ウクライナ戦争への「F16」投入は、もはや"後の祭り"状態になるのか?
ウクライナに供与されたのはF16 MLU。旧型F16Cブロック20を、最新の中距離ミサイルが発射できるように改良したタイプだ(写真:ウクライナ空軍)
2月に行なわれたトランプ米大統領とプーチン露大統領の電話会談より、ウクライナ戦争終結へと急転直下、動き始めた。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ホワイトハウスでトランプ米大統領と大喧嘩して、米支援は打ち切り。しかし、その米ウの関係は一転。3月11日にウクライナは、アメリカが提案した30日間の停戦を受け入れる用意があると表明し、米の支援は再開される見通しとなった。
週プレNEWSではこれまで、F16戦闘機がウクライナに投入されると何が起きるのか、その時の戦況に合わせて報じてきた。しかし今、ウクライナ戦争におけるF16投入は言うなれば「後の祭り」。その状況下でF16戦闘機部隊はどうなるのか。推察してみる。
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旧ソ連の旧型機を揃えたウクライナ空軍(以下、ウ空軍)。そこに、中古ではあるが西側各国からF16が供給されれば、現在のロシア空軍となんとか戦えるのではないかと期待された。
そのF16は一時、前線で戦うには四個飛行隊・約100機が必要だと言われた。そして、24年9月には10機が稼働、今年3月には16機を受理して、現在15機(1機墜落)が稼働していると報道された。
思えば、2024年8月、ウクライナのゼレンスキー大統領はF16が供与されたことを華々しく発表した。そして今年2月末、ホワイトハウスでトランプ米大統領と大喧嘩し、米国からの支援はいったん打ち切られた(写真:ウクライナ大統領府)
まず、ウクライナにあるF16はどのタイプなのか。ベラルーシ、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、ブルガリア、ジョージアと、戦場以外の周辺国全ての空軍基地を巡回取材したフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう言う。
「F16Cブロック20です。これは古いF16を最新の中距離ミサイル『AMRAAM(アムラーム)』(推定最大射程180km)が使えるように改装した、MLUというタイプの機体です。米空軍のF16と同様の機能性を持っています」
そのF16を今、どう使っているのか。
「今は損耗しないように、緩い使い方をしているのではないでしょうか。
電波妨害装置『ALQ131』を使い、SEAD/DEAD(敵防空網制圧/敵防空網破壊)で露軍ミサイル施設の破壊。そして、小数機の対地支援任務、爆撃任務とその護衛をしています。
ただ、ウ空軍にはAWACS機(早期空中警戒機)がない。なので、ロシア空軍(以下、露空軍)とは空戦を行なわないよう、敵戦闘機がウクライナ領に深く入り込まない場所を選んで飛行していると思います。
なので、ウクライナ国内から出てないでしょう」(柿谷氏)
これからの米露トップの交渉次第では、ウクライナ戦争はすぐに終わるかもしれない。ならば、今、持久戦を展開するよりも派手に出るべきではないのか......。
そんな時、フランスから素晴らしい「助っ人」がやってきた。ミラージュ2000-5が9機、投入されたのだ。これはどんな戦闘機なのか。
「ミラージュ2000-5はデルタ翼が特徴の第4世代ジェット戦闘機です。空中発射巡航ミサイル『ストームシャドウ(射程250km)』、仏製中距離ミサイル『MICA(射程80km)』を搭載します」(柿谷氏)
2月6日、フランスからミラージュ2000-5 第4世代戦闘機が9機、到着した。活躍が期待され、数日後にはロシアから飛来した巡航ミサイルを撃墜した(写真:柿谷哲也)
ならば、ミラージュ2000-5の9機全機にストームシャドウと、自衛用のMICAミサイル2発を搭載。そして、その爆撃部隊を15機のF16でエスコートして、パッケージフライトで全力空爆だ。
「それは空母航空団のようなパッケージフライトにはならないと思います。SEAD/DEAD、爆撃/対地支援任務と護衛機の混成だと思います。あるいは、経空脅威がなければ、単機で爆弾を落とす任務になると思います」(柿谷氏)
ウクライナ軍大逆転には程遠い、地味な空爆作戦だ。
「F16は整備中の機体もあるので、稼働率を考えれば、1/3の機数が最大勢力ではないでしょうか」(柿谷氏)
F16はたったの5機、同じ整備状態ならばミラージュは3機、計8機がウクライナの空を守っている......。
今、揃ったところで後の祭りだが、F16とミラージュ2000が各何機あれば、ウクライナは勝てたのだろうか。
「勝つかどうかはなんとも言えませんが......CNNの欧米人記者の記事では、F16が95機、ミラージュ2000は24機揃えると言われていました。ただ、それには3年以上はかかります。今後の数年間でF16は計111機が渡されると私は思います」(柿谷氏)
多ければF16が総計135機。壮大なるウクライナ空軍だ。しかし、3年後ではウクライナ自体が存在するかどうかもわからない。
■もうひとつの「後の祭り」そういえば、イスラエルから地対空ミサイル「パトリオット」が60基提供されているという報道があった。これだけの地対空システムがあれば、F16基地の防空は万全。なんとかなるのでは......。
しかし、航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務めた杉山政樹氏(元空将補)はバッサリとこう語る。
「パトリオット防空システムが60基ではなく、パトリオットミサイルが60発ではないかと推測されます」(杉山氏)
それなら、数回の露軍の空爆で撃ち尽くしてしまう数だ......。もし、杉山氏がウクライナ空軍のF16飛行隊長ならばどうするのだろう?
「まず、根本的に抜けているところから言うと、今回のウクライナ戦争で両空軍の組織戦闘はどこにもなかった。結局、空戦はゲリラ戦の様相で、ウ空軍が望んでいた形になりました。
一方、露空軍は旧ソ連軍譲りの、陸軍を守るための濃密な地対空兵器を持っていたため、ウ空軍はほとんどの機種の保有機を撃墜されました。
しかし、旧ワルシャワ条約機構軍に参加していた東欧諸国が、旧型のソ連空軍機をウ空軍に供与して急場をしのぎました」(杉山氏)
こうした一連の戦況に関しては、これまでの記事でも伝えてきた。
「それに続き、NATOの西欧国家たちが旧型になったF16の供与を開始した。ウクライナは『F16の供与から4ヵ月で戦闘に出る』という発言がありましたが、彼等は空軍の専門家ではありません。
空自で訓練開始してから本格的に二機戦闘ができるのは、二機編隊長のEL(エレメントリーダー)になってから。そこまで4ヵ月ではとても無理です。
さらに戦闘機は機械なので、ちょっと飛び上がっただけで壊れたりします。しかし、地上での予備パーツや技術力など、必要な後方支援体制もウ空軍では不十分です。
また、ミラージュ2000も入ってきましたが、第4世代機、4.5世代機が入って来ると、電子機器を整備するのはなかなか難しい状態です。だから、ウ空軍の機数が100機や200機になろうが、うまく運用できるかは疑問です」(杉山氏)
するといま、ウ空軍は「張り子の虎」ということになるのだろうか。
「稼働できる機体が少ない。だから、戦爆連合を作って空爆するレベルに達するのははまず難しいです。
さらに、ウ空軍が露軍の攻撃から戦闘機の損失をなぜ防げているかというと、さまざまなところに隠しているからです。ウクライナは、草原、林、コンクリート製の真っ直ぐな道路を滑走路にします。その周辺のあちらこちらに戦闘機を隠し持ちました。
だから、供与されたF16はどこかに集中的に置かず分散配置します。そこから飛び立って空中集合をし、編隊を組むというのはまずあり得ない。戦爆連合を作って、敵地を大規模に空爆する作戦は無理だと思いますね」(杉山氏)
フランスから供与されたミラージュ2000-5は森の中にひっそりと隠され、獲物を待つ(写真:柿谷哲也)
ならば、どう使っているのだろうか?
「大草原の中に一発狙いの兎(=F16、ミラージュ2000)が潜み、何かあれば出て行く。その何かとは空襲警報です。
報道では、米国がウクライナとの情報共有を止めたとあります。なので、露国内のターゲティングに必要なデータが入らない。しかし、空襲警報には十二分な情報が入る。NATOの首根っこは米軍が掴んでいますが、英仏の軍人たちが一緒にウクライナと戦っているという感覚からすると、情報を流すような努力はしていると思いますよ。
だから今、持てる空軍力は防空に力を入れている。向こうから巡航ミサイルや無人機は撃って来ないし、敵の防空火網の中には入って行かない。つまり、F16とミラージュ2000は、自陣の中で戦っているということです」(杉山氏)
F16 MLUも、こんな草原の中の極秘滑走路に忍び、獲物を狙う(写真:ウクライナ大統領府)
防空戦闘だけがウ空軍の最後の任務になるのか......。
「なりません。ウ軍が唯一、辛うじて占領し死守しているロシア領があります。それはクルクス。露軍は必死になり、そこを奪還しようとしています」(杉山氏)
3月14日の報道によると、ウ軍が最初に占領した86%は露軍に奪還され、残り14%を死守している。
「ここは、ロシアとの停戦交渉で交換条件となり得ます。ここにウ空軍が今まで温存していた戦力を全て出す。その賭け方はあるんじゃないかと思います」(杉山氏)
具体的にはどうするのだろう?
「防空を担当している戦闘機を露軍に見破られないように抜く。攻撃訓練をしている暇はないので、出たとこ一発勝負です。
しかし、作戦はちゃんと立てるので、1機ずつのミッションがあり、自分が何をやるかは決まっています。射程の長い精密誘導のできる今のウェポンを使いますが、ネットワークで使えるレベルでないので、単機でクルクスに行きます」(杉山氏)
何千キロの全戦線ではなく、F16とミラージュ2000の動く機体を単機でクルクスに集中させる。
F16は、主翼下のパイロン2基に重量約130kgのGBU-39小直径爆弾(SDB)を計8発。精密誘導で誤差半径5~8mで最大射程110km、1.8mの鉄筋コンクリートを貫通可能だ。ミラージュ2000は、射程250kmのストームシャドウで、戦線後方の露軍司令部、兵站物資集積施設を狙うのだ。
しかし、そのクルクスにおける露軍の動きは速かった。3月11日の報道では、9日に露軍が1万人のウ軍を包囲し、退路を断とうとしているという。
ウ空軍は前日10日にミグ29を出動。包囲されつつあるチョトキノ村にあった装甲車両を入れた格納庫を、GBU-62 JDAMER爆弾で正確に爆撃。F16とミラージュの対地爆撃の前の先陣をミグ29が成功させた。
これは英仏からのターゲティング情報がもたらした戦果なのだろうか?
「違うと思います。ターゲティング情報とは移動目標やTEL(移動ミサイル発射機)などが、発射装置が立ち上がった瞬間、スターリンクを通して見えるというもの。そんなターゲットを狙って爆撃するわけです。
今回のミグ29が爆撃した場所は、ウクライナの情報機関、または特殊部隊の偵察によって得られた情報だと思います。なので、米軍とウ軍との間の情報は途絶していた可能性は高いです。
これは最後の賭け的な攻撃とは違い、今、持っているなけなしの装備でやった攻撃です。
もし総攻撃ならばもっと集中的に、F16かミラージュ2000が出て来てもおかしくないわけですから。この先、何カ月も戦うのではないのですから、その時は持てる弾や装備を全て投じてやるでしょうね」(杉山氏)
11日には、ロシアが米露首脳会談を開催の条件として、ウ軍のクルクス撤退をあげてきたと報道されている。ならば、ウ軍はクルクスを死守するのだろうか。
「露軍は今、包囲している1万人を皆殺しにするわけです」(杉山氏)
露軍にとって自国領での戦闘は、戦争ではなく「対テロ作戦」だ。だから、そこにいるのはウ軍兵士ではなくテロリスト。捕虜に獲らず、皆殺しにする。
「だから、ウクライナが時間稼ぎをするかといったら、それは無理。今、ここで手を打つか、撤退する選択肢しかない。そういう結論ですよ」(杉山氏)
いよいよ「後の祭り」だ。
「F16が来るのが遅いという意味ならば、後の祭り。ただ逆に言えば、ヨーロッパがこれだけF16の供与を遅らせてきたのは、この瞬間を迎えるような筋書きを描いていたから。この停戦ラインは、ある程度前々から予想していたと思いますよ」(杉山氏)
非情な国際政治の最前線で行なわれる「後の祭り」が始まった。と思いきや、この記事を作成中に後の祭りの「その後の祭り」が始まったようだ。
トランプ大統領が、包囲された数千人のウクライナ兵に関してプーチン大統領に彼らの命を助けるよう強く要請すると、プーチン大統領が3月14日の国家安全法相会議で、クルスク州で越境攻撃に参加するウ軍兵士に対して、「武器を捨てて投降すれば、国際法とロシアの法律に基づき、生命と適切な待遇が保証される」と発言したのだ。
ウ軍兵士の皆殺しは避けられた。まさに今、世界情勢はどうなるか分からない。
取材・文/小峯隆生
記事提供元:週プレNEWS
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