートの楽しさ」を感じたと明かした。
【制作・編集:All About編集部】
記事提供元:Lemino ニュース
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