キネマ旬報ベスト・テン外国映画第8位にランクインした力作「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」
イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ監督が、1978年に起きた〈アルド・モーロ元首相誘拐事件〉の全貌を340分の一大巨編として描き出した、「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」。日本でもキネマ旬報ベスト・テン外国映画第8位にランクインしたこの力作が、3月14日にBlu-rayがリリースされた。
〈アルド・モーロ元首相誘拐事件〉とは、どんな事件だったのか?
題材となった〈アルド・モーロ元首相誘拐事件〉を簡単に説明しよう。1960年代と70年代にイタリアの首相を務め、その後もキリスト教民主党の主要メンバーだったアルド・モーロが、1978年3月16日に極左の武装グループ『赤い旅団』によって誘拐された。『赤い旅団』はモーロを解放する条件として、獄中にあるグループの人間十数名の釈放を要求。教皇パウロ6世はモーロ救出のために身代金を用意し、政治家たちも『赤い旅団』の要求を吞むかどうかで協議を重ねるが、統一した方向性を見出せず、誘拐から55日後、モーロはローマ市内の車の荷台で射殺体として発見された。次期大統領の呼び声も高かった彼の死は、国内外に衝撃を与えた。
イタリア国内で支持された、テレビと映画のヒット作
この事件を描いた「夜の外側」は当初、6エピソードからなるテレビシリーズとして企画されたが、2022年のカンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門で上映されたのち、イタリア国内では前篇、後篇に分けて劇場公開された。その後テレビ版が国営放送RAIで放送されて高視聴率を上げ、イタリア映画界最高の栄誉である第68回ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では17部門にノミネートされ、監督賞、主演男優賞、編集賞、メイクアップ賞を受賞している。
事件の全貌を、モーロに関わったさまざまな視点から描く!
物語は躍進著しい共産党との連立政権を実現させるべく、奔走するモーロ自身にスポットを当てた最初のエピソードに始まり、彼が誘拐されてからは、モーロを父のように慕い、彼の救出作戦で陣頭指揮を執るキリスト教民主党の内務大臣コッシーガを描く第2章、旧知の友であるモーロを救うべく200億リラの身代金を用意する教皇パウロ6世の苦悩を描いた第3章、モーロの誘拐には成功したものの、彼の処遇をどうするべきかで『赤い旅団』内部の意見が対立し、心が揺れ動いていくメンバーのアドリアーナ・ファランダにスポットを当てた第4章、誘拐事件以来マスコミに囲まれながら、政府に救出を働きかけるモーロの妻エレオノーラの胸中を描いた第5章、そして悲劇的な結末へと向かう最終章と、事件を様々な人物の視点から映し出していく。エレオノーラからは家族の目からのモーロが描かれ、コッシーガによって政治家としてのモーロの姿勢がわかり、政府を通さず教皇庁独自に『赤い旅団』と交渉を行おうとするパウロ6世の行動から、彼とモーロの絆の深さをうかがわせる。おそらく人間的にも魅力のあったモーロは、なぜ殺されなければならなかったのか。彼の死に至るプロセスを、マルコ・ベロッキオ監督はリアルに描き出している。
ベロッキオ監督は1965年に監督デビューし、2021年にはカンヌ国際映画祭で名誉パルム・ドール賞を受賞するなど、イタリアを代表する巨匠。その彼は2003年にも「夜よ、こんにちは」という、今回の事件を題材にした映画を作っている。たがこの時は、誘拐事件の間に起こった『赤い旅団』の内紛を、一人のメンバーを中心に描いたものだった。今回はもっと多角的な視点から事件の全貌に迫った形で、モーロの死には『赤い旅団』側の決定だけではなく、当時の首相であるジュリオ・アンドレオッティ率いる内閣の、『赤い旅団』の要求を拒否する強固な姿勢など、政治力を持つモーロを排除しようとする、政治家たちの駆け引きが関係していることがわかってくる。
モーロの精神性に迫った、主演俳優の好演が印象的
俳優陣では、事件の被害者であるモーロを演じたファブリツィオ・ジフーニが印象的。国のトップに立つ権力者というよりも、自分の弱さや悩みもさらけ出した人間性が表現されていて、事件の結末は分かっているのに助かってほしいと思わせる魅力的な人物になっている。ファブリツィオは舞台をメインに活躍していて、2019年からモーロが誘拐・監禁中に書き残した書簡を舞台で朗読するプロジェクトを立ち上げ、その台本を元にした書籍まで出版している俳優。それだけにモーロの内面により深く入り込んで、役に挑んだことが見て取れる。
他にも政治家とマスコミに翻弄されながら夫の無事を祈るエレオノーラ役のマルゲリータ・ブイ、事件の終結から3カ月後の8月6日に病死したパウロ6世を、体力的に弱まりゆく身を持ちながら友のために献身的に尽くす教皇として見事に演じたトニ・セルヴィッロなど、俳優たちの名演が光る。勿論、キャラクターの心情にはフィクションも織り込まれているのだが、一つの事件をめぐって人は何を思い、どう行動したのかがよくわかる、まぎれもない力作。骨格は社会派ドラマだが、その中にイタリア人の愛と夢、権力と背信を映し出した見応え十分の一大巨編だ。特典映像の劇場予告編も併せて、巨匠ベロッキオの世界に浸ってほしい。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』
●3月14日(金)Blu-rayリリース
Blu-rayの詳細情報はこちら
●Blu-ray 価格:8,580円(税込)
【ディスク】<2枚>
★映像特典★
・劇場予告編、メイキング
★封入特典★
・解説ブックレット[執筆:四方田犬彦(映画誌・比較文学研修者)]
●2022年/イタリア/本編340分
●監督・原案・脚本:マルコ・ベロッキオ
●出演:ファブリツィオ・ジフーニ、マルゲリータ・ブイ、トニ・セルヴィッロ、ファウスト・ルッソ・アレジ、ダニエーラ・マッラ、ファブリツィオ・コントリ、ジージョ・アルベルティ、ガブリエル・モンテージ、アウローラ・ペレス、ロレンツォ・ジョイエッリ、アントニオ・ピオヴァネッリ、パオロ・ピエロボン、ピエル・ジョルジョ・ベロッキオ
●発売・販売元:TCエンタテインメント 提供:ザジフィルムズ
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記事提供元:キネマ旬報WEB
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