これから新たな人生が始まる、変わっていこうとする若者だけでなく、かつて若者だった大人をも魅了する「僕らは人生で一回だけ魔法が使える」
現在公開中の『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』(25)は、鈴木おさむの朗読劇を映画化した作品。高校生から20歳になるまでの2年間を、長閑な田舎の村を舞台に、同級生である男子4人の姿を通して描いている。作品に対してSNSでは「感動」や「号泣」といったキーワードが飛び交い、主人公たちと同年代である10代から20代の若い世代だけでなく、かつて若者だった彼らの親世代である観客にも刺さっているようなのだ。その理由は本作が提示する普遍的な人生観にある。
4人の男子にはそれぞれの悩みがある
舞台となる村では18歳になると、ある秘密を村の長老から告げられるという設定。それは、18歳になった男子は20歳の間までに人生で1回だけ魔法が使えるというもの。18歳を迎えるアキトをFANTASTICSの八木勇征、ハルヒを朝ドラ「虎に翼」で注目された井上祐貴、ナツキを配信ドラマと劇場版の『【推しの子】』(23)に主演した櫻井海音、ユキオをIMP.の椿泰我の4人が演じている。彼らの名前には、季節に関する言葉が含まれているというのも特徴のひとつ。魔法に対して疑念を抱いていた彼らだったが、自身の父親を含めた村の人たちが、みんな魔法を使ってきたことを知る。ただし、命に関わることに魔法を使ってはいけないというルールが存在することも含めて。
もうひとつの特徴は、4人にはそれぞれコンプレックスや悩みがあるという点。例えば、アキトは音大に行きたいけどお金がかかる、ハルヒは小さい頃から体が悪く虚弱体質、ナツキはサッカー選手を夢見るも父親が病気で働けない体になってしまう、ユキオは村にダムができた時に建設業を営む父親へ金銭的な疑惑が持ち上がっていたなど、人生に対する負の側面を抱えているのだ。やがて高校を卒業し、それぞれがバラバラの人生を歩み出した彼らが魔法を何に使うのか?という葛藤が描かれてゆくのである。
現代社会における“話し合う”ことの重要性
『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』には、2つのポイントがある。ひとつ目は、“話し合う”ことが劇中で重要になる点。4人は<魔法会議>なるものを開いて、魔法を何に使うかを話し合うようになる。最初は、嫌いな食べ物をなくす、或いは、ゴキブリのビジュアル変える、などどうしようもないことばかり話し合うのだが、暫くすると、人生の重要な局面のために使うべきではないか?との議論が始まるのだ。奇しくも“話し合う”ことの重要性を描いた作品が、昨今話題になっている。例えば、現在放送中のドラマ「御上先生」。本作と同じ高校生たちが社会問題自身の問題に置き換えながら、ある種の答えを見つけてゆくというプロセスを丁寧に描いているという符号を見出せるだろう。
こういった視点は、鈴木おさむが脚本を担当した映画『遺書、公開。』(24)にも表れている点でも興味深い。社会に与えるSNSの影響が懸念される昨今、ソーシャルメディアでは瞬時に情報や言葉が飛び交い、人と人とが容易く繋がるかのような感覚を導いている一方で、面と向かって“話し合う”というプロセスが抜け落ちている。同じ議論であっても、顔と顔とを突き合わせることの重要性を再確認させるべく、斯様な作品が作られているようにも感じさせるのだ。ふたつ目は、そういう世の中において誰もが利己的になっているからこそ、自分のためではなく、誰かのために生きてみるという姿勢。人生には選択肢がないと思ってしまいがちだが、実はその選択は己が握っているという人生の真理を、この映画には感じさせるのである。
鈴木おさむの人生観も反映されている
そういった人生観は、脚本を手がけた鈴木おさむの人生にも反映されている。彼は19歳で放送作家になり、大学を中退したことで両親に迷惑かけている。その後も30歳の時に交際0日婚で話題となったが、これも母親に叱責されたと述懐。また、息子が生まれた時には、男性の育休取得を世の中に訴えるべく1年間放送作家を休業し、昨年すべての番組を降板して放送作家を引退した。鈴木おさむの人生は(やや破天荒な)選択の連続なのだ。
そういった点で極個人的には、この映画における<魔法>なるものが、本当は存在しないのではないかとも解釈している(鈴木おさむは「存在する前提で脚本を書いた」と語っている)。<魔法>を使った選択は、<魔法>なるものが存在しなかったとしても誰かの人生を変えてゆくと思えるからだ。自分の人生を自分で選択した時、人生に思いがけないことが起こるとネガティブな思考になってしまうもの。だが、そんな人生の中でも更に何かを選択できるのである。『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』の持つ斯様なポジティブな視点が、これから新たな人生が始まる、変わっていこうとする若い人々だけでなく、かつて若者だった大人の人々をも魅了しているのではないか。
文=松崎健夫(映画評論家) 制作=キネマ旬報社

映画「僕らは人生で一回だけ魔法が使える」全国公開中
2025年/日本/110分
監督:木村真人
原作・脚本:鈴木おさむ
主題歌:「春舞う空に願うのは」 FANTASTICS from EXILE TRIBE
エンディングテーマ:「魔法みたいな日々」 FANTASTICS from EXILE TRIBE
出演:八木勇征、井上祐貴、櫻井海音、椿泰我( IMP.)、カンニング竹山、阿部亮平、髙橋洋、馬渕英里何、平野宏周、工藤美桜、笹野高史、田辺誠一
配給:ポニーキャニオン
©2025 映画「僕らは人生で一回だけ魔法が使える」製作委員会
公式HP:https://bokumaho-movie.com/
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記事提供元:キネマ旬報WEB
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