ホラーかコメディか? 異色の家族劇『ザ・ヒューマンズ─人間たち』が新国立劇場で日本初演
新国立劇場が贈る、家族の風景を通して今日の社会を描きつつ未来を見つめるシリーズ「光景―ここから先へと―」。その第2弾として、劇作家・脚本家のスティーヴン・キャラムが生んだヒット作『ザ・ヒューマンズ─人間たち』を、6月12日(木)より上演することが決定した。
物語の舞台は、マンハッタンの老朽化したアパート。感謝祭の夜に顔を揃えた家族の会話から、貧困、老い、病気、愛の喪失への不安、宗教をめぐる対立などが浮かび上がる──。現在のアメリカの縮図といえる作品世界は、日本のありようとも重なってくる。
『ザ・ヒューマンズ』は2014年にアメリカン・シアター・カンパニー製作によりシカゴで初演され、2015年にはラウンドアバウト・シアター・カンパニー製作によりニューヨークのオフ・ブロードウェイで上演。2016年にはキャラムのブロードウェイ・デビュー作となり、再びピュリッツァー賞演劇部門最終候補に残ったほか、トニー賞、ニューヨーク演劇批評家協会賞の最優秀プレイ、オビー賞劇作賞を受賞した。2021年には、キャラム自身が監督を務めて映画化も実現。「ムーンライト」「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」といったアカデミー賞受賞作で注目を浴びるA24が製作・配給を手掛け、リチャード・ジェンキンス、エイミー・シューマー、ビーニー・フェルドスタイン、スティーヴン・ユァンらが出演している。
そしてこのたび、2022年の『ロビー・ヒーロー』に続いて劇団KAKUTA主宰の桑原裕子を演出に迎え、新国立劇場での日本初演を迎える。キャスティングには、観客が自身を重ねられる“当事者性”が重視され、ブレイク家の長女でガールフレンドと別れたばかりの弁護士エイミー役に山崎静代、作曲家を目指す次女のブリジット役に青山美郷、その恋人であるリチャード役に細川岳、認知症により車椅子生活を送る祖母のモモ役に稲川実代子、母のディアドラ役に増子倭文江、悪夢にうなされ不眠が続く父のエリック役に平田満が選ばれた。
家族それぞれが抱える不安と、それを増長する怪奇現象。漂うユーモアと、浮かび上がる深い愛。観客の予想を裏切り続けて“家族ドラマ”の枠を超える注目作をお見逃しなく。
〈メッセージ〉
広田敦郎(翻訳)
とても定義しがたい作品です。一見サイエンス・フィクションかと思わせるタイトルでもあるようですが、どんなお芝居かは想像しにくいでしょう。
一家が集まる感謝祭のディナー、夜更けとともに浮かび上がる不都合な真実、と、いかにも〈アメリカの家族劇〉らしくまとめることもできますが、それではあまりにも新しくないし……何も特別なところのない、ごく普通の家族の営みにほっこりしながら、そこはかとない不安にさいなまれ、「いま何を見せられたの?」と若干もやっとしながら劇場を後にする感じの、怪談じみたお芝居、でしょうか。
『ハミルトン』がトニー賞ベスト・ミュージカルとピュリッツァー賞に選ばれた2016年、トニー賞ベスト・プレイに選ばれ、ピュリッツァー賞ファイナリストまで残ったお芝居です。バラク・オバマ政権が終わりに近づくころ、そしてまもなくドナルド・トランプが大統領に選ばれることを大勢が予想していなかった(あるいは予想していたでしょうか?)ころ、初演されたお芝居です。
19世紀から20世紀の変わり目、チェーホフの新作劇を観た人々と同じような気持ちを味わえるお芝居、かもしれません。
ニューヨーク、マンハッタンの片隅で感謝祭のディナーに集まった家族の抱える不安は、ポストコロナ時代の日本で生活するわたしたちにとっても他人事ではありません。劇場でひとよの不安を分かち合い、他者との緩やかな繋がりを感じることが、この酷い時代、酷い世界を生き抜くための支えになればと思っています。
桑原裕子(演出)
人が、不安を抱くのはどんなときだろう、と考えていました。
幼い頃は、そこにないはずの物がある、見えない者が見える、聞こえてはいけない音が……という、いわばゴーストのような未知なる存在に恐れ、何もない暗闇の奥に目をこらしていたものです。
けれどいつからか、不安はその逆にある、と感じるようになりました。
あるはずのものがない。見えていたことを見失う。信じていたものが失われてゆく。それは、信頼であるとか関係だとか絆だとか記憶だとか愛だとか、自分自身であるとか。あるいは文化だとか、社会だとか。私たちの暮らしている世界は、永遠に進化していくものだと思い込んでいたけれど、そうではなかったのだなと、ここ10年ほどの間で急速に感じるようにもなりました。以来ずっと、足下に不安が漂っています。
失われていく予感こそが、不安の正体なのかもしれません。
『ザ・ヒューマンズ―人間たち』は、ひとつの家族の、ほんの僅かな時間を切り取った作品です。あなたも私もよく知るような……けれど、我々が平気な顔をして日々を営みながらひた隠しにしてきた恐ろしい何か、が、不気味な軋みをあげて満ちてゆく恐怖劇でもあります。家族という小さな社会で蠢く人間たちを、私も足をすくませながら見届けます。
シリーズ「光景─ここから先へ─」Vol.2『ザ・ヒューマンズ─人間たち』
【作】スティーヴン・キャラム
【翻訳】広田敦郎
【演出】桑原裕子
【美術】田中敏恵
【照明】佐藤啓
【音響】藤田赤目
【衣裳】半田悦子
【ヘアメイク】高村マドカ
【演出助手】和田沙緒理
【舞台監督】川除学
【芸術監督】小川絵梨子
【主催】新国立劇場
【キャスト】山崎静代、青山美郷、細川岳、稲川実代子、増子倭文江、平田満
【会場】新国立劇場 小劇場
【公演日程】2025年6月12日(木)~29日(日)
【新国立シアタートーク】
日時:6月17日(火)終演後
出演:桑原裕子、全キャスト
司会:中井美穂
[愛知公演]穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
2025年7月5日(土)13:00開演、6日(日)13:00開演
[大阪公演]茨木市文化・子育て複合施設 おにクル ゴウダホール(大ホール)
2025年7月19日(土)14:00開演
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記事提供元:キネマ旬報WEB
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